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カルロ・シャトリアン氏は越境知識人

8月7日、新アーティスティック・ディレクターのカルロ・シャトリアン氏が初めてピアッツァ・グランデの舞台に立つ Keystone

カルロ・シャトリアン氏は映画館をこよなく愛する。そこでは夢が作られるからだ。8月7日、シャトリアン氏のロカルノ国際映画祭が初めて幕を開ける。不安はない。聴衆との出会いを楽しみにしている。開幕準備中のシャトリアン氏を追った。


 約束の場所はシャトリアン氏のセカンドハウスの前。ピアッツァ・グランデ(グランデ広場)のすぐそばだ。8月、ティチーノの小さな町ロカルノ(Locarno)は映画一色になる。この広場はその「ホーム」だ。

 「名もない、何の変哲もないアパートだ。来てもしょうがないと思うが」とシャトリアン氏は言う。ここで寝起きし、真夜中まで働き、故郷イタリア、アオスタの山村にある家の涼しさに思いを馳せる。

 8時半ぴったりに表に出てきた。リュックサックを背負い、手にゴミ袋を一つぶら下げている。実用主義のシャトリアン氏は堅苦しいのは嫌いなようだ。

 芸術家の特権?あるいは知識人だから?マスコミはこのような表現を使いたがる。洗練された話し方、文学と哲学を学んだこと、そして自然体であることがそうさせるのだろう。本人は「たぶん、この眼鏡のせいだろう。私の子どももおかしいと笑うんだ」と少し当惑した笑みを浮かべる。

 そして、言い訳をするかのように続ける。「毎週水曜日は仲間とサッカーをする。これは絶対に知識人っぽい活動ではないだろう?」

 スタスタとオフィスへ向かう。途中、取材の意図を再確認する。「私が何をするのか、半日ずっと付き添って見たい。そうでしたね?でも、その間ずっと質問を受け続けるわけにはいかない。こちらも仕事をしなくてはならないので」。心配そうな顔をしながらも、冗談を言うような口調で話す。

 シャトリアン氏には無駄にできる時間はない。暇をつぶすようなこともない。多動症?「たぶんちょっとばかり神経質になっているんだ」

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映画館は夢を作る機械

 ジャーナリスト、作家、そして他の映画祭のプログラムを担当していたシャトリアン氏がロカルノ国際映画祭のアーティスティック・ディレクターにノミネートされたのは2012年9月のこと。前任のオリヴィエ・ペール氏が突然辞任を表明したためだ。

 42歳のシャトリアン氏はロカルノではすでによく知られた存在だ。2002年から映画祭の仕事をしている。2006年から2009年までは選抜委員会に属し、その後、回顧展のキュレターを務めた。

 映画への情熱は大学時代に生まれた。また誰もがそうだったように、幼い頃からテレビで映画を見ていた。イタリアのトリノで大学生活に入った年、「二十四時間の情事」を見てひと目でこの映画にほれ込んだ。「衝撃的で」開眼されてくれた映画だと言う。

 「映画館は夢を作る機械だ。すごく現実っぽい夢もあれば、そうでないものある。自分が誰なのかを理解するための鍵ともなりうるし、何も深く考えずにひたすら楽しむこともできる。この多様性に惹かれた」

 それ以上は語ろうとしない。感動した映画はいろいろあると言う。特に関心を引く分野を尋ねたが、ただ笑うだけだ。よくない質問だったのか・・・。「あなた方ジャーナリストはどうしてそういうふうな固定観念に縛られているんだろうね。私が育った時代は、映画のジャンルという概念が無くなった時代なんだ。私の映画への情熱は、こう言うと笑う人もいるかもしれないが、ジャンルを消し去るまさにその能力に向けられているのだ」

 シャトリアン氏の映画祭からは少しそれが感じ取られる。過去と現在の間、各ジャンルの間、言語と文化の間。シャトリアン氏がこの映画祭を「限界ぎりぎり」と言うのにはそれなりの理由があるのだ。

ジャーナリスト、作家、プログラム責任者のカルロ・シャトリアン氏は1971年12月9日、イタリアのトリノで生まれた。文学、哲学、ジャーナリズム、コミュニケーションを学ぶ。

エロール・モリス、ウォン・カーウァイ、ヨハン・ファン・デル・クーケン、フレデリック・ワイズマン、マウリツィオ・ニケッティ、ニコラ・フィリベールなど、数多くの監督の伝記や研究論文を著した。

2001年から2007年までアルバ国際映画祭(Alba Film Festivals)の副ディレクター、フィレンツェの映画祭(Festival dei Popoli)とニヨンの映画祭(Visions du Réel)の選考委員会メンバーを務めた。

さらに、映画祭(Cinéma du réel、Courmayeur Noir in Festival)やトリノの国立映画博物館などでもプログラム責任者として仕事に携わる。

ロカルノ国際映画祭に関わったのは2002年。2006年から2009年まで選抜委員会のメンバーを務めた。

昨年の映画祭ではキュレターとして回顧展(ナンニ・モレッティ、マンガ・インパクト、エルンスト・ルビッチ、ヴィンセント・ミネリ、オットー・プレミンジャー)を受け持つ。

2010年以降スイス・フィルムライブラリーの顧問も務めていたが、2012年9月にロカルノ国際映画祭のアーティスティック・ディレクターにノミネートされた時点で辞任した。

細部まで

 シャトリアン氏に会ったのは、ピアッツァ・グランデでのデビューまであと数日という7月末のある木曜日だった。プログラムはすでに発表されており、批評家もとても満足しているようだ。準備はほぼ完了している。公表されていない名前がいくつかあるが、ひょっとしたら「びっくり箱」として用意されているのかもしれない。後はこまごまとしたことを片付けるのみだ。

 1時間、そっとしておいてくれと言われた。映画や監督を紹介する文章を仕上げたいと言う。ヴェルナー・ヘルツォーク、クリストファー・リー、セルジオ・カステリット、アンナ・カリーナ・・・。「どんどん書き進められるときもあるが、普通は落ち着いた環境でないとアイデアがまとまらない。ものごとを抽象化したり理論化したりするときには、このクセを克服しなくてはならないのだがね」

 このように頼まれたのをいいことに、辺りを少し見回してみる。ソファが一つ、壁に映画祭のポスターが2枚、本棚には本が数冊。「すべて前任者のものだ。私のものはうちにある」。事務所はきれいに整頓されているが、索漠(さくばく)としているわけでもない。

 9時から忙しくなる。カタログを修正したり、映画祭マガジンのレイアウトを決めたり。その後は映画祭のスケジュールを立てなければならない。インタビューもいくつか入っているし、カクテルパーティで挨拶をしてもらう来賓も調整しなければならない。だが何よりも自分は映画祭の「魂」であり、最も大切なのは監督や俳優、観客に会うことだという。

 視線があちこちにさまよう。書類、PC、携帯電話、スケジュール表。そうかと思うと、突然私の目を覗き込む。

 スタッフがせわしく行き来する。時おりいらいらして、思っていることをそのまま口に出してしまうこともあるという。「普通はすぐに治まる。自分では暴君だと思っていないが、スタッフに聞いてみるといい」

大舞台を待つ

 偶然にも、この日はベネチア国際映画祭のプログラムが発表される日だった。「ふ~ん、映画のほとんどは見たものだな」。シャトリアン氏がつぶやく。

 チャンスを逃した?「ロカルノで見せたい物も何本かあるが、これがこの世界のルールだからね。といっても、映画祭の関係者はライバルというより共謀者。みんな映画に対する情熱を持っていて、ときどきとても価値ある情報を交換する。ライバルであってもそれで健全なのだ」

 シャトリアン氏は昨年、映画祭用の映画を探して世界中を周り、千本以上の映画を見た。強い傾向は?「たぶん家族やアイデンティティーに関する問題だろう。それから、思い出だ」

 初めての映画祭で革命を起こすつもりはない。「アーティスティック・ディレクターは2001年以降私で4人目。今必要なのは継続性だ。私が映画祭にどんな指紋を残したのかという判定を下すのは観客や批評家だ。プログラムは誰でも見ることができるのだから」。そして、次のように強調する。「映画祭のディレクターは、自分自身ではなく映画を中心に持ってくるべきだ」

 8月7日の初日には、8千人近くの観客が舞台に立つシャトリアン氏を待ち受けるはずだ。それに対する不安はないと断言する。「どうして不安になるんだ?自慢するようなそぶりは見せたくないが、この1年間ここまで来るためにみんな一生懸命働いてきた。不安ではなく、せいぜい少し緊張している感じかな。だが、観客に会うのは何よりも楽しみだ」

国際コンペティション部門(Concorso internationale): 

最高賞の金豹賞を争うコンペには20本が参加。うち18本は世界初上映。

同部門にはスイスから以下の3本が参加。 トーマス・インバッハ監督の「Mary, Queen of Scots(メアリー、スコットランド王妃)」、イヴ・イェルサン監督の記録映画「Tableau noir(黒板)」、イタリア人のピッポ・デルボーノ監督がスイスイタリア語放送局と共同製作した「Sangue(血)」。

日本からは、黒沢清監督の「リアル~完全なる首長竜の日~」と、青山真治監督の「共喰い」がノミネートされている。

青山監督は一昨年、「東京公園」で同部門に参加し、金豹賞(グランプリ)審査員特別賞を受賞した。

(独語からの翻訳 小山千早)

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