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移民の社会統合をサポート 語学コースを無料で提供

外国人がたくさん住む街、バーゼル Keystone

バーゼル・シュタット準州では新しく移民としてきた外国人に、ドイツ語コースを無料で受講できるクーポン券を配布している。費用は州が負担。この制度は、スイスでもこの州だけが実施している。もちろん、外国人の社会への統合促進が目的なのだが、外国人全員が利用しているわけではないという現状もある。

 11月の典型的な灰色の空が広がるバーゼル。そんなある日、街の中心にある語学学校インリングアでは4人の女性がドイツ語の中級コースを受講していた。この日の授業のテーマは「健康的な生活」。受講者の女性らはペアになって食生活やストレスなどについて討論している。盛んに意見が交わされ、生徒らのモチベーションの高さが伺われる。

 受講者の中には、バーゼル・シュタット準州から支給されたクーポン券を使って来ている人もいた。これはバーゼルに新しく移民としてきた滞在許可書B(初期滞在許可)を持つ外国人に配られるもので、移住の初年度であれば最大80回まで無料でドイツ語の授業を受けることができる。滞在許可書Bは、欧州連合(EU)か欧州自由貿易連合(EFTA)からの出身者に与えられるもので、5年間有効だ。

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無料語学コースで外国人の社会統合を促す

このコンテンツが公開されたのは、 バーゼル・シュタット準州 では、新しくスイスに移住してきた外国人を対象に、無料ドイツ語コースを設けている。この制度を利用した外国人は既に千人以上にのぼる。(Julie Hunt, swissinfo.ch) スイスでも珍しいこの制度はイニシアチブ(国民発議)がきっかけで発足し、2014年11月に州の国民投票で可決された。無料語学コースを通して、外国人が地域にスムーズに溶け込めるようにするのが狙いだ。

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 クーポン券を配布する制度は、2015年8月に正式に発足。ただし、配布そのものは既に同年の5月からスタートしている。

 この制度が導入されて以来、インリングアでは受講者の数が増えたという。生徒は仕事でスイスに来ている海外駐在者が中心だ。国籍を問わず全ての外国人を対象に、社会人教育を行う語学学校ECAPのバーゼル校でも同じ傾向が見られ、昨年の8月以来、既に89人がクーポン券を利用して初級ドイツ語の集中コースに参加したという。

「女性と高学歴者がこれまでの主な受講者」と本校でドイツ語の集中コースを担当するマリオン・クスマウルさんは言う。家族と一緒に移住してきたり職探しをしていたりするケースが多い。

社会統合への励みに

 バーゼル・シュタット準州では移民が人口の35%を占める(15年統計)。これはジュネーブ州(41%)に次いで2番目に高い数だ。

 「州は、スイスに移住してきた外国人が言葉を学ぶための誘因になる何かを探していた。言語を学ぶことで、もっとスムーズにスイス社会へ溶け込める足掛かりにしたいからだ」とバーゼル・シュタット準州で社会人教育部門を担当するウルリヒ・マイヤーさんは言う。

 クーポン制度は、バーゼルに移住してきた外国人全員を対象とした一連の社会への統合政策に含まれるものだ。これは14年11月30日に州民投票で、右派・国民党の「移民のよりよい社会統合を求める」イニシアチブ(州民発議)の対案として提出され、可決された。当時の国民党のイニシアチブは、滞在許可書を与える前提として具体的な目標を盛り込んだ「社会統合の契約」を結ぶよう移民の大半に求めており、その中に言語の習得も含まれていた。そして、語学コース受講は必須だった。しかし、可決された対案が提示するクーポン制度では、参加は任意となっている。

 クーポン制度発足後1年間の統計をまとめた報告書がマイヤーさんの部署から9月に発表された。それによると、今年8月中旬の時点で101カ国からの1032人がバーゼル・シュタット準州のクーポン券を使い無料ドイツ語コースに参加したという。だが発券総数は4480枚だ。確かに語学学校で生徒数は増えているが、全体の参加率は比較的低い23%にとどまっている。

 しかし実際の参加率は33%に近いとマイヤーさんは言う。低い値が出たのは、当局が全体像をまだ完全に把握していないからだ。語学コースは最長で12カ月かかり「コースが無事終了し、語学学校がクーポン券を引き換える時点で初めて正確な受講人数が分かる」とマイヤーさんは説明する。

参加者の増加に期待

 「もっと多くの人がこのクーポン券を利用してくれると思っていた」とマイヤーさんは続ける。「語学コースの内容がつまらないのか、移住の直後は新しい職場環境や家庭環境を整えるのに忙しく、コースを受講する時間がないのか、なぜ当初の予測より利用者が少ないのか原因を探っている」

 他にも、バーゼルで働く外国人の多くが国際企業に勤めているという背景がある。「その場合、ドイツ語を学ぶ必要がない。スイスでの滞在期間も未定で、大抵は2、3年の話だ。ドイツ語を学ぶことはオプションであって必要不可欠なものではない」(マイヤーさん)

 バーゼルには多くの多国籍企業が存在する。特に医薬品産業でその傾向が強い。

 「このグループに属する外国人の他にも、スイスに長期滞在する可能性の高い人が数多く存在する。例えば家族のメンバーが既にスイスに移住しているため後から移ってきたケースだ。語学コースは特にこういった外国人を念頭に置いているが、この方針に間違いがないか再検討している」

 マイヤーさんは、州は今後もこの制度を存続する予定だと言う。当局はそうするよう法的に義務付けられているためだ。「語学コースを受けたほうが絶対に社会に溶け込める可能性が高い。社会統合のカギは言語の習得だと確信している」(マイヤーさん)

 現時点では、バーゼル・シュタット準州がクーポン券を配布している唯一の州だ。

 インリングアに通っている生徒にとって、メリットは明らかだ。オランダ人のタコ・デ・リーフデさんは、次のように言う。「言葉が上達すれば行動範囲も広がり、自分の力でいろいろなことが出来る」

クーポン券の過去1年の利用状況

バーゼル・シュタット準州の社会人教育部門は、2015年8月~16年8月中旬までのデータを集計した報告書を発表した。それによると101カ国からの移民1032人がクーポン券を利用して無料語学コースに参加した。合計214コース開講。

参加者の3分の2は初級コース(レベルA1)を受講。しかし中級コース(B2)80回分を最後まで受講した生徒は少ない。受講者の6割が少なくとも授業の8割出席した。コース中退の主な理由は、仕事または家庭の事情(16年9月29日発表)。

高学歴の移民がクーポン券を利用する傾向にある。受講者の約半数は14年以上教育や研修を受けており、54%は有職者。参加者の大半は無料語学コースが「役に立った」または「非常に役に立った」と回答、約6割が継続して次のコースに参加している。

(英語からの翻訳・シュミット一恵)

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