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復活の春

隣家の庭に咲く桜。毎年、故郷を思わせる咲きっぷりに心潤わせていたが、どんな理由なのか、ある日、気がついてみるとばっさりと切られていた。もうこの桜を愛でることができなくて淋しく思う。 swissinfo.ch

「冬来たりなば春遠からじ」はイギリスの詩人シェリーの詩「西風に寄せる歌」の一節で、日本ではよく諺として用いられるが、「厳しい冬がくれば、春はすぐやって来る、人生の厳しさもいつまでも続くわけではなく、希望に満ちた未来がすぐ後ろに控えている。」と解釈される。ところで、この諺はスイスの気候には果たして当てはまるのだろうか。ちなみにシェリーは1814年と1816年にスイスを訪れているが、記録によるといずれも春から秋にかけて、つまり本物の冬を体験せずに去っている。

 2012年は、平地でさえも最低気温マイナス25度という記録的な厳寒と大雪に見舞われたスイス。耳がちぎれそうなほどの冷たく張り詰めた空気に触れるたび、「冬来たりなば……」を唱えたくなった。穏やかな秋があまりにも長く続いたため、その後、ヨーロッパを襲った、シベリア並みかと思われる気候に心身がすんなり順応できなかったのは私だけではあるまい。しかし、三月に入ると順調に暖かくなり、最高気温は20度前後にまで上がった。もちろん雪はすっかり溶け、山々には徐々に緑が甦り、野には小さく素朴な花々が可憐な顔をのぞかせている。やはり流浪の大詩人シェリーの言葉は嘘ではなかった!と感心している今日この頃である。

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 移動祝日なので年毎に日程は違うが、春は復活祭(英語でイースター = Easter、フランス語ではパーック = Pâques)の季節。キリスト教国ではクリスマスと並んで一大行事である。復活祭は、十字架上で息絶えたイエスが救世主キリストとして復活したことを祝う伝統行事。今日では日常生活と信仰が切り離されつつあるが、それでもキリスト教から由来する様々な習慣がヨーロッパの土壌に深く深く根付いている。信仰に関係なく享受できる祝日は、冬の寒さに飽き飽きした子供や大人が毎年楽しみに待っている。聖金曜日、そしてそれに続く日曜と月曜。商店は土曜日は開いているが、ほとんどの会社は四連休を取り、これに有給休暇をくっつけ、子供の学校休暇(この祝日を挟んで二週間ほど)と合わせて春スキーや山歩き、海外旅行などに出かける家庭が多い。

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 復活祭に関した習慣について少し述べてみる。学校や家庭では茹で卵の殻を色鮮やかに彩ったり、殻の上に絵を描いたりする。その卵や卵形をしたチョコレートを庭や屋内に隠して子供達が探し出すゲームもよく行われる。我が家でも、子供が小さい頃は親戚の子供達と一緒になって卵探し(我が家ではチョコレートの詰め合わせ探し)に夢中になったものだ。卵は、鳥のヒナが卵から生まれることをイエス・キリストが墓から出て復活したことに結びつけたもの、同時に、長い冬の終焉と共に草木に再び生命が甦る喜びを象徴したものである。また、季節商品としてウサギ型のチョコレートも早ければ二月末頃から商店にお目見えし、飛ぶように売れる。多産かつ俊敏に跳ねる動物、ウサギは、躍動感溢れる生命の象徴なのである。

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 普段は教会に通っていなくても、クリスマスと復活祭だけはミサに出席するというカトリック信者も多い。復活祭に関する特別ミサは木曜日から始まり、聖書に書かれた物語をなぞって進行する。近所の教会で実際に体験した、特別ミサの様子をかいつまんでご紹介する。まず木曜日は希望者を募って椅子に座らせ、神父と助祭がひざまずいて彼らの足を洗う。聖書ではイエスが弟子達の足を洗うシーンがある。翌金曜はイエスが処刑された日ということで、オルガン演奏や聖歌隊の合唱もなく、ひたすら重苦しく陰気なミサである。神父が床に身を投げ、しばらくうつ伏せの状態でイエスの死を嘆く。最初にこの光景を見た時は、さすがにびっくりした。熱心な信者の家庭では、現在でもこの日は肉を食べないという習慣がある。(ここでは詳しく触れないが、伝統的には四旬節=聖土曜日の46日前の水曜日から復活祭前日までの期間、断食をし、肉や卵、乳製品などの摂取が禁じられていた)聖土曜日は復活前夜。普段は一時間そこそこで終わるミサは、この日だけ二時間を超える。洗礼や堅信の儀式が合わせて行われると、時間はさらに延長される。最初は金曜のミサ同様に静かで厳かな雰囲気、そしてキリスト復活の合図で、途端に教会内には多くの灯りがともり、音楽も華やかさを増す。残念ながら、日曜のミサには参加したことがないので内容を書くことができない。この日は夫方の家族が集まり、昼食会があるからだ。子供達が宝探しに熱中するのはこの日。雨さえ降らなければ、子供達は近所の野原を、それこそうさぎのように駆け回って誰が一番早くチョコレートを発見できるか、競う。

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復活祭休暇の過ごし方は各家庭様々であると思うが、いずれにしても、春の到来、春の復活を祝う喜びで心満たされていることには間違いない。

マルキ明子

大阪生まれ。イギリス語学留学を経て1993年よりスイス・ジュラ州ポラントリュイ市に在住。スイス人の夫と二人の娘の、四人家族。ポラントリュイガイド協会所属。2003年以降、「ラ・ヴィ・アン・ローズ」など、ジュラを舞台にした小説三作を発表し、執筆活動を始める。趣味は読書、音楽鑑賞。

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SWI swissinfo.ch スイス公共放送協会の国際部

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