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第1回サイバスロン熱闘 身障者とロボ技術開発者が一丸に

強化義手部門のレースでパンをスライスする課題に取り組む、米国人パイロットのロバート・ラドシーさん Keystone

スイスのチューリヒで8日に開催された国際競技大会「サイバスロン」には、ロボット工学の研究者やベンチャー企業など、世界25カ国から70以上のチームが参加。選手と開発チームが一丸となり、それぞれが開発した身体障害者のための補助器具の性能を競った。参加した7つのスイスのチームのうち、脳コンピュータインタフェースレース部門で「ブレイン・トゥイーカーズ(Brain Tweakers)」が、電動車いす部門では「HSR・エンハンスド(HSR Enhanced)」がそれぞれ優勝し、FESバイク部門では「IRPT/SPZ」が3位に入賞した。

 観客席から「わあっ」と歓声が起こった。強化義手部門のレースで、米国選手でパイロットとよばれるロバート・ラドシーさんが、電気スタンドに電球をくるくると手早く付けた瞬間だった。彼の義手は、人の手の形に似せようとした従来の義手とは異なり、白と青でデザインされた、美しいカーブを描くフック型の義手だ。

 ロバートさんは手元を慎重に見つめ、確実に課題をこなしていく。缶詰を開け、砂糖を包み紙から取り出し、パンを厚さ2センチにスライスした次の課題は、洗濯干しだ。会場の観客も、大スクリーンに映し出されたロバートさんの義手が動くようすを一心に見つめている。

 固唾を呑んで見守るのは、ロバートさんの義手を開発したチームも同じだ。時に声を掛け、大スクリーンを見つめながら競技の様子を追っている。最後の課題である日常生活用品が入った箱を持ち運び終え、ロバートさんがゴールし優勝が決まると、会場の歓声がさらに大きさを増し、割れんばかりの拍手がスタンド中に響いた。

 「簡単に課題をこなしているように見えましたが、実際はどうでしたか」との優勝インタビューの問いに、ロバートさんは少しはにかみながらこう答えた。「もちろん、簡単でしたよ」

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 スイスは、脳コンピュータインタフェースレース部門と電動車いす部門で優勝し、FESバイク部門は3位に入賞するという目覚しい活躍ぶりだった。日本からは3チームが強化義手、強化義足、電動車いす、FESバイクの4部門に出場し、和歌山大の中嶋秀朗教授によるチームは電動車いすレース部門で4位と健闘した。 

ロボット技術開発の発展、心と身体の「バリアフリー」を目指して

 同大会を企画したスイス連邦工科大学チューリヒ校のロバート・リーナー教授は、「6千枚以上あった観戦チケットは大会前に完売したが、資金集めやルール設定など開催までには苦労がたくさんあった」という。また、今回のサイバスロンをただの競技会にはしたくなかったと話す。「同大会の開催を通して、身体障害者の補助器具に応用できるロボット技術をさらに発展させ、開発研究者たちのネットワークが広がる場所を提供したい。またこのような機会によって人々の心の『バリア』もなくなれば」。大会前には出場者の交流会を開催し、会場の入り口には最先端ロボット技術や補助装具の歴史を紹介するブースを用意した。大会当日、ブースのまわりには来場者の人だかりができた。

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身体補助機器の最先端技術を競う世界大会「サイバスロン」 スイス初の開幕間近

このコンテンツが公開されたのは、 最先端のロボット技術などを用いた高度な補装具を身につけ、身体障害者たちが競技に挑む「サイバスロン(cybathlon)」が8日、チューリヒのスイス・アリーナでいよいよ開催される。義手や義足などを装着した「サイバー・アスリート」たちが世界各国から参加し、6つの部門で補装具の技能を競い合う。  今回、第1回目の開催となる「サイバスロン」は、コンピューター制御や電動アシストなどの力を使って身体障害者が競い合う大会だ。人力でスポーツを競技するパラリンピックとは異なり、ロボット工学や生物機械工学技術がどれほど身体障害者の能力を補助できるかが焦点となる。  競技は、強化義手や電動車いすレース、電気刺激バイクレースなどの6種目。コースには身体障害者が日常生活で難しいと感じている課題が並び、世界各国から集まった「パイロット」と呼ばれる選手たちが、各部門で正確さや速さを競う。例えば義手を使ったレースでは、わずか8分間で卓上電気スタンドに電球を取付け、パンは厚さ2センチに切り、缶詰を開けて朝食の準備をしなければならないほか、洗濯物を干すときはハンガーにかけるブレザーのボタンを2つかけなければならないといったルールがある。力加減や繊細な作業が勝負だ。

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 「とにかく面白そうで観に来た」と話すフィリックス・タウブナーさんとマルコ・ビューレさんは、共に連邦工科大学チューリヒ校で機械工学を学ぶ大学2年生だ。「次の学年になれば大学の『フォーカス・プロジェクト』に参加できる。そこでサイバスロンに出場できるようなロボット技術にも取り組んでみたい」と話す。

惹き付けられるパイロットたちの圧倒的な熱意

 レース会場では、観客席から歓声が上がっていた。電動車いすレース部門の決勝で、パイロットたちが最後の課題に差し掛かったところだった。机を動かさないよう、いすを上げ下げし、スラロームを進み、スロープを上がってドアを開閉し、でこぼこ道や傾斜のついた道を進むという課題を乗り越えてきたパイロットたちが、3段の階段を登降するという最終課題に取り組む。パイロットたちはそれぞれ真剣な表情で、電動車いすを操作するためのコントロールパネルを手に握る。転倒の危険をはらむため、パイロットの横には2~3人の補助が付いている。

 「キュイーン、キュイーン」。電動車いすに乗ったパイロットたちが進む速度は、実にゆっくりだ。コントロールパネルの操作に手惑い、じっと止まってしまう場面も多い。オリンピックやパラリンピック競技と比べれば、躍動感に欠けると言える。しかし、そんなことなど忘れてしまう圧倒的な熱意が、パイロットたちにはみなぎる。観客も緊張気味にレースを見守っている。ひとりのパイロットが最後の階段を降り切ると、「やった!」と大きな声が一斉に上がった。

パイロットたちのプレッシャー

 しかし、時には課題をうまく達成できず、悔し涙を流すパイロットもいたようだ。FESバイク部門で1位になったマーク・ムーンさんもまた、「ミスをしてチームを落胆させないようにするプレッシャーがあった」と優勝インタビューで話した。

 今大会ではモチベーション・コーチとしてパイロットたちをサポートしたリューディガー・ビョーンさんは、観客席で競技を見守った。自身も事故で両足を無くしたというビョーンさんは、パイロットたちについて、「試合前のパイロットたちの目を見たんだ。本当にきらきらと輝いていた。それからそれを見守る観客の目も見てみた。同じようにきらきらと輝いていた。すごいことじゃないか」と讃えた。

 リーナー教授は、「全てのチームが優勝できる可能性を持っていた」と全チームの健闘を称え、出場した日本のチームについては「すばらしいロボット技術を開発した。最先端のテクノロジーを駆使し、動作もしっかりとしている。もちろん新しい技術ゆえ、まだ修正していかなければならない箇所はいくつかあるが」と今後の発展への期待を述べた。また、大会中については「日本チームは応援団から『ニッポン』コールが起こりとてもアクティブな印象を受けた」と語った。

 「開発研究者同士の交流によって、新しいコラボレーションも始動した。今後は身体障害者が必要としている本当の補助器具の開発に尽力したい。また、サイバスロンは引き続き開催する予定だ。スイスだけでなく、ほかの国でも開催を考えている。既にドバイや韓国などから開催のオファーが来た。日本も開催地候補として検討している」

サイバスロン

最先端のロボット技術などを用いた高度な補助器具を身につけ、「パイロット」と呼ばれる選手たちが技術開発者たちとチームを組み、正確さや速さをポイント制で競う国際大会。2016年10月にスイスのチューリヒで第1回が開催された。

サイバスロンに用意された競技は、強化義手、強化義足、強化外骨格レース、電動車いすレース、FESバイクレース、脳コンピュータインタフェースレースの6種目。コースには身体障害者が日常生活で難しいと感じている課題が用意される。

ロボット技術や生物機械工学技術がどれほど身体障害者の能力を補助できるかが焦点となる。


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