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スイスのデモクラシー


民主主義の秘密が眠る村、アルト



Stephanie Hess, Arth




シュヴィーツ州の村アルト。アルプスの山々とチューリヒ湖の間に位置するという地理的に恵まれた自治体だ (RDB)

シュヴィーツ州の村アルト。アルプスの山々とチューリヒ湖の間に位置するという地理的に恵まれた自治体だ

(RDB)

リギ山のふもとに位置する、牧歌的な雰囲気の漂うシュヴィーツ州のアルト村。この村にはスイスでも変わった政治制度がある。自治体に関する案件の是非について、有権者は村の集会で公に議論を交わす。だが、集会で票決は取らず、後日改めて投票を行うのだ。「集会デモクラシー」と秘密投票を合わせた、古きハイブリッド型制度を敷くこの村を訪れた。

 アルト(Arth)村の背後にはアルプスが広がる。村の手前にあるツーク湖が秋の光で深い青色に輝く。その近くには、スイス屈指の名峰リギが高くそびえ立つ。文豪ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ(1775年)やマーク・トウェイン(1879年)が訪れたことからも、リギは「山の女王」と呼ばれるのにふさわしい。

 一方、その向かい側にはこの村に悲劇をもたらした山、ロスベルクがそびえる。約200年前、この山の斜面から何千トンもの岩が轟音と共に下方へ転がり落ち、家屋、家畜小屋、教会などがその下敷きとなり、村人も数百人が犠牲になった。その後、このアルト村にはゴルダウ、オーバーアルトが統合されているが、ここは瓦礫の上に再建された自治体なのだ。そして今は、美しいアルプスに囲まれながら、スイスの真ん中で静かにそして平和に時を刻んでいる。

まず議論、次に熟考、そして投票

 訪れる人には「典型的なスイスの村」の顔を見せるこの自治体だが、本当のところは違う。ここにはこの国でほぼ唯一の政治制度がある。スイスにある約2350の自治体の多くは、自治体に関する案件の是非を有権者が挙手で決めているが、アルト村では秘密投票が行われるのだ。同様の制度はシュヴィーツ州のほかの30の自治体に存在する。

 大規模の自治体には通常、議会があるが、小規模ないしは中規模の自治体の多くでは、住民が年に2回、自治体にまつわる案件の是非を巡り、集会に参加する。地元の執行機関が案件の説明をした後、採決が行われる。参加者はその案に賛成ならば、挙手をする。

 ところがアルト村には、自治体の予算や費用に関わる案を除いて、この最後のステップがない。集会では協議が行われるだけだ。住民は質問を投げかけ、役場がそれに答える。そして決定が下されるのは、次の投票日だ。有権者はこの投票日に、自分の賛否を記入した投票用紙を投票箱に入れる。

19世紀の遺産

 集会で有権者が協議する「集会デモクラシー」と秘密投票との組み合わせがシュヴィーツ州で誕生したのは19世紀末のことだ。民主主義の流れを受け、シュヴィーツ州では1898年、地区や自治体にも秘密投票の導入が州憲法で初めて認められた。その目的は、有権者が(当時は男性だけだったが)制裁を恐れることなく、自由に意見を表明できるようにすることだった。

 20世紀に突入してまもなく、同州にある二つの自治体が秘密投票を導入した。ただ、それは民主主義ではなく権力が理由だったとされる。「どちらの自治体でも、保守派は導入を通し、それまで優勢だったリベラル派を追いやることが出来た」と、シュヴィーツ州公文書保管所のエルヴィン・ホラート所長は説明する。

 秘密投票は現在も保守派から支持されているようだ。アーラウ民主主義センター(ZDA)の政治学者オリヴァー・ドゥラバック氏によると、ルツェルン州では近年、すべての自治体が秘密投票に切り替えた。その実現に熱心に取り組んでいたのが、右派の国民党現地支部だった。

 投票日には、シュヴィーツ州の自治体で多くの人が動員される。それは9月最後の日曜日にアルト村で行われた住民投票でも同じだった。この日にはちょうど、年に4回ある国レベルの国民投票も同時に行われていた。女性2人と男性1人が学校の体育館入り口に置かれた投票箱の隣に座る。郵送で投票しなかった住民はこの箱に投票用紙を入れる。校舎のほかの部屋には投票事務所が設けられ、15人の住人が集計する。

 ここで扱われるのは自治体の投票だけでなく、地区、州、国レベルで行われる投票も含まれる。今回は全部で七つの案件について是非が問われたが、場合によっては八つ、九つになることもある。「(案件の数が)多すぎるときがある」と、投票箱に投票用紙を入れた後、ひらりと自転車にまたがった1人の住民が話した。「すべての案件について十分な情報を得るのは一苦労だ」

 本来ならば情報提供は自治体の集会の役割だ。ただ、集会に足を運んで協議に参加する有権者の数は年々減っている。それはアルトに限らず、集会デモクラシーがある自治体ほぼすべてに共通している。ルエディ・ベエラー村長によると、集会の参加者数は数年前まで減少し続けていたが、今は100~200人程度に下げ止まっている。村の人口が1万人強であることを踏まえると、これはやや低い水準だ。

メリット・デメリットが倍増?

 このように、自治体の集会が持つ役割を弱めてしまうところに、「投票デモクラシー」ないしは秘密投票の決定的な弱点がある。ZDAのドゥラバック氏は言う。「(集会デモクラシーと秘密投票を組み合わせた)ハイブリッド型の制度は、議会を持つ自治体でよく行われている純粋な秘密投票に近い。だがこの制度には決定的なデメリットがある。それは、代表民主制の議会に比べて、自治体の集会には参加者が有権者の代表だという保証があまりされていないところだ」。ここで同氏が示唆するのは、自治体の集会では参加率が低い点や、女性や若者など特定の社会層が代表されていない点だ。

 はたして、シュヴィーツ州の自治体にあるようなハイブリッド型の制度では、メリットの方がデメリットを上回るのだろうか?「それは自治体の集会への参加率と、公開討論にどれだけ活気があるかによる」と、ドゥラバック氏。秘密投票の基本的なメリットは比較的高い投票率だという。「(投票率が高ければ)政治的決定がより多くの人から認められ、正当性が高くなる」

 アルト村では住民たちが活気ある議論を続けているようだ。投票日の日曜日には、少なくとも投票所で知り合いと顔を合わせ、雑談をし、両親が元気かどうかを尋ねる。

 日曜の礼拝の開始を知らせる鐘が近くの教会で大きく鳴り始めたら、投票は終了だ。鐘の音の方向に消える住民もいれば、村の中心地に向かう住民もいる。「早い時間に飲みに行こうと思って」とある男性は笑顔で話す。「投票に行くのは、村の飲み屋に立ち寄る機会にもなる」。投票所で住民と政治について議論するのかとの質問に男性はこう答えた。「少なくとも、ちょっとはする」

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(独語からの翻訳・鹿島田芙美 編集・スイスインフォ), swissinfo.ch

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