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スイス版「税と社会保障の一体改革」

連邦議会で演説するウエリ・マウラー財務相
ウエリ・マウラー財務相は、連邦議員に妥協を呼びかけた © KEYSTONE / ALESSANDRO DELLA VALLE

スイス連邦議会は17日、法人税改革と年金制度改正を組み合わせた政府提出法案を承認した。2019年に国民投票にかけられる見込みだ。

 議論は出尽くした。連邦議会は「税制改革17」の審議を終え、老齢・遺族年金(AHV)改革と一体化することを承認。全州議会(上院)が17日、最後に残った論点を審議・承認した。28日には上下両院が正式に採決する予定だ。

税制改革17の論点は?

 法人税改革は政府の最重要テーマだ。税制改革17は、昨年2月12日の国民投票で反対票6割で否決された法人税改革案を練り直したもの。目的は同じで、外国企業向けの特別な減税策の撤廃を求める国際圧力に対応しつつ、比較的低い法人税でスイスの魅力を保つことだ。このため税制改革17は、前案に盛り込まれた内容を引き継ぎつつ、より国民に受け入れられやすくした。例えば知的財産権の所得や研究開発などへの減税策は維持し、その分を株式への配当課税で埋め合わせする。

なぜ早急に改革が必要なのか?

 連邦政府は18年末までに国際水準に則った法人税制を導入するよう求められている。経済協力開発機構(OECD)は、特に外国企業に対する税制特権の廃止を迫る。

税制改革・AHV改革のイメージ図
swissinfo.ch

 昨年12月、欧州連合(EU)は新基準を遵守するために必要な措置を講じていない国のリストにスイスを掲げた。早急に法改正をしなければ、スイスは来年にもEUの「非協力的な国」のブラックリストに加えられる可能性がある。

 加えて国家間の法人税引き下げ競争が激しくなっている。フランスや米国、英国、オランダなどがこぞって大胆な所得税改革を実行した。スイスも企業を国内に引き留め・流入させるための対策を講じなければならない。

税制改革17で新しく盛り込まれた内容は?

上下両院は今回、税制改革を社会保険で埋め合わせることを決めた。法人税収が20億フラン減る分、老齢・遺族年金(AHV)予算を増やす案だ。これにより、保険者(雇用主)と被保険者(労働者)の納める保険料はそれぞれ0.15%上がる。連邦政府が拠出する国庫負担にも税制改正の影響は及び、右肩上がりになっていく。

なぜ法人税とAHVが一体化したのか?

 税制改革17で法人税を引き下げると、税収は20億フラン減る。連邦内閣(政府)は左派政党や労働組合が国民投票を要求し、反対キャンペーンを繰り広げると案じている。反対論を鎮めるため、政府は社会的な埋め合わせを盛り込もうとした。

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 当初は、税制改革17を家族手当の引き上げと結びつけることを提案した。これに対して上院は6月、より良い妥協を得るためもう一つの提案を出した。法人税引き下げで浮いた企業のお金をAHVの財源に充てる案だ。この案は12日に上院で可決された。

 ただ極右政党の国民党や、緑の党、自由緑の党が反対に回った。これらの政党は法人税とAHVを切り分けなければ、国民が正しく判断できないと主張した。

リスクはどこにある?

 法人税改革とAHV改革の一体化は多くの法律家を悩ませる。スイスで国民投票にかけられる提案は、「テーマの一体性」という条件を満たさなければならないからだ。異なるテーマや問題を含む場合は、それらがお互いに矛盾をはらむことがないように一つの法案にまとめ、投票にかける必要がある。一つの案件について有権者が一方の問いに賛成し、もう一方に反対するという事態を避けるためだ。

 連邦司法省は、税制改革17とAHVの一体化は「正当化」しうる「ぎりぎりのライン」と見る。司法省は二つのテーマを分けて国民投票にかけることを推奨したが、議会は拒否した。この決定を覆すことはできないが、有権者は失望を投票所で示すことができる。

 最大のリスクは政治的なものだ。政府は税制改革17とAHVがどう結びついているのかを説明し、一体化させた真意を正当化するという難題を背負っている。法人税改革もAHV改革も、17年の国民投票で一度否決されたものだ。この両案が一体となった案件が19年に可決されるだろうか?

 可決に至らない理由は三つある。まず20億フランではAHVの抱える問題は長期的には解決されない。2030年までに年金保険は530億フランに膨らむ。次に、新しいAHV改革案はまだ議会で審議途中だ。そして審議中の法案は、女性の年金受給開始年齢を65歳に引き上げる内容を盛り込んでいる。

また国民投票にかけるのか?

 十中八九かけられる。緑の党青年部が既にレファレンダム(政府提出法案の是非を問う国民投票)を発議する方針を示している。いくつかの労働組合や極右政党もこれに賛同するとみられる。9月28日の秋期議会の閉会時点で各政党・組織がどんな決定を下すかを踏まえなければならないが、早ければ19年5月にも投票が実施されるだろう。

 自治体も政府提案には批判的で、連邦議員に自治体の税収減への補てん策を求めている。下院議員は要求を一部受け入れ、州や自治体が税制改革の影響を和らげるために「適切な補償を受ける」ことを法案に書き込むことを決めた。この決定は上院でも承認され、反対論者を安堵させた。

税制改革17が実現すれば、スイス・EU関係はどうなるか?

 特殊な税優遇策を廃止させるべきとの国際圧力は何年も前から高まっていた。スイスとEUは4年前、廃止させることで合意した。スイス政府が必要な手段を講じたとすぐに証明できれば、スイスは「責務を履行していない国」のグレーリストから削除される。EUはおそらく辛抱強くスイス国民の決定を待たなければならない。EUは、レファレンダムがスイスの意思決定プロセスの一つであることを理解している。税制問題で意味のある前進が実現すれば、スイス・EU関係は緊張がほぐれるかもしれない。

(独語からの翻訳・ムートゥ朋子)

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