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バチカン美術館 スイス衛兵の素顔と日常を写真で公開

世界最小の軍隊であるスイス衛兵隊は、最も写真に撮られる回数の多い軍隊でもある Fabio Mantegna

カラフルな制服に身を包み、バチカンでローマ法王を護衛するスイスの衛兵たち。世界で最も写真に撮られる回数が多い兵隊といわれているが、その日常や舞台裏はあまり知られていない。彼らをテーマにした写真展が6月12日まで、バチカン美術館で開催されている。

 ローマ・カトリック教会のフランシスコ法王は、教会は壁の内側に閉じこもるのではなくオープンであるべきだと常に望んできた。そして今、スイス衛兵外部リンクもそれにならおうとしているのだろうか、バチカン美術館ではスイス衛兵の舞台裏を撮影した写真展「スイス衛兵の生活-知られざる日常」が開催されている。

 写真展では、普段観光客が見ることのできないバチカンの壁の向こうで繰り広げられる、衛兵たちのプライベートな生活を垣間見ることができる。「写真展では衛兵の気高く伝統的な生活が語られている。それと同時に、若者の青春も写し出している」と、バチカン美術館のアントニオ・パオルッチ館長は話す。

 写真展の公開にあたりクリストフ・グラフ衛兵司令官は「私たち衛兵はスーパーヒーローになるつもりもないし、法王の守護天使として扱われたくもない。ただ、忠誠心と謙虚さを持って、静かに自分たちの任務を遂行したいだけだ」と話す。

 「衛兵は通常の軍隊とは違う。法王とローマ教会への奉仕であり、この両者への愛がなければ遂行できない」(グラフ衛兵司令官)

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バチカンのスイス衛兵 その素顔と舞台裏

このコンテンツが公開されたのは、 「スイス衛兵になるには、使命感がなければならない。忠誠心と、この特別で崇高な任務を遂行しようという深い信念が必要だ」。そう話すのは、1506年にローマ法王ユリウス2世が設けたスイス衛兵隊を指揮するクリストフ・グラフ衛兵司…

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 だがフランシスコ法王のように、厳格な慣習やしきたりとは対照的な法王を護衛するのは簡単なことではない。「フランシスコ法王に仕えるのは常に興味深い。彼はいつも決まりごとに従うとは限らない。確かに護衛する側にとってはより一層の注意が必要になるが、私たちはそれに慣れているし、(オープンであることは)素晴らしいことでもある。法王は自由を必要としている。自由を高く評価しているし、私たちは法王の自由を保障したい。一方で、法王の安全確保は私たちの使命だ。そのためにあらゆる面に注意を払わなければならない」(グラフ衛兵司令官)

 特にテロリストの脅威が高まってきた昨今では、衛兵の仕事はさらに慎重さを要する複雑な任務になってきた。広報担当者でもあるウルス・ブライテンモザー伍長は、「テロの脅威を無視できないことは明らかだ。私たちは世界の現状にとても心を痛めている。法王はいかなる暴力も認めない。法王は『橋をかける人』だ。異なる宗教にも歩み寄ろうとしている。私たちは、宗教が違っても隣り合って平和的に共存できることを見てきたし、それができると信じている」と話す。

友情と連帯感

 スイス衛兵の敬礼に対し、フランシスコ法王は軽く会釈するか握手で応える。軍隊では見られないこの挨拶の仕方や、直接話せるこの距離感で、法王とスイス衛兵の信頼関係はさらに強まった。今回の写真展では、そのような人間味のある瞬間をとらえた写真だけではなく、衛兵たちの友情や連帯感などが感じられる写真も見られる。

 宣誓式などの式典だけではなく、休憩時間や休日、そして訓練中に撮られたスナップ写真も多い。密着撮影をしたのは写真家のファビオ・マンテーニャさん。宣誓式に使う父親の兜(かぶと)をかぶったグラフ衛兵司令官の息子を撮った写真もある。「父親の兜を手に取りながら、満面の笑みでキラキラした目をして、とても嬉しそうだった。司令官の服を着た自分の父親を見るのは印象深いことに違いない。この1枚は私のお気に入りだ」

 自分たちの写真を見るのは、衛兵たちにとっては一種の驚きでもあった。近寄ってきて「勝手に」写真を撮る観光客の出来上がり写真を見ることはないからだ。衛兵を務めて20年近くになるブライテンモザー伍長は、「これらは私たちの日常を写したもの。私たちの仕事がどれだけ豊かで、多様性や美しい瞬間にあふれたものかを、こうやって改めて見ることができて感動的だ」と、感慨深げだ。イタリア語の授業風景や食堂での和やかな様子、若い衛兵たちが休憩時間にバチカンの中庭で談笑する姿もある。

 最初に写真展を見たのは衛兵たちだ。写真に何度も登場する衛兵もいる。ヴォー州ジメル出身のバンジャマン・クロワゼさん(23)もその1人。「写真のアングルが面白い。衛兵の仕事を、芸術と歴史そして沈黙の世界で表現している」と言う。

 沈黙、空虚、そして孤独感もまた、マンテーニャさんの写真から感じられる。終わりが見えないほどの長い廊下や階段を直立不動で見張る衛兵。「意外かもしれないが、何もせず6時間立ったままでいるのはとても疲れる。勤務は、6日間働き3日間の休日。その3日間に特別な行事が何も予定されていなければ、衛兵は外出したりイタリアを観光したり、スイスに戻ったりもできる」(ブライテンモザー伍長)

バチカン美術館の写真展

150点の中から選びぬかれた、白黒やカラー写真86枚を展示。写真に添えられた文は衛兵たちによって書かれた。バチカン美術館で2016年6月12日まで開催。

現実と仮想の世界

 完全な静寂の中の警備から、次の瞬間には観光客でにぎわうサン・ピエトロ広場の警備に移ることもある。衛兵たちは公衆と向き合う術(すべ)も学ばなければならない。そのためには、「精神的にとても柔軟であることが必要だ。そして自分の健康状態に注意し、十分に睡眠も取り、常に万全でいなければならない」と、ブライテンモザー伍長は言う。

 衛兵にとって、仲間から孤立しないようにすることは重要だ。そのため、休憩時間であっても、衛兵たちはバチカン内部でのインターネットや携帯電話の使用が禁止されている。

 「今の若者は、自由時間になると1人になることが多い。ソーシャルメディアやオンラインゲームで世界中といつでもつながることはできるが、反対に現実の日常生活からは遠ざかってしまう。自由時間に読んだり書いたりしかできなければ、彼らは本や歴史、文化に目を向ける。そして興味を持って、素晴らしいローマの町を訪れることもできる」。そう語るブライテンモザー伍長は、衛兵にとって「他者と共に生きる」ことが最も重要だと考える。

 前出のクロワゼさんも同意見だ。「確かに若者に特有の興味や、やりたいことはある。でもテクノロジーの制限は理解できる。そうでなければ、無駄な時間を過ごし、本来ならば楽しむべき人生で大事なものを見逃してしまうこともあるだろう。ネットを使えないおかげで、ものごとをより深く考え、例えば私たちの身の回りにある芸術などに目を向けることができる。それに何といっても、自分自身を見つめ直す機会になる」

 では、スイス衛兵に選ばれるのはどんな人物なのだろうか?グラフ衛兵司令官の答えは明確だ。「スイス人の若者でカトリック教徒であること。スイス軍の基礎訓練課程を修了し、スポーツ能力がある人。イタリア語を話せるか勉強中で、平均年齢は20~23歳」。ちなみに、衛兵の中から毎年1人は神学校に進む若者がいるということだ。

(仏語からの翻訳&編集・由比かおり)

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