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サミール監督「原理主義にはノスタルジーで対抗だ」

革命から1年が過ぎた1959年のイラク。バグダッド近郊で友人を交えてピクニックをするサミールさんの家族(右から2番目が幼いころのサミールさん) Dschoint Ventschr

イラク系スイス人映画監督サミールさんの映画「Iraqi Odyssey(さすらいのイラク人)」(2014年)は、イラクに暮らす家族の50年代から現代までの物語を描いた作品だ。原理主義や過激派組織「イスラム国」(IS)に対抗するには、家族が笑顔で暮らせていた昔のイラクの記憶を呼び起こすことが一番の武器になると監督は考える。

 「イラク人の心を持つスイス人の完璧主義者」というサミールさんは、ドキュメンタリー映画を初めて3Dで撮影。162分の物語は彼の家族だけでなく、オスマン帝国の時代から現在に至るまでのイラクを描いた。世界中に点在する彼の親類を通して物語を語るスタイルが取られている。

swissinfo.ch: 1950年代、60年代のイラクを白黒で表現し、西洋の服装をして自由で楽しげなイラク女性が映し出されています。一方で、現代のイラクはカラーで表現されています。中でも血の赤と、爆発や女性が身にまとうベールの黒のコントラストは衝撃的です。

サミール: そこがまさに観客に気づいてほしい重要なポイントだ。原理主義は西洋文化への対抗ではなく、実は女性に対する戦争だと私は思う。そして教養のない男たちは保守主義の道具に利用された。その根本には女性解放と男女平等に対する不安感がある。

だが「女性解放」を求める文書を書かずに、どうやってこの事実を伝えたらよいのか?そこで私は、映画を通し、過ぎ去りし日の美しい映像で私の母や伯母の姿を伝えようと思いついた。映画の中のノスタルジーは原理主義に対抗する武器のようなものだ。

この国でもかつては異なる宗教や文化が共生していたという記憶がよみがえる。女性が尊重され、まだ女性らしい振る舞いやしぐさが存在していたという記憶だ。あのころの女性は美しい姿をベールで覆い隠す必要がなかった。実際の写真を見る方が言葉よりもインパクトがあると思う。

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swissinfo.ch:  これらの写真との出会いは、まさに宝を発見したようなものですね。

サミール: 自分でもこれには驚いた。博物館や図書館の書庫を当たってみたが、イラクはどこも破壊されて何も手に入らないひどい状態だったので、これだけ大量の写真が見つかるとは夢にも思わなかった。

国立博物館の館長に連絡を取った際、「ユーチューブで探せば何でも見つかりますよ」と言われ、国の歴史に関する資料がこのような扱いを受けていることにショックを受けた。この瞬間、映画のためだけではなく、アラビア人として自国の歴史を再構築するためにも、この資料を集める意義があると悟った。

初めはこの映画の撮影に反対だった私のいとこたちも、最後にはプライベートな写真を私に託してくれた。自分を見世物にするのが目的ではなく、我々の国と歴史を再構築し、この国を原理主義者から取り戻すのが真の目的だと理解してもらえたのだと思う。

2013年末、私は映画を仕上げるためイラクに滞在していた。イラク中部のラマディとファルージャは既にISの攻撃を受けていた。6カ月後にはイラク北部第2の都市モスルにもISが襲来した。混乱を極める中、自分はどうすべきか悩んだ。私は映画監督であり、テレビ番組やラジオ番組、ルポルタージュなどを作っているわけではない。私は映画を作る芸術家なのだ。そんな思いで私は編集室で全ての家族写真を眺めていた。そして家へ帰ってISの映像を見たとき、私は悟った。この愚か者たちに対抗する武器を既に作ったことを。

サミール監督。幼い時にイラクからスイスに移住したが、イラクを忘れたことは一度もない Dschoint Ventschr

swissinfo.ch:  ISが映画に登場しないのはそのためですか?

サミール: ISを登場させる必要性を感じなかった。映画を作っているときは、自分たちの歴史を取り戻すのだと自分に言い聞かせていた。私の映画は政治的な手段なのだ。

swissinfo.ch: 「革命」という言葉がサミールさんの人生に大きな影響を与えたそうですが、アラブ諸国では11年の革命がいまだに実を結んでいません。それでもまだ革命の力を信じますか?

サミール: チュニジアでは市民が勝利を得たのでは?先ごろ映画のキャンペーンでチュニジアへ行ったが、そこで目にした光景はとても気に入った。勇気ある市民のエネルギーがみなぎっていた。彼らは厳しい条件下、新憲法の草案作成のために当事者全員が歩み寄る道を見いだしたのだ。全てが完璧なわけではないが、状況は良い方向に向かっている。(編集部注:インタビューは武装グループが3月18日にチュニジアのバルド博物館を襲撃する前に収録)

イラクの市民社会は戦争と独裁政治によって破壊されてしまった。再建にはかなりの時間が必要だろう。だが私は楽観的に見ている。バグダッドでは芸術家、映画監督、作家や政治活動家など多くの若者と知り合った。彼らは信じられないようなすごいことを成し遂げる。恐れるものはもう何もないからだ。ここ数年はイラクを何度か訪れたが、これにはとても感銘を受けた。

以前はまったく違った。イラクに暮らす家族を訪れるたびに、私も他の人々と同様、不安で、どの曲がり角にもいるどんな警察官にもおびえていた。今ではそんな不安も克服した。行政機関をもはや恐れず、国は国民に仕えるためにあると言える勇気を持つことは、解放への第一のステップだ。

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swissinfo.ch: 自称「イスラム国」についてですが、イラクの人々はISを恐れないのですか?

サミール: もちろんISに対しての恐怖感はあるが、これはテロリズムだ。生き残りたいと思うから恐怖感が生まれる。去年、友人の間でISに対するリアクションが見られた。ある種のブラック・ユーモアだったと思うが、私の友人は「ISが襲って来るって?分かった。ではその時まで芸術を創作し、共に笑い、共に酒を飲み、恐怖におびえない生活を続けることにしよう」と言っていた。

ISはテロリズム以外の何物でもないことが彼らにもよく分かっているのだ。いずれISの支配力は衰えるだろう。数千人の若い男性だけで国家を築くことなど到底無理な話だ。

ISは単にタイミングが良かっただけに過ぎない。当時、イラクではマリキ首相と彼のイスラム教シーア派政権が中心となり、政治腐敗とセクト主義が横行していた。余談だが、私も元はシーア派の出身だ。イラクが異なる民族と宗教間の均衡を保つ努力を怠ったのは実に愚かだった。

swissinfo.ch: 映画の中で語られるイラクの歴史では、独裁政治と戦争との間に揺れ、そして国民はそのどちらも求めていません。打開策はないのでしょうか?

サミール: 経済制裁措置が解除されて以来、イラクは変わった。貧困を克服し、非常に可能性のある国になった。もちろん私腹を肥やす者は必ず存在する。そろそろ国民が力を発揮してもよいころだ。だがその道のりは長く、辛抱できない人もでてくるだろう。だが、前向きに変化していくと信じている。

私が暮らしているスイスでは、人種差別や外国人を敵視する行為に直面することもあるが、国民には自分の利害関係や権利を守るための政治的手段がある。アラブ諸国にとっても、スイスは模範国だ。複数の文化や宗教が一つの国で共生できる例を示しているからだ。

「スンニ派の人は受け入れられない」という人がいたら、私はこう答えるだろう。「スンニ派を好きになる必要はない。だが共に生きることはできるし、それは普通のことだ。いつか彼らが自分の友達になる日が来るかもしれないのだから」と。

これがスイスで得た私の教訓だ。スイス人が長年かけて築き上げたこのシステムには本当に脱帽する思いだ。

イラク出身のスイス人、サミール(Samir

1955年、スイス人の母親とイラク人の父親の息子としてバクダットで生まれる。サミールという名は「語り手」の意味。現在、スイスで最も有名な映画監督の一人。

61年に両親がスイスに移住し、そこで学校教育を受ける。その後チューリヒの造形学校に進学し、タイポグラフィを学ぶ。その後、撮影監督としての職業訓練を受ける。青少年運動の活動家だった80年代初頭初映画を制作。

94年にドキュメンタリー映画を専門とするヴェルナー・シュバイツァーさんと映画プロデューサーのカリン・コッホさんと共に映画制作会社ジョイント・ベンチャー(Dschoint Ventschr外部リンク)の経営を引き継ぐ。映画撮影の他にも舞台劇の演出に携わり、現在は視覚芸術の分野で活躍。

その斬新な手法が話題となり、数々の映画祭で注目を浴びた。受賞経験も豊富。映画やテレビで放映されたドキュメンタリー映画や娯楽映画は既に40作品以上。代表作に「Babylon 2(バビロン2)」(93年)、「忘却のバグダッド」、「NICO/ニコ 裸の堕天使」(2005年)がある。最新作「Iraqi Odyssey 外部リンク(さすらいのイラク人)」は14年のアブダビ映画祭でアジア最優秀作品に選ばれた。

(独語からの翻訳 シュミット一恵、編集 スイスインフォ)

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