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企業の責任 その線引きはどこに?

働く男性
西アフリカ・ブルキナファソの金鉱で働く未成年者。「責任ある企業イニシアチブ」が可決されれば、スイス企業は下請け業者で児童労働させた罪で訴えられる可能性がある Pep Bonet / Noor

スイス連邦議会は現在、人権侵害や環境被害における企業の責任を追及する法案を審議中だ。これは既に何年も前から国際的にも議論が交わされてきたテーマだが、スイスの経済団体は規制が他国よりも厳しくなると憂慮する。

「責任ある企業イニシアチブ(国民発議)」の目的は、スイスに本社を置く企業が世界各地で人権と環境をより尊重するよう法的基礎を構築することにある。しかし同イニシアチブは、それに対する対案も含め、まだ議論の余地があるようだ。大手産業とサービス会社を代表するスイス・ホールディングスのデニス・ラウファ―氏は、ドイツ語圏の日刊紙NZZに対し「対案は、実のところこのイニシアチブの実施に必要な法律のことを言っているに過ぎない。これではスイスが孤立する危険性がある」と述べた。

「責任ある企業イニシアチブ」は近く上院(全州議会)で審議される。NZZは先の記事で、現実的な妥協案を見つけるための政府の試みに対し、主要な経済団体は明らかに否定的な態度を示していると報じた。

イニシアチブと対案

イニシアチブ(国民発議)に対して連邦議会と政府が提示できる対案には2種類ある。

1)直接的対案:議会がイニシアチブに対する対案として、別の憲法条項を提示する方法。イニシアチブ委員会がイニシアチブを取り下げない場合、対案もイニシアチブと同時に投票にかけられる。

2)間接的対案:議会が憲法ではなく法律レベルの改正案、あるいは新法を提案する方法。その場合、憲法改正をしなくてもイニシアチブの実施が可能となる。イニシアチブ委員会がイニシアチブを取り下げない場合はイニシアチブのみが投票にかけられ、否決されれば自動的に間接的対案が可決される。

(出典:ch.ch)

スイスは「自主性」に重点

人権と環境に対する企業責任は、すでに何十年も前から議論されてきた。

本件に関し明らかに大きな節目となったのは、2011年6月16日に国連人権理事会が「ビジネスと人権に関する指導原則」を承認したことだ。これは、企業は全ての企業活動において人権を尊重する責任があるという原則だ。しかし同時に、この原則に従いどう人権を保護するか、ルールに反した場合の対処方法はそれぞれの国に任されている。

11年にはまた、経済協力開発機構(OECD)が多国籍企業に関するガイドライン「OECD多国籍企業行動指針外部リンク」を更新した。これにより、各国は国連の原則を適用するための具体的な行動計画を作成する必要性が生じた。スイス政府はこれを受け、16年12月9日に「ビジネスと人権に関する国別行動計画(NAP)外部リンク」を採択。フランスなど他国が人権保護の注意義務について企業に拘束力がある措置を選ぶ一方で、スイス政府は自主的措置に比重を置いた。

国民発議へ

スイスのこういった姿勢は国連のガイドラインを実施する上で繰り返し批判されてきた。とりわけ非政府組織や人権団体は、スイスが国際ガイドラインの作成に力を入れていたという背景もあり、声高に政府を批判した。

結局、こうしたNGO側の不満が15年の「責任ある企業イニシアチブ外部リンク」につながった。同イニシアチブの目的は、スイスに拠点を置く企業に人権と環境基準を尊重するよう注意義務を課すことだ。そしてこの義務は外国の子会社にも適用される。

また、イニシアチブには責任条項も盛り込まれている。それによると、スイスに拠点を置く企業は、外国にある関連企業が人権侵害や環境被害を犯した場合、民事責任を負うことになる。これは損害が生じた場合、企業は責任を負い、損害賠償を支払うべきだという考えに基づく。

下院の対案

スイス政府は、対案を出すことなく同イニシアチブに反対するよう議会に求めたが、下院(国民議会)は18年6月に対案を採択。該当範囲こそ限られているものの、イニシアチブの要求をほぼカバーする内容だった。この対案はその後、法的問題を扱う上院の諮問委員会に送られた。

協議の結果、対案を一部修正した案が作成された。この修正案外部リンクで特に重要なのは、権限の分担を明らかにする「補完性原理」が盛り込まれた点だ。それによると、スイスの多国籍企業は、外国にある子会社の在籍国で訴訟を行うことが非常に困難であると証明できた場合にのみ責任を負うことになる。

だがこの条項も経済団体から支持を得るには不十分だった。その一方で「責任ある企業イニシアチブ」の発起人らも修正案には不満を示し、補足性原理が導入された場合、イニシアチブを撤回しない旨を表明した。

悪用のリスク

この論争は法的に見ても非常に複雑な問題だ。特に賠償責任問題をめぐり意見が大きく分かれている。チューリヒ大学の教授(私法/経済法)も務めるスイス・ホールディングスのカール・ホーフシュテッター代表は、このイニシアチブは「広義すぎて曖昧」なため、具体的な責任の追及は難しいと言う。また、下院の対案も同じく線引きが不十分だ。

さらに「責任ある企業イニシアチブ」と下院の対案は両方とも、経済関係を持つ第三者の違法行為に対して企業が責任を負う仕組みだが、これは「悪用されるリスク」が非常に大きいと同氏は指摘する。

「イニシアチブと対案は悪用されるリスクが大きい」 スイス・ホールディングス代表、カール・ホーフシュテッター氏

「もっとも、いかなる経済活動も法的に責任を追及するのは無理、というわけではない」とホーフシュテッター氏は言う。スイス企業の子会社は、まず事業を行っている国で責任を問われるべきだ。「重篤なケースの場合、子会社の違反行為に対してスイスの会社が責任を負うようにするのは、現存の法律でも可能だ」

そのため、スイスは「無意味な責任」を導入する代わりに、人権と環境保護のために取った措置について報告するよう企業に義務付けるべきだと氏は言う。「その方がむしろ国際的な流れに沿っている」(ホーフシュテッター氏)

国際基準

では、反対派はどう考えているのだろう?フライブルク大学と米ワシントンのジョージタウン大学で私法教授を務めるフランツ・ヴェロ氏は、理論的には外国の子会社が行った違反行為について、親会社に責任を取らせることは現時点でも可能だという点に関しては、ホーフシュテッター氏と同じ意見だと言う。しかし、現在進行中の議論に関しては全く意見が異なる。「スイスは他のOECD諸国と同じ国際基準を採択している。今はこれらの基準を効果的かつ運用可能なものにする段階だ」

「企業が事前に十分な注意を払っていれば、責任問題は取り立てて言うほどの問題ではない」 フランツ・ヴェロ法学教授

ヴェロ氏に言わせれば、国際的な比較ではイニシアチブも対案もこれといって目新しい内容ではなく、一般的な傾向に準じているに過ぎない。「外国の事業が原因で生じた損害について親会社に責任を取らせる手段は、現在でも欧州諸国の大半に存在する。親会社の責任を判例で認めるか法律で定めるかは、あまり大差がない。法律は単に事実関係をより明確にするだけだ」

ヴェロ氏はまた、スイスで議論されている基準は決して極端ではなく、スイスの義務権に規定される「事業主の責任」(第55条外部リンク)に起因すると考える。この条項には責任を免除される条件も含まれている。すなわち、損害の回避に必要な注意を払っていたと証明できれば、会社は責任を免れることができるのだ。「企業が事前に十分な注意を払っていれば、責任問題は取り立てて言うほどの問題ではない」とヴェロ氏は結論付けた。

(独語からの翻訳・シュミット一恵)

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