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スイス当局が「ビンラディン」ブランドを承認

イエスラム・ビンラディン氏は米同時多発テロ以来、スイスではすっかり有名人になってしまった。 Keystone Archive

国際テロ組織「アルカイダ」指導者のウサマ・ビンラディン容疑者の義兄でスイス国籍を持つ実業家のイエスラム・ビンラディン氏が求めていた名称「ビンラディン」の商標登録をスイス当局が認めたことが先月、公表された。

「ビンラディン」というブランド名は連邦知的所有権機関が米同時多発テロ以前に承認していたものを「9.11」以降にこの名前は「テロを想起させ道徳的でない」として登録を抹消した。これに抗議したイエスラム氏が裁判所に提訴していた。

 スイス司法当局は登録抹消を取り消す理由として「この名称が米同時多発テロ以前に登録されていたこと」とともに「名前の使用が知的所有権機関のいう、“治安を妨害する”にはあたらない」としている。

「ビンラディン」ファッション

 2001年の2月にツークに本社があるイエスラム・ビンラディン氏(以降イエスラム氏)の会社、ファルコン・スポーティング・グッズが知的所有権機関に「ビンラディン」名称を商標として申請した。このブランド名で眼鏡、宝石、衣服、香水からスポーツウエアーなどのファッション関連の製品からメディアや文化行事のスポンサーまでを予定していた。

物議を醸す名前

 ところが、2001年の「9.11」で全ての予定が狂った。2002年7月、連邦知的所有権機関は「大衆にとって米同時多発テロの悲劇が起こって以来、この名前への認識が変わった。ビンラディンと言う名前はテロを想起させる」として一度承認した商標登録を取り消したのである。同局はさらに「この名前は多数の死者を出した悲惨な事件を思い出させ、スイスの一部の人々の道徳的感情を侵害する」とも評した。

義兄はスイス人

 イエスラム氏はこれまでも度々、スイスメディアにテロを非難するとともに自分が義兄とは全く関係がないこと、サウジアラビアに住んでいた頃に「家族の会合で3、4回しか会ったことがない」ことなどを公表してきた。

 彼はサウジアラビア最大のゼネコンの総帥であるムハンマド・ビンラディン氏の54人の子供の一人。父親には夫人が20人ぐらいおり、ウサマとはむろん、母親が違う。「ウサマとは20年来、会っていない」と証言してきた。イエスラム氏は1985年からスイスのジュネーブに住み、2001年5月にスイス国籍を取得した。

香水はYBに

 今のところ「ビンラディン(Binladen とは違ってBinladinと書く)」名称を商品名として使わないとイエスラム氏は公表している。また、「登録したことによって他の者にこの名前が悪用されるのを妨ぐことができる」と満足げだ。

 イエスラム氏は2004年末に「イエスラム」(至福の意)という名前の香水を50万ユーロ(約69億円)の投資をし、近々売り出す予定だ。ロゴを「YB」(Yeslam Binladin)としたのはテロリストと混同されないようにとのことだが、「ビンラディン」と「イエスラム」とどっちの名前にした方が売れるかは考えものだ。


swissinfo ルイジーノ・カナル   屋山明乃(ややまあけの)まとめ

- 1985年からイエスラム・ビンラディン氏はジュネーブに在住し、2001年5月にスイス国籍を取得した。

- 2001年2月にイエスラム氏の会社、ファルコン・スポーティング・グッズが連邦知的所有権機関に「ビンラディン」をブランド名として登録申請する。

- 2001年8月に同機関はこのブランド名を承認する。

- 2001年9月11日、同時多発テロが起こり、国際テロ組織「アルカイダ」の主導者であるオサマ・ビンラディン容疑者の名前が挙がる。

- 2002年7月、連邦知的所有権機関がこの名称は「テロを想起させ治安妨害」との理由で登録を撤回する。

- 2002年8月、イエスラム氏が上記の決断を不服として裁判所に訴える。

- 2004年6月、スイス司法当局がこの「ビンラディン」ブランド登録撤回を考え直し、取り消しを無効にする。

- 2004年12月、知的所有権専門誌に裁判所の判決が載る。

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