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「エネルギー税」のイニシアチブ、1929年以来の完敗

政府によれば、「エネルギー税」が導入されれば、ガソリンは1リットルにつき3フラン(約367円)になると言われていた Keystone

スイスで行われた国民投票で8日、付加価値税を化石燃料やウランなどの輸入・生産に課税する「エネルギー税」で置き換えるというイニシアチブ(国民発議)が、92%で否決され、1929年以来の完敗を記録した。もう一つ、児童手当を課税所得から控除することで家庭の経済負担を軽減しようというイニシアチブも75.4%で否決された。

 最終的に何パーセントで否決されるかで注目される形となった「エネルギー税」のイニシアチブは、(案件が97.3%で否決された)1929年以来の完敗だと報道された。

 この結果を受け、国民投票のアンケートなどを行うベルンの政治研究所GFsは、フラン高による経済的状況への不安とあまりにラジカルで非現実的な提案に、国民は「ノー」を突きつけたのだと分析した。

 イニシアチブは、日本の消費税にあたる付加価値税を撤廃し、それを化石燃料やウランなどの枯渇性エネルギーの輸入・生産に課税する「エネルギー税」で置き換えることを主張。これは、産業・経済発展と同時に環境保護も支持する、中道左派の「自由緑の党」が提案した。

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スイスのエネルギーシフトを加速 

 スイスは東京電力福島第一原発の事故を受け、段階的脱原発にかじを切った。これは、スイス政府が提案する新エネルギー政策「エネルギー戦略2050」の基本方針の一つだが、もう一つの柱「省エネ・再生可能エネルギーの推進で化石燃料の消費削減」の方は遅々として進まず、自由緑の党はスイスのエネルギーシフトを加速させる目的で、今回のイニシアチブを提案した。

 だが、緑の党からの支持を除けば他党からの支持はなく、政府も反対を表明していた。政府は、国の税収の35%を占める安定した付加価値税の撤廃は経済の混乱を招き、化石燃料は徐々に排除されていく見通しのため、エネルギー税は長期的に安定した財源にならないことを主な反対理由に挙げた。さらに、付加価値税にエネルギー税が取って代わるとなると暖房用の石油やガソリン代などの大幅な値上げが低所得層を直撃すると反対した。

 これに対し自由緑の党は、「ウランの輸入に課税することで原発から生産される電気や輸入されるガソリンの価格も上がるため、こうしたエネルギー消費は極端に削減される。まさに、これが我々のエネルギー税導入の目的だ。一方、再生可能エネルギーには課税せず、その結果、同エネルギーの推進にもつながる」と主張。

 またエネルギー税は、国にとって安定した財源になりうる。化石燃料の消費が減れば、税率を上げれば良い。100年後に化石燃料が尽きたら、他のエネルギーにも課税すれば良い。また、エネルギー税を導入すると同時に付加価値税が廃止されるため、企業や一般家庭の負担が増えるわけではなく、「不利益をこうむるのは化石燃料の大量消費者だけだ」とも主張した。ただし、スイスの国際競争力維持のため、大量にエネルギーを消費する産業部門に対しては免税することを、提案に盛り込んでいた。 

 これほどの完敗の結果を受け、「自由緑の党」のマルティン・ボイムレ党首氏は、次のように述べている。「我々は時代の先を行き過ぎた。しかし、政府に対してこのイニシアチブがエコロジーを推進する税制度の改正を押し進める上で、大きな刺激になったことは確信している」

児童手当の非課税化も否決 

 今回、初期の世論調査で可決の可能性が多少とも残っていたのは、児童手当を非課税対象にするよう求めたイニシアチブの方だった。

 スイスでは、子ども1人につき最低月額200フランの児童手当が各家庭に支給される(子どもが義務教育以降も教育を続ける場合は、教育手当という名称で最低月額250フランが25歳まで支給される)。ところが、これは所得と見なされ、課税の対象になる。 

 今回イニシアチブを提案した中道右派のキリスト教民主党は、「累進課税制のためこの手当が課税所得に加えられると税率のレベルが上がり、多くの中所得世帯で税額が増える。また健康保険料や託児所利用料が減額される対象から外れてしまったり、奨学金を申請する権利を失ってしまったりする」と主張。家庭、特に中所得世帯を支援するために児童手当を課税所得から控除するよう訴えた。控除で、消費力も伸びるとみていた。

 実際、数字で見ると、雇用者を通して児童手当が年間およそ50億フラン(約6千億円)支給されるが、同時に国と州がこの手当金に対し、計10億フランに及ぶ課税をする(2億フランが国、8億フランが州)。結局は、支給する手当の5分の1を国・州は税収にしている計算になる。

 これに対し、キリスト教民主党以外の全ての政党と政府は、児童手当によって家庭の購買力はむしろ増していること。またスイスの家庭の半分が低所得層に属し、連邦税が免除されているため、このイニシアチブで得をするのは、中・高所得者であること。また、国・州の税収入が減るため、税金を高くせざるを得なくなることなどを挙げ、イニシアチブに反対していた。

 しかし、同イニシアチブの否決を受け、エヴェリン・ヴィトマー・シュルンプフ財務相は、「これで家庭支援がなくなったわけではなく、もっと目標を定めた形での支援を考えている。今回のような児童手当を非課税対象にする形ではなく、家庭の負担を軽減する現実的な税制を模索する」と明言した。また数カ月以内に家族に対する包括的な政策案を提示するとも約束した。

 なお、今回の国民投票で投票率は約42%だった。

 

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