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強硬な難民政策をめぐり、のどかな村が混乱

一見のどかな風景の自治体オーベルヴィール・リエーリだが、難民政策をめぐって大きく意見が二分している Ester Unterfinger/swissinfo.ch

昨年11月27日、チューリヒ近郊の自治体オーベルヴィール・リエーリで、歴史的な住民集会があった。難民申請者の受け入れを拒否する村議会の計画をめぐり、反対する住民グループが投票で過半数を獲得、計画を白紙に戻した。直接民主制を生かし、市民が積極的に政治参加するスイスならではの出来事だ。

    チューリヒ近郊のこの村には2200人が住む。今年1月のある月曜日、チューリヒ中心部からバスで村を訪れた。あたりは暖かな日差しに包まれ、比較的静かだ。メインストリートを行きかう車は少なく、あちこちに歩行者の姿がある。建設機械のクレーンのエンジン音も聞こえる。絶え間ないカラスの鳴き声が真昼の静寂を破る。

    村は昨年、アールガウ州の難民受け入れ政策に反し、難民申請者に住居を提供しない代わりに、2016年の予算から違反金29万フラン(約3300万円)を拠出する計画を策定していた。

    このオーベルヴィール・リエーリの「難民お断り」計画をめぐる騒動は、自治体レベルの問題に過ぎなかった。だが、欧州各国がシリアなどからの難民受け入れに追われる中、真逆の方針を打ち出したためメディアの関心を集めた。

    そして同年9月には、アンドレアス・グラルナー村長(54)が、ドイツの公共放送テレビ局のインタビューに出演。「幼子2人を連れた母親が、欧州で難民申請を望んでいるとする。あなたはどんなアドバイスをするか」と記者に問われ、「母国に帰るべきだ。難民は福祉の受給者になる。この先ずっと、我々のお荷物になる」と率直に語った。インタビューは放送後に波紋を呼んだ。

    チューリヒから西へ約15キロ離れた同村の出身で、言語学専攻の大学生ヨハンナ・ギュンデルさん(25)は、このインタビューを見て、住民約50人でつくる協議会に参加し、村長への反対運動に乗り出した。抗議集会を開いて演説し、11月の住民集会でも意見を述べるなど、反対運動を主導した。

 最大のヤマ場がこの住民集会だった。計画の是非をめぐる投票が行われ、撤回を求める意見が176票に上り、賛成の149票を上回った。これにより、村は州の方針通り一定数の難民申請者を受け入れ、住宅を提供することに決まった。1人の女子学生が引き起こした番狂わせは、様々な方面に反応を引き起こした。

住民投票、訴訟

    集会の数日後、ギュンデルさんたちとは別のグループが、集会での投票結果を住民投票に付すよう求める署名を集め始めた。同時に、このグループに関わる1人の住民男性が、集会での投票は正式な手続きに乗っ取っておらず無効だとして提訴し、集会のやり直しを求めた。

    集会後、クリスマスが近づくにつれ、メディアの注目はますます高まった。村の難民政策を支持する側と反対する側の間で、非難が応酬する展開に発展した。「村は真っ二つに分かれている。そう言わざるを得ない」と、ギュンデルさんは話す。

    住民集会の結果を過大評価するつもりはない。村が、他の自治体と歩調を合わせた難民政策をしてほしいとギュンデルさんは願う。

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難民政策をめぐり意見が対立する村

このコンテンツが公開されたのは、 チューリヒ近郊の自治体オーベルヴィール・リエーリ。人口は約2200人。この村で、ある住民グループが、村議会の打ち出した難民政策に対して反対の声を上げた。 (写真・Ester Unterfinger、swissinfo.ch)

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強硬な反移民政策

    ベテラン地方政治家で保守的な政治信条を持つグラルナー氏は、支援者の間では大きな支持を得ているとも話す。同氏はまた、昨年10月の連邦議会総選挙で右派国民党から出馬。厳しい移民政策を訴え、連邦議会議員に当選した。

    グラルナー氏は、メディアがオーベルヴィール・リエーリを「真っ二つに分断された村」と呼ぶことを批判する。「取り立てて騒ぐようなことじゃない。ほかの自治体と同様、我が村にだって、違った政治的意見を持つ人たちが共存している。それが普段は目に見えないだけだ」。グラルナー氏は、車いすや歩行器などを販売する会社の経営者でもある。

    村長として、また5人で構成される村議会の一員として、同氏は今回の騒動を仲裁する気はないと言う。

    「私は難民申請者の受け入れに反対だし、その政策例を作りたい。難民申請者を受け入れても何にもならない。自治体が受け入れることで難民申請者が間違った希望を抱き、さらなる流入増につながりかねない」

    人身売買を行うブローカーの資金源にもなるほか、いったん受け入れてしまえば、母国に送還しにくくなる、とグラルナー氏は主張する。

    グラルナー氏は、アールガウ州内で、100以上の自治体が難民申請者を受け入れていないと主張する。一方、州の担当者はこの数値を否定。州内には計213の自治体があるが、約70の自治体が昨年、収容可能施設の不足などにより、受け入れ人員の割り当て分を満たせなかっただけだと説明した。

難民に関する規定修正案、国民投票へ

難民に関する連邦法修正案が、6月5日の国民投票にかけられる。

難民センターの設置及び難民申請者に無料の法的支援を提供する内容で、昨年の連邦議会で可決された。これに対し右派の国民党が国民投票を求め、必要な署名数を集めた。

直接民主制

    市民集会の翌28日、日曜紙ゾンタークのパトリック・ミュラー編集長は「民主制にとって栄光の瞬間」と評した。

    グラルナー氏もこれには同意見だ。「これがスイス流の民主主義だ。最終決定権は市民にある。市民の過半数が難民申請者へ住居を提供すると決めたのなら、村議会は従うし、いかなる結果も尊重する」

プロパガンダ

 だが、その直接民主制に対するギュンデルさんの見解はもっと複雑だ。

    「住民集会や地方、国政での投票など、市民があらゆるレベルで政治に発言できるのはもちろん、いいことだけれど…」

    ギュンデルさんが懸念するのは、直接民主制が特定の利益団体によって政治利用されるリスクだ。政党の宣伝目的で、憲法に反する内容のイニシアチブ(国民発議)が出されるなど、本来の目的と違った形で使われることがあるためだ。

    また、一般市民が意見形成に必要な時間を割くかどうかという点も疑問視する。政治の世界では「スピンドクター」と呼ばれる人物によって特定の政党に有利になるよう情報操作が行われており、その影響なしに市民が確かな情報を得ることは難しいという。

    「オーベルヴィール・リエーリの出来事は、その最たる例だ」とギュンデルさんは指摘する。投票結果を無効とする訴訟や住民集会の決定に対する住民投票、役所の規制などを挙げて「直接民主制の理念と反する」と訴える。

    住民集会の決定に対する住民投票は2月末に予定されていたが、延期になった。村議会は、投票用紙の準備と住民への周知に十分な時間がとれなかったとしている。

    ギュンデルさんは、延期に唇をかむ。「法的な状況はいまだ不透明なままで、こうしている間も難民申請者は待つことしかできない」

(英語からの翻訳・宇田薫 編集・スイスインフォ)

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