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スイスの科学研究 変革をもたらす女性たち

男性は数学に、女性はマルチ行動に優れているのか?

「脳に可塑性があることは素晴らしい」とカトリーヌ・ヴィダル氏 University of Geneva

男女の脳に違いがあるのだろうか?「女性の脳に月に1度の排卵を司る機能があるなど、生殖に関して男女の脳に違いがあるが、いわゆる知的な機能において差はまったくない」というのがその答だ。


ジュネーブ大学で11月10日に開催された講演で、パスツール研究所の神経生物学者カトリーヌ・ヴィダル氏は、「脳は大脳皮質の形状などすべて個々人で異なるのであって男女間の差ではない」と話す。

 女性は話好きで感覚的。色々なことを同時にこなすマルチ行動ができるが、一方で空間感覚に乏しく地図が読めない。ところが男性は数学に優れ、喧嘩好きで競争心に富むなど、巷には男女差をステレオタイプ化した本が溢れている。

 だが、こうした定義づけやステレオタイプ化を人々はある意味で好み、一方で大いに影響されている。今回この講演を開催したジュネーブ大学の機関「男女平等セクター」によると、博士課程までの学生中に占める女生徒の割合は62%なのに、教員レベルになると女性教員数は極端に減り、わずか12%だという。

 こうした社会におけるステレオタイプ化が引き起こす問題、さらにそれはなぜなのかといったことも含め、男女の脳についてヴィダル氏に話を聞いた。

swissinfo.ch : まず、男女の脳に差はないと言っていいのでしょうか。

ヴィダル : 単純化すれば、男女の脳には差があり、またないともいえる。あるというのは、女性は月に1度排卵があり、それを司る機能が女性の脳にはあるが、男性の脳にはない。

こうように生殖機能において、男女の脳には違いがあるが、いわゆる知的機能や認識、例えば言語能力、記憶力、理論形成力などでは、男女の脳に全く差がない。つまり、差はむしろ男女間というより個々人の間にある。

swissinfo.ch : 脳の大きさ、重さにおいても男女の脳に差はないのですか?

ヴィダル : 重さにおいては男女に多少差があり、男性の脳の重さは平均1.35キログラム、女性では1.2キログラムといわれている。

しかし、脳の重さと知的機能との間に関係はない。例えばアインシュタインの脳は1.2キログラムで、これはほぼ女性の平均と同じ(微笑む)。

また、同じ作家でもフランスのアナトール・フランスの脳は1キログラム。対してロシアのイワン・ツルゲーネフの脳は2キログラムだった。つまり、重さと知的機能に関係性はないというだけではなく、個々人によって脳の重さは、(形状、部位の大きさなども含め)さまざま。まさに十人十色だということだ。

地球上に70億の人間がいるなら、70億の違う脳があるのだ。

ところが、こうしたさまざまな科学的データがあるにもかかわらず、つい最近でも脳の重さと大きさにおいて、男性の方が女性より大きく重く、従って男性の方が知的に優れている。または白人の方が黒人より優れているといった、差別のイデオロギーを証明するために、アメリカの軍隊の兵士だけをサンプルに使った論文が出ている。

swissinfo.ch : こうした、脳の知的機能において、男女間にも人種間にも差異がないという認識は最近のものなのですか?

ヴィダル : かつてホルマリン漬けの脳を調べていた時代とは違い、MRIなどの新技術のお蔭で、脳を生きた形で解析でき、15年ぐらい前から脳の機能に関する概念が根本的に変わった。

では、こうしたイデオロギー的男女差、人種差を否定する根拠として、何が新しく分かったのかというと、それは脳の「可塑性(plasticité)」と呼ばれるものだ。

脳は環境によって、つまり家族、社会、教育環境によって大きく左右される。例えばピアニストの脳においては、指の動きや聴覚を司る大脳皮質の部位がかなり厚くなっている。この厚さは、子供のときピアノを何時間弾いたかによって変わる。

また、三つのボールを(お手玉のように)両手で操ることを学生に試みてもらい、その脳をMRIで調べたところ、わずか3カ月で視覚と手・腕の動きのコーディネーションを司る大脳皮質部位が厚くなっていることが分かった。しかしやめるとこの部位の厚さは減退していった。

こうした環境によって、また始める学習や運動によって脳の部位が変化することを可塑性と言う。

swissinfo.ch : ところで、子どもは何歳ごろから男女の性を意識するのでしょうか?

ヴィダル : 子どもは約1000億個のニューロン(神経単位)を持って生まれてくるが、その僅か1割しかニューロン間でのコネクションがなされておらず、9割が誕生後徐々にされていく。

ということは、前に述べたように、家族、社会環境などから影響を受けながら絶えず発達しているということだ。

まず誕生直後に子どもは自分の性についての認識はない。そして、誕生後数週間で、周囲の声の違いなどから男女があることを理解していく。

しかし、2歳半になるまで幼児は、自分が女なのか男なのか認識できない。なぜなら、それを認識させるニューロンが十分にコネクションしていないからだ。

それにもかかわらず、2歳半以前に周囲の人間が環境を「性別化」してしまう。男の子にはブルー、女の子にはピンクの服を着せ、男女で違うおもちゃを与え、声のかけ方なども違っている。大人は無意識にやっているかもしれないが・・・

こうした「性別化された」環境によって、2歳半を過ぎたことろから子どもは徐々に男女に性別化される。

swissinfo.ch : 知的行動において男女の脳には差はないということは理解できましたが、一方で、女性はテレビを観ながら同時に電話で話せるマルチ行動ができる。それは左右の脳を繋ぐ部位が女性の方が発達しているからだという説をよく聞きますが、これをどう思われますか?

ヴィダル : 女性のほうがマルチ行動に優れているというのは、完全なまちがいだ。1982年に切断されホルマリン漬けされた脳を調査したある学者が、女性の方が左右の脳を繋ぐ神経の束の部位、つまり脳梁(のうりょう)が厚いと発表した。そのために女性の方がマルチ行動ができるという説を立てた。

しかし、彼が調べたサンプルの脳は僅か20個に過ぎなかった。現在、MRIを使い、100人もの脳梁を調べた結果、男女でこの部位の厚さに違いは見られなかった。

swissinfo.ch : ということは、むしろ女性が料理をしながら同時に横目で子どもを監視し、さらに夫とも会話しなくてなならない環境が、女性をマルチ的にしていったということでしょうか?環境が脳を変えると先ほどおっしゃたように。

ヴィダル : まず、マルチ行動は女性だけのものではないということ。男性のパイロットでもマルチ行動を取っている。仕事のチームリーダーは男性でも女性でも、マルチ行動を取っている。

結局、マルチ行動を取り続けると、まさに前に述べたように脳の可塑性によって、それに必要な部位が発達するということが重要で、それは男女に関係ない。またそこを使わなくなれば、それは衰退するということだ。

脳の可塑性は、また、年齢にも関係なく、60歳でも何か学習を始めたらその部位が発達するということだ。これは人類に希望を与える、素晴らしいことだと思う。

神経生物学者。パリ第6大学の神経生理学科の博士号取得した後、現在パリのパスツール研究所の研究開発責任者を務める。

基本的な研究に「痛みのメカニズム」、「記憶における大脳皮質の役割」、「エイズウィルスによる脳内感染」などがあり、およそ50本の研究論論文が世界的科学雑誌に掲載された。

こうした科学者としての基本的研究に加え、科学の研究と社会との関係にも興味を示し、特に生物学研究が男女差にもたらす偏見や脳と性別に関し、多くの著書を発表している。

中でも『男と女は同じ脳を持っているのだろうか? (Homme,femmes avouns –nous le même cerveau ?)』は広く読まれている。

なお、『脳と性と能力(Cerveau, sexe et pouvoir ) 』は日本語に翻訳されている。(集英社新書)

 

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