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福島第一原発事故はスイスのエネルギー政策にどのような影響を与えるのか

イニシアチブ「脱原発」のポスター。スイス西部ヌーシャテルにて。 Keystone

東京電力福島第一原発事故の後、スイス政府は長期にわたる段階的脱原発へ向けて「エネルギー戦略2050」を国会へ提案したが、緑の党は「脱原発」イニシアチブ(国民発議)を提起した。これらすべては同じ年2011年に起きた。2011年3月を境にスイスでも原発への議論が高まり、今月27日には国民投票で「脱原発」が問われる。福島の原発事故から5年半経過した今、「フクシマ」の存在は、現在のスイスのエネルギー政策にどのような影響を与え、政府はどのようにエネルギー政策を進めていきたいと考えているのだろうか。

 今週末27日、緑の党提案のイニチアチブ「脱原発」を巡り、国民投票が行われる。国民投票で可決された場合、新しい原発の建設を禁止し、既存の原発の運転期間を45年に限定する。その際、2019年末に廃炉を決めたミューレベルク原発も含め既存する原発5基のうち3基が2017年に稼動停止することになる。そして、スイスでは2029年に脱原発が達成される。

 時期尚早の脱原発になった場合、スイスはどのように対応するのか。また、それに伴う原発の廃炉費用と代替エネルギーとは?「脱原発」イニシアチブに反対するスイス政府の意見として、連邦環境・運輸・エネルギー・通信省のメディア・政務課長マリアンヌ・ツンド氏に、スイスのエネルギー政策についてインタビューした。 

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スイスインフォ: 福島第一原発の事故は、27日に国民投票にかけられるイニシアチブ「脱原発」でどのような役割を果たすと思いますか?

マリアンヌ・ツンド:  福島の原発事故は、この国民投票で直接的な役割を果たしていませんが、福島やチェルノブイリの原発事故による原子力技術への不安や、もっと安全な原発が必要だというような技術の理論を生み、「脱原発」イニシアチブを提起し、代替エネルギーを開発する刺激となりました。

スイスインフォ: 福島の原発事故により市民の放射線被爆への恐怖心がまだ強く、時期尚早だとしても脱原発を求めるイニシアチブが可決されると思いませんか

ツンド: そうであるかは、結果を待ってみないと分からないですね。原発の早期停止は一見魅力的で、すべての問題を解決できるかのように思われます。ですが、このイニシアチブを受け入れるということは、新しい困難な課題が出てくるということに留意しなければなりません。スイスに既存する5基の原発のうち 、ミューレベルク、ベツナウ第一原発、ベツナウ第二原発の3基の電力供給量は、スイス全世帯の平均年間電力消費量の半分に相当します。イニシアチブが可決されれば2017年にこれら3基が停止されることになりますが、2017年以降原発によるこれらの電力の一部を置き換えるにあたり、再生可能エネルギーで代替するだけでは不十分です。したがって、環境汚染度の高い石炭火力発電所による電力の輸入をかなり増やすことを余儀なくされます。そうなると、大幅な電力輸入の増加に対応するために、急速に電力のインフラを強化する必要もあります。

スイスインフォ: スイス政府のエネルギー政策は、脱原発に否定的に聞こえますが。

ツンド: 連邦議会が9月に承認したエネルギー政策は、脱原発を見込んでいますが、その日付を定めていません。また、法令により、原発を新設することは禁止されますが、現在ある原発は、連邦核安全監督局(ENSI)によって安全が監督される限り、電力を生産することが可能です。

スイスインフォ: スイスは、今すぐに代替エネルギーを開発する能力を持っていないのですか?

ツンド: スイスには、これらの開発能力は備わっています。しかし、このエネルギー供給改革には時間がかかります。連邦議会は今年9月30日に、「エネルギー戦略2050」の第一弾を承認しました。この戦略では、現在稼動する原発はその運転期間が終了すれば廃炉にされ、代替されません。また、再生可能なエネルギーを開発し、エネルギー効率を高めることを目的とします。スイス政府と連邦議会は、スイスに適した再生可能エネルギーを徐々に展開するペースで脱原発した方が良いと確信しており、原発の時期尚早な停止による電力不足は、大規模な電力輸入という形で補われることになります。

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スイスの一つの原発の終わり

このコンテンツが公開されたのは、 11月27日の国民投票では、緑の党が提起した脱原発イニシアチブで「原発の運転期間を45年に限定すること」が問われる。では、原発の停止・廃炉とは具体的には何を意味するのだろうか。どのような課題が想定されるのか。今回の国民投票の結果とは関係なく、2019年末に廃炉を決めたミューレベルク原発の例を追った。

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スイスインフォ: それでは、十分なエネルギー供給を確保するための中期また長期的なスイス政府の施策とはどのようなものですか?

ツンド: その施策が、9月末の議会ですでに承認された「エネルギー戦略2050」にあります。この戦略の第一弾の施策の中には、電力市場への財政支援、再生可能エネルギーや水力発電設備やクリーンエネルギーの建物に対する補助金の増額が含まれます。別の法案である「送電ネットワーク戦略」は、送電網の発展と変革を加速していきます。「エネルギー戦略2050」の次のステップは、新たな市場モデルや促進システムによって、既存のシステムを置き換えることを目指します。その第一案の議論は、すでに始まっています。

スイスインフォ: 老朽原発の廃炉には、費用がどのくらいかかりますか?また、それを賄うには、スイスの一般家庭の電気料金はどのくらい値上がりすることになりますか?

ツンド: 原発廃炉費用とは、原子力施設や廃棄物管理の廃止や解体の費用のことですが、スイスの原発5基の廃炉とビューレンリンゲン中間貯蔵施設にある放射性廃棄物の処理には、30億フラン(約3300億円)程度の費用がかかると現時点で見込まれています。消費電力1キロワット時あたり約0.01フラン(約1円10銭)です。これらの廃炉費用は、定期的に見直されます。年末には新しい見積もり書が公開される予定です。その見積もり書に基づいて、電力会社が廃炉に備えて毎年払う積立金の額が算定されることになります。「脱原発」イニシアチブが可決された場合は、積立金の支払いは26%増となり、追加の約2億4300万フランが必要になります。その主な理由は、早期廃炉が決まれば、積立金を市場に投資する期間が短くなり、その分だけ利息収入が減るからです。

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