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ロカルノ国際映画祭、松本監督8000人にオッティモを連発

「しっかりものの娘たえには母性愛を表現してほしいと思っていた」と松本監督 pardo.ch

第64回ロカルノ映画祭の最終日前日8月12日、8000人の観客が集まったピアッツァ・グランデ広場で松本人志監督(47)作「さや侍」が熱い拍手に迎えられ上映された。


映画の上映前に大スクリーン前の舞台に監督と主な出演者が上り、挨拶をするのがロカルノの習わし。松本監督一行は入場時に夫人と2歳の娘さんもスクリーンに大写しにされ、拍手が沸き起こった。舞台上では、侍役の野見隆明氏は感動に言葉を失い、娘たえ役の熊田聖亜さんは映画の役そのままにしっかりと「ロカルノに来て感動した」と挨拶した。

 松本監督はロカルノ映画祭のシンボルの豹の模様が入った扇子をさっと広げ、そこに書かれた「チーズ・フォンデュ、オッティモ(最高)、スウォッチ、オッティモ、さや侍、オッティモ」とイタリア語で「最高」を連発し拍手を受けた。「ロカルノ」が抜けているとの観客の反応を察してか、アーティスティック・ディレクターのオリヴィエ・ペール氏が「ロカルノ、オッティモ」と締めくくった。

 若君を笑わせるため、30日間毎日一芸を行うはめになった、刀の刃の部分はなく鞘(さや)だけを下げている侍、野見勘十郎。娘のたえはそんな侍の誇りを失った父親が情けない。最初は、恥をさらすよりは切腹をと進めるたえだが、やがて芸を編み出す父親を応援していく。

 実は、「さや侍」では「親子愛を表現したかったのだ」という松本監督に、映画祭の多忙さの合間を縫ってインタビューに応じてもらった。

swissinfo.ch : 「さや侍」ですが、この映画のテーマは何でしょうか?仏教的な輪廻などでしょうか。

松本 : そこまで強い宗教的な部分はないですね。あの、自分はちょっと娘が2年前にできたというのもあるんでしょうが、親子愛を伝えたかったというか。一応時代劇という体を取っていますが、別にチャンバラが出て来るわけでもないですし。本当に、親子愛が伝わればいいなというのが一つありますね。

swissinfo.ch : 「さや侍」においては、笑いはどう引き起こそうと考えられたのでしょうか。

松本 : 今回前半をほとんどコメディー寄りに作って、後半は一気にシリアスな方にガラッと変えれたら面白いなというのがコンセプトとしてはあったんですけど。だんだんじわじわと投げてくるというよりも一気にいっちゃえば面白いかな、というのは少し思ってたんですけれども・・・。

日本の人なんかは、僕の作る映画は全般コメディーであったり、だんだん面白くなってくると思いがちなんですが、それを裏切りたかったというか・・・。

swissinfo.ch : 「しんぼる」も「さや侍」もいわば極限状態に置かれた主人公が、もがいてそこから這い出そうとする。そういった共通性があるようですが。

松本 : そうですね。自分の中にマゾの要素があるんでしょうかね。追い込まれる人間のジタバタ感が好きみたいなものは奥底にはあるかもしれませんね(うーんと考え込む)。

意識的にはやってないんですがね。今まで撮ってきたものを考えるとやはりそういうものが多かったように思いますね。

swissinfo.ch : 確かにもがいているのですが、一方で「しんぼる」では寿司が壁から出てきたり、「さや侍」でもとんでもない仕掛けの発明品が出てきたりと、監督が楽しんでいる部分もあるのでしょうか

松本 : もがき苦しめば苦しむほど意外と面白い部分に行ってしまうというのは、何かその辺を、僕は面白がりたい人ですね。

ジタバタすればするほど、面白くなっていくというのは、しょうがないというか、面白いところですよね。誰しも持っている部分かなと思いますが。

swissinfo.ch : 繰り返しになりますが、そういう苦しみやおかしさを超えたところに、救いがあるような高い所にいくような宗教性があるのではないでしょうか。

松本 : いやそこまでは考えてないですね・・・強いて言えば僕は分かりやすいハッピーエンドというのは、あまり好きではなくて。なんか観る人によってはハッピーやし、または落ちるかもしれない。そんな終わり方を好むので、僕は。そういうところ(両方を含むようなところ)があるのかも知れないですね。

なんかオールオッケーみたいな感じにはならないですものね。

悲しさとうれしさ、面白さと怖さって、表裏一体というか、常にぎりぎりのラインにあるので、なんかそんなとこが今回出せたらいいなって思いましたね。

swissinfo.ch : アーティスティック・ディレクターのペールさんが「松本は毎回どこにもないようにオリジナルな発想で新しいものを出してくる」と言っていますが、この発言をどう思いますか。

松本 : 映画監督と言われる人はほとんどが映画が好きで、いろんな映画をいっぱい観ていらっしゃると思うんですけれど、僕はその中で一番映画を観ていない映画監督だと思うんです。映画監督というものも、映画というものも何なのか、正直僕はよく分からなくて・・・なんか、映画らしいものは撮るつもりはないし、また撮れないですし。

とにかく、(観客が)観たことないものを見せたい。だから映画をいっぱい観てないので、「こんな映画ってあったの?」と周りにと聞いて「いや、ないね」と言われてやるみたいなとこありますね。もしかしたら僕の知らないとこでかぶっちゃってるかも知れないんで、大丈夫と確認してからやるみたいなことですね。

swissinfo.ch : では、本当にオリジナルなのですね。

松本 : うーん。オリジナルをやらないと・・・、やっぱりやっている意味もないし。やっぱり毎回全然違うものでやりたいし。続編みたいなものもやりたくないし。何かを映画化する、小説を映画化するというのもあまり興味ないし・・・。

swissinfo.ch : 今後も同じようにオリジナルをやっていかれるということでしょうが、何か次の作品の構想がありますか。

松本 : いや、構想はあまり・・・。(僕は)貯金のない人で。その場その場で考えるんですけど。また考えたところで、現場でもわりと変えちゃうところがあるので。本当にその場その場で、面白い方向になびいていくという感じの撮り方ですね。

ですから四作目は今のところ、一切頭に浮かんできていないですね。

swissinfo.ch : テレビのお仕事と映画製作はどういうふうに絡んでいるのでしょうか。また、映画はどういうときに発想が浮かぶのでしょうか。

松本 : ま、具体的にスケジュールでいうと、今週はテレビの仕事、その次の週は映画というやり方で、頭の中はごっちゃごっちゃになるんですけど。

ま、テレビがあって自分があるっていうのも、現実そうですし。だから映画だけに集中できれば本当はいいんですけど、なかなかそれもうまくいかなくて。

で、映画の発想は、「よし、みんなで映画会議を開こう」と言って、何が撮りたいか、何が面白いか、そこから始めますね。本当に(スタートは)なんにもないんですよね。

ま、会議でほかの人の意見に耳は傾けますが、最終的には自分で決めます。できあがったときに後悔したくないので。AかBで迷ったときに、仲間に聞くことはあってもCを考えてくれということはあんまりやらないですね。

swissinfo.ch : すべてを御自身で作っていくということですね。「さや侍」の最後でお坊さんが読む手紙というか詩もご自分で書かれたのですね。余談ですが記者団への上映では最後に5人ぐらいがこの詩の言葉「巡り、巡り」を日本語で覚えて大声で合唱していました。

松本 : あ、そうですか。合唱していましたか。

ま、今回作詞というか。娘に手紙を書こうかなと思って。で、それは手紙というより遺書ですよね。それをお坊さん役の彼にちょっとメロディーをつけてもらって。

作詞といえばそうかもしれませんが、僕の中では遺言に近いものがありますね。

swissinfo.ch : お嬢さまへの愛情の究極として遺言書を作られるというのも、また松本監督らしい、逆説的な態度というか・・・。

松本 : ま、あの、遅く生まれた子なので。僕が年取ってから生まれてきた子なので。ま、そうですね。輪廻というか。そういうことを思ったのかもしれませんね。

swissinfo.ch : 最後にロカルノ映画祭をどう思われますか。

松本 : 本当にみんな映画の好きな人たちが、なんかこうのんびりと本当に楽しんでいるなという。日本人のせかせかとした感じもないし。いいですよね。映画文化に対して温かい感じがしますね。

日本人はなんか理屈ばっかりで面白くても素直に笑わないし。感動してても素直に泣かないところがあるから。知っている人で僕の映画観て「笑いこらえるのに必死やった」みたいなことを言う人がいるから、なんでこらえないといけないのかが分からないですよね(スタッフ一同笑う)。

ここでは、さっきの(巡り巡りを)一緒になって合唱するみたいなのは凄いですね。ま、ロカルノは物を作る人間には、本当に幸せな場所でしょうね。

1963年生まれ。

浜田雅功とお笑いコンビ「ダウンタウン」を結成しテレビで活躍。

2007年、映画監督であり出演者として処女作「大日本人」を制作。同作品はカンヌ映画祭監督週間に出品される。

2009年、「しんぼる」を制作。

2011年、「さや侍」完成。

「さや侍」は第64回ロカルノ国際映画祭の「ピアッツァ・グランデ部門」に選出され8月12日上映された。

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