スイスの視点を10言語で

杉本博司の概念

作品の質を一番に考えるという杉本博司氏が、一つ一つの作品を丁寧に説明していく Keystone

動物の剥製 ( はくせい ) や蝋 ( ろう ) 人形を被写体にしながら、独特の雰囲気を作り出す写真家、杉本博司氏の個展が10月25日からルツェルンのクンストムゼウム ( Kunstmuseum Luzern )で開催中だ。

ドイツ、オーストリアを巡回した「杉本博司・回顧 ( Hiroshi Sugimoto. Retrospektive ) 」の最終地であるルツェルンの会場はジャン・ヌーヴェルが設計したKKL内にある。館長のペーター・フィッシャー氏は「このような中規模な美術館に写真の大家、杉本氏を呼べたことは名誉」と語った。

限りなくフェイクに近い本物

 展覧会場に入った途端、目に飛び込んでくるのは、空と海が水平線で上下に均等に2等分された「海景」( 1980~2003年 ) シリーズだ。世界各国の海をそれぞれ異なった季節や時間、天候の下で撮影した。水平線の高さを統一して撮影された海には、船もなければ港が見えるわけでもない。観る者に、太平洋も大西洋もインド洋も、海は結局1つであることを思い出させてくれ、ここが生命の原点であるというメッセージを与えてくれる。

 次の間に展示されているのは、ヘンリー8世と7人の妻。かつてロンドンにあった「マダム・タッソー蝋人形館」で蝋人形となった昭和天皇やダイアナ妃など75体を撮った「ポートレート」( 1999年 ) シリーズのメンバーだ。16世紀の画家、ハンス・ホルバインの「ヘンリー8世の肖像」の光を研究し、時間を掛けて丁寧に撮りおろしたことが観る側にも伝わる。背景はいずれも黒く、蝋人形の肌の下には温かい血が流れているようでもあり「役者にやらせた ?」「いや本物の王様を撮ったのかも・・・」と一瞬思わせるのだが、やはり「フェイク」とらしいぞと気づく。

 「フェイクを撮り続けたら本物になってしまった」と笑いながら言う杉本氏は
「( 蝋人形という ) 死んでいるものを生きていると思えるのなら、生きているということは何なのかと思えるのではないでしょうか。日常、何でもないと思っていたものが、疑問にさらされるということは必要だと思うのです」
 と説明する。

 そのほか、ニューヨークの「アメリカ自然史博物館」に展示されている剥製の白熊、鯨、アフリカの動物たち、原始人の人形などを撮った「ジオラマ」 ( 1975~1999年 ) 、アメリカの廃れゆく映画館をスクリーンを真ん中に置いて撮った「劇場」( 1975~2001年 ) 、ピンボケで撮った「建築」( 1997~2002年 ) 、写真技術の原点に戻った「ライトニング・フィールズ」( 2006年から ) など、約60枚が展示されている。

質を第1に重視する

 杉本氏は自作の展示の仕方にもこだわりがある。今回も巡回展示すべての会場に出向き、自らの手でディスプレーした。
「現代建築家の作った会場では、『こんな空間を使いこなしてみろ』っていう建築家のエゴとの戦いです。美術館の建築家が有名になればなるほど、使い勝手は悪くなるのです」
 クンストムゼウムの内装はジャン・ヌーヴェルが手がけているわけではない。よって「やりやすかった」。しかし、杉本氏は「なるべく自分の人生を難しくしようと思っている」ので必ずしも歓迎したわけではなさそうだ。

 杉本氏は作品の質を第1に重視する姿勢を貫き、写真技術の原点となる大型カメラでモノクロ写真を撮ることにこだわる。実際、杉本氏の技術は、今はほとんど誰も使わない。
「人間国宝のような、伝統技術の保持者みたいなものです。デジタルでも似たようなものは作れるのですが、銀塩写真というのは銀ですからね。宝石なのです。絵に描いたもちと本物のもちくらいの違いがあるわけです」

 一方で2004年には、「カラーの影」シリーズでカラー写真も発表した。木製のカメラだけではなく、コンピューターも使えるという杉本氏の挑発でもあった。
「だからこそ一番難しい技術を使い、『君たち、こんなの、やってみてみたら?』という感じですよね」
 
 杉本氏はマルセル・デュシャンやヨーコ・オノに代表される、概念や観念を重視する前衛芸術「コンセプチュアル・アート」に影響を受けた。その上で特に、歴史や時間に興味があるという。流れ動く歴史や時を、不動の蝋人形や剥製を通して表現する。「『劇場』シリーズの映画館のスクリーンも『動きすぎて』真っ白であり、動いた部分は無だ。なぜか?」という問いに正解はない。
「いかなる回答でもアクセプト。杉本の作品に関しては、何を言ってもかまわないし、何も間違いではありませんよと言っているのです」

 前衛芸術だからと身構えず、ジオラマの白熊とオットセイの会話を想像しながら、「こんな風景、実際にあるのかしら?」と首をかしげるのも「正しい」ということらしい。 

swissinfo、佐藤夕美 ( さとう ゆうみ ) ルツェルンにて

<ルツェルン・クンストムゼウム (Kunstmuseum Luzern )>
Europaplatz 1
6002 Luzern
電話 +41 41 226 78 00
ファクス +41 41 226 78 01
magi.metry@kunstmuseumluzern.ch

<杉本博司・回顧 ( Hiroshi Sugimoto. Retrospektive )>
2008年10月25日~2009年1月25日
火曜~日曜日 10~17時
水曜日は10~20時まで
入場料 大人12フラン、子ども10フラン
無料の展示説明 毎週水曜日18時から、毎週日曜日11時から
グループでの説明を希望する場合は、事前に申し込みが必要

1948年 東京生まれ
立教大学経済学部卒業後、1970年にロサンゼルス・デザインアート・センター・カレッジで写真を学ぶ。ミニマムアート、コンセプチュルアートの影響を受けた。
1974年からニューヨークに移り、現在はニューヨークと東京で写真を通して現代美術の活動を続ける。
代表作
「ジオラマ」、「ポートレート」、「海景」、「建築」、「コンセプチュアル・フォームズ」など多数。スイスではこれまでにもバーゼルやチューリヒで作品が展示された。 ( オフィシャルサイトおよびカタログ「HIROSHI SUGIMOTO」参照 )

swissinfo.chの記者との意見交換は、こちらからアクセスしてください。

他のトピックを議論したい、あるいは記事の誤記に関しては、japanese@swissinfo.ch までご連絡ください。

SWI swissinfo.ch スイス公共放送協会の国際部

SWI swissinfo.ch スイス公共放送協会の国際部