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科学を生き生きと伝える映画制作 「ハッカソン」イベントで

イベント第1日目で討論する参加者4人
ブレーンストーミング:参加者たちは科学的テーマから物語を作る方法を考える Eleonora Aquilini/Exposure Science Film Hackathon

発案からわずか3日で映画を完成させるというユニークな「ハッカソン」スタイルのイベント「エクスポージャー・サイエンスフィルム・ハッカソン」。参加者らは、娯楽と教育効果を併せ持った短編映画で科学的な情報発信の新しい境地を開こうと意気込む。

最近テレビで見た科学番組あるいは科学映画を思い出して欲しい。それは、科学情報の紹介に徹するか、エンタメ主体のどちらかではなかっただろうか。

確かに、娯楽、事実、アートの全てが同時に交わることはめったに無い。しかし、それの実現こそが、エクスポージャー・サイエンスフィルム・ハッカソン外部リンク(以下エクスポージャー)に参加する人々の目指すところだ。

年に1度開かれる同イベントは、2018年11月にローザンヌで第3回目が開催された。科学者やアーティストら約40人が集まり、複数のチームに分かれ、3日間で短編映画10本を制作した。映画で取り上げられた科学的テーマはサーチエンジン外部リンクから免疫系外部リンクまで幅広い。

イベント初日でブレインストーミングをする参加者4人の後ろ姿
エクポージャー・サイエンスフィルム・ハッカソン初日。科学者やアーティストがアイデアを持ち寄る Eleonora Aquilini/Exposure Science Film Hackathon

映画作家としてエクスポージャーを共同主催するエンリコ・ミラネーゼさんは、スイスインフォの取材に対し、「我々の考える科学映画は単なるドキュメンタリー映画ではない。講義を受けているような気分にさせず、またエンタメ感がある、そんな絶妙なポイント(スイートスポット)を見つけたいのだ」と語った。ミラネーゼさんは現在、連邦工科大学ローザンヌ校(EPFL)計算固体力学実験室の博士課程に在籍中だ。

同じく共同主催者でありローザンヌ大学で社会システム生物学を研究するアドリア・ルブーフさんも、「我々の目的は二つ。美しく、かつ科学的に正しい映画を作ること、そして科学者たちをより優れた科学の伝道師に育てることだ」と付け加える。

エンリコさんチーム制作の「愛と創発特性」がテーマの映画。エクスポージャー・サイエンスフィルム・ハッカソン2016年の観客投票で合同最優秀作品賞を受賞した。

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短期集中型の創造的作業

ここ数年、パリ・サイエンス国際科学映画祭外部リンクイマジン科学映画祭外部リンクといった科学系映画イベントの人気が高まっている。しかし、エクスポージャーの主催者らは、映画は科学的な情報発信のツールとして教育・娯楽面で極めて効果的でありながら、今なお活用例に乏しく過小評価されていると主張する。

「映画は消費量が多くアクセスもしやすい。科学を一般大衆にPRする手段としては最も効率的だろう。人々は娯楽番組ならば何時間も観ている。それならば、面白くてビジュアルも美しく、科学的に正しい映画が受け入れられる余地もあるはずだ」。こう話すのは、ローザンヌ大学の博士課程でミツバチのコミュニケーションを研究しているロビー・イアンソン・プライスさん。エクスポージャーではプロジェクトマネージャーとして働く。

同イベントはハッカソンと呼ばれる形態を下敷きにしている。これはもともとコンピュータープログラミング分野で始まったイベントで、参加者はチームを作り短期集中型で問題解決やソフトウェア開発に取り組む。エクスポージャーでは完成した映画はイベント開催地の映画館外部リンクで上映され、専門家と観客による優秀作品投票もあるが、参加者の主眼はあくまで楽しむことと、学ぶことだ。

「アカデミックな手法では説明しきれないテーマをクリエイティブな方向から娯楽映画という形でシェアするというアイデアが気に入っている」と、EPFLの幹細胞バイオ工学博士課程に在籍するジースー・パクさんは話す。また同じくEPFLのバイオテクノロジー/バイオ工学の博士課程で超解像顕微鏡法を研究するヴィタウタス・ナヴィカスさんは、「科学を伝えるという点についてもっと経験を積みたい」と言う。

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物語の持つ力

ところで、ドキュメンタリー映画と科学映画の違いは何だろう。その答えはシンプルだ。科学映画にはストーリーがある。

「このイベントで映画は全て物語として作られる。誰かが説明役を演じるのではなく、一つひとつの作品でストーリーが紡がれる」とイアンソン・プライスさんは説明する。

18年のイベントでは、初日に、科学者やアーティスト、そしてその二つを兼業する参加者たちが4人ずつのグループに分かれ、初対面のメンバー同士で映画の筋書きを決めた。

ローザンヌ大学で植物学博士課程を履修中のアマンディーヌ・マッソンさんは、「以前からなんとなく映画に興味があり、自分が本当に伝えたいのは科学だと感じていた。この二つが自然に結びついた」と話す。

彼女にとって、科学映画が持つ教育的な側面と娯楽的な側面はどちらも同じくらい大切だ。「この二つを切り離すことはできない。面白くなければ誰も聞いてくれないし、逆にみんなが聞こうとしているのにメッセージが伝わらないとしたら、それも残念だ」

ヴィタウタスさん、ジースーさん、アマンディーヌさん、アレクサンドル・ピノーさんのチームによる個別化医療を題材とした映画。2018年12月5日の上映会で観客投票により最優秀賞を受賞。

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参加者らは、脚本、絵コンテ、撮影といったチーム作業に入るに先立ち、科学的コンセプトやデータをたたき台として新鮮味のあるストーリーを生み出す方法について、複数の専門家による講義を受けた。

専門家の1人、写真家のプラセンジェート・ヤーダブさんは、分子生態学者出身。ナショナルジオグラフィック協会所属の探検家でもある。講義では、インド西ガーツ山脈の減少しつつある貴重な生物多様性について記録映画外部リンクを撮影した経験について話すと共に、資金提供者や政府当局または一般層に対して科学調査をPRする時、データや報告書だけでは反応がない場合も映画やフォトストーリーにすれば効果大だという体験談も披露した。

「今の世界では科学を伝えることはその実践と同じくらい大事だ」(ヤーダブさん)

イベント2日目で撮影するあるチームのようす
ハッカソンの第2、第3日目は撮影と編集に費やされた Eleonora Aquilini/Exposure Science Film Hackathon

イベント主催者らによると、ストーリーというツールには非常に説得力があるため、うまく使えば生物多様性よりさらに複雑で学問的な科学トピックスでさえ面白い映画に仕立てられるという。

「関心を引く仕掛けを考えなければならない」とルブーフさん。「例えば抗生物質耐性外部リンクといったトピックスならば自分たちの健康に関わるので関心が高い。しかし分子物理学を扱おうとするならば、関心を持たれるための方法を考える必要が出てくる。仕掛けとして、好奇心に訴えるのがいいのか当該トピックスを個人の暮らしとの関わりで見せるのがいいのか、それはケースバイケースだ」

2017年のエクスポージャーで制作された映像。この短編映画は核融合のような複雑なコンセプトですら生き生きと伝えられるという一例となった。専門家投票で合同最優秀賞を受賞。 

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イアンソン・プライスさんは、フェイクニュースが広がる現代において、映画が語る物語は、幅広い層に正しい情報を伝える強力なツールだと付け加える。

「今、映画は人々に何かを伝えるための最も強力なツールだ。そこを押さえた上で物語や仕掛けを使うことができれば、それは当面、誤った情報に対する最強の武器になるだろう」(プライスさん)

(英語からの翻訳・フュレマン直美)

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