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気になるスイスの郷土菓子~ブリスレ(BRICELETS)

ヴォー州モントルー恒例のクリスマス・マーケット。開催期間中、42万人ほどの人が訪れる swissinfo.ch

スイスでは、アドヴェント(イエス・キリストの生誕を祝うクリスマスに向けての準備期間で、クリスマスの前の4週間のこと)に入るとクリスマス用品を販売する市(いち)が各地で開催されます。このクリスマス・マーケットはヨーロッパの冬の風物詩でもあり、その歴史は14世紀に遡るとされています。その頃は厳しい冬の訪れを前に日用品を売ったり買ったりする“最後の機会”という生活に密着したものだったようです。今日のようにクリスマス用の飾り、手工芸品やお菓子がたくさん並ぶクリスマス・マーケットになったのは19世紀に入ってからでした。

 スイス南西に位置するヴォー州(Vaud)で有名なクリスマス・マーケットと言えば、なんと言ってもモントルー(Montreux)のマルシェ・ド・ノエルでしょう。2013年第19回を迎えたこのクリスマス・マーケットは、11月22日から12月24日までの33日間にわたり開催されます。150軒ほどの山小屋風の店が大通りや湖畔沿いに並ぶと、モントルーの町は気温が低く寒くても、クリスマスならではの暖かい雰囲気に包まれます。身体を温めるのにぴったりの飲み物、ホット・ワインを片手にお店を巡ります。

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 モントルーのクリスマス・マーケットでは、シュトーレンやレープクーヘンといったクリスマスのお菓子の他に、メレンゲやキャラメルといったスイスならではの郷土菓子も、ギフト用にきれいに包装されて屋台に並んでいます。今回ご紹介する郷土菓子ブリスレを探してみましたが、残念ながら見つかりません。ブリスレは、ヴォー州(Vaud)、フリブール州(Fribourg)、ヌーシャテル州(Nuchatel)、ベルン州(Bern)の名産菓子で、ヴォー州では「ブリスレのようにもろい、、、」という表現があるくらいパリパリッとした食感が大切な焼き菓子です。

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 スイスにおけるブリスレの歴史は長く、1552年にはすでにフリブール州で生産されていたことが証明されています。ブリスレを作る際に欠かせないのが鉄製の焼き型で、この型に生地を流し込んで焼きます。時代とともに変遷したブリスレの焼き型。16世紀に使われていたのは直火や炭火でブリスレを焼いたため持ち手が長く作られたタイプ、18世紀は薪オーブン(かまど)用に本のように開閉するタイプ、そして1920年代になると電気式ブリスレメーカーが登場します。昔の焼き型にはウィリアム・テル、エーデルヴァイス、ゲンチアナ、シオン城、ルツェルンの嘆きのライオンなど、スイスを代表するデザインが刻まれていましたが、現在市販されている電気式のブリスレメーカーの鉄板のデザインは、スイス国旗や花模様などシンプルなものがほとんどです。

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 ブリスレの作り方はそれぞれの地域や家庭によってちがいはあるものの、基本的には18世紀からのレシピが現在も使われています。材料は小麦粉、砂糖、クリーム又はダブル・クリーム、キルシュ(サクランボの蒸留酒)、水、そして塩です。最近、ラードはあまり使われなくなりました。塩味のブリスレは砂糖抜きの生地で作ります。素朴な塩味のブリスレの他に胡麻味、けしの実味、クミン味、チーズ味、とヴァリエーションが楽しめます。ヴォー州では塩味のブリスレは、アペリティフの冷やした白ワインのおつまみとして振る舞われます。

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 2013年5月16日付スイスインフォのブログ記事でチャーリー・チャップリンの思い出話を語ってくれたエリザベス・ギブス夫人(Elizabeth Gibbs)がブリスレを焼いてくれました。エリザベスさんは「私のレシピはもちろんヴォードワ(ヴォー州のもの)よ」と自信を持って言います。彼女のレシピは典型的なブリスレの材料にレモンの皮とコンデンスミルクを加えるのが特徴です。生地は前日に作り冷蔵庫で寝かせておきます。電気式ブリスレメーカー、生地、タイマー、手袋、ナイフ、まな板や巻き棒などがテーブルの上にセットされ準備万端です。

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 温めた焼き型の中央にブリスレ生地を落してから、やさしく生地をプレスします。エリザベスさんはこの際、素早くタイマーをセットして焼き時間を計ります。焼き時間は焼く方法や機械によって異なりますが、ブリスレの質を決める大切な鍵です。部屋中にブリスレの焼ける良い匂いがたちこめてきました。タイマーが鳴り、黄金色に焼けたブリスレを取り出し、まな板の上に置きます。ここまでがエリザベスさんの仕事です。彼女はこの作業を生地が無くなるまで繰り返します。

 焼きたてのブリスレを暖かいうちにロール状に巻いたり、扇型に切ったりする仕事はご主人のフィリップさん(Phillip Gibbs)が担当します。一見、簡単で単調な作業に見えますが、きれいに焼けたブリスレを葉巻状にクルクル巻くには慣れとコツが必要です。好みによってはロールの中心にチョコレートを入れて巻くこともあります。フィリップさんは自作の巻き棒でブリスレを巻き上げます。職人技と言えるかもしれません。出来上がったブリスレは完全にさまし、缶に入れて保管しておくと長期保存ができます。

  お二人は時間をかけて根気よくブリスレを作ります。ブリスレ作りに必要なのは技術だけでなく忍耐だと感じました。パリッとした口あたりで上質なスイスのクリームの風味がする自家製のブリスレは、スーパーなどで売っている大量生産の商品とは比べ物になりません。

 毎年12月になると、スイスではブリスレを焼きながら午後を過ごす婦人たちがたくさんいると聞きます。手作りのブリスレは、度々、クリスマスの贈り物として母から子へ、祖母から孫へと贈られる心温まる郷土菓子です。また、クリスマスに家族が集って食事をした後のデザートの一品として、コーヒーやアイスクリームと一緒に食べたりと誰もが楽しめるクリスマスの季節に欠かせないお菓子でもあります。スイスでマーケットや手作り菓子を販売する店に立ち寄る機会があれば、郷土菓子「ブリスレ」を探してみては如何でしょうか。

小西なづな

1996年よりイギリス人、アイリス・ブレザー(Iris Blaser)師のもとで絵付けを学ぶ。個展を目標に作品創りに励んでいる。レザンで偶然販売した肉まん・野菜まんが好評で、機会ある毎にマルシェに出店。収益の多くはネパールやインド、カシミア地方の恵まれない環境にある子供たちのために寄付している。家族は夫、1女1男。スイス滞在16年。

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SWI swissinfo.ch スイス公共放送協会の国際部

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