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趣味と実益を兼ねて – スイスの田舎のガーデニング事情

美しい花の向こうにはアルプスが見えている swissinfo.ch

 夏にスイスの我が家を訪ねてくる友人たちは、決まって街角でごく普通の家の窓辺を写真に撮る。多くの家庭が鉢植えにしているゼラニウムやペチュニアに眼を奪われるのだ。スイスに来た当初の私も例外ではなかった。窓辺に花を飾るのは義務ではないのだが、実に多くの家庭が花の手入れをしている。時間に余裕のある人は進んで庭仕事をする。色とりどりの花や野菜を植えて、庭で多くの時間を過ごす。今日は我が家の周りのガーデニング事情について書いてみよう。

 スイスに暮らして早十二年。移住してすぐに知り合った隣人たちは、結婚したり子供が出来たりと生活のパターンが変わってきた。そして、一軒家を購入する人たちが口を揃えていう事がある。「機能的なアパートメントも悪くないけれど、ほら、自分の庭を持てる方がいいでしょう」

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 私は東京で生まれ育った。就職した後は帰宅する前に日が暮れてしまったし、土日も出かける用事があり、しっかり庭仕事をすることなどほぼ不可能なスケジュールで暮らしていた。夏の間はとても暑くて、庭に座って何時間も過ごすのは拷問に近いので、植物は好きでもベランダにいくつかの鉢植えを置くだけで満足していた。

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 スイスにも日本でのように遠くへ通勤したり夜遅くまで働いたりする人たちはいるのだが、少なくとも私の暮らす地域では多数派ではない。ここに住む人びとの多くは、仕事が終わるとあまり遅くならないうち帰宅し、それから日が暮れるまでの数時間を家族で過ごす。男性でも女性でも庭仕事をしたり子供を庭で遊ばせたり、あるいは庭に置かれたテーブルで夕食を楽しむのだ。

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 庭のある家庭では、芝刈り機を押すお父さんの姿をよく見かける。スイスでは雑草がぼうぼうと生えているような庭はほとんど見ない。芝刈りをしないのはまるで不道徳的行いであるかのように人びとは定期的に芝を刈る。一人暮らしのお年寄りが自分では芝を刈れないと心を痛めて、隣人に頼んだりすることもある。近隣の農家に頼んで、羊や山羊を放牧させてしまうこともある。これはもちろん柵の中に観賞用の花が植えられていない場合に限って有効な解決策である。さもないと花は真っ先に食べられてしまうから。

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 もう少し作業する余裕のある家庭では、たくさんの花を植え、農作物を育てる。涼をとるために植える木も花が楽しめるだけでなく、実のなる木が多いように思う。赤スグリ、ラズベリー、リンゴ、梨、クルミ、サクランボなど。また花を乾かしてお茶にする菩提樹や花や実でシロップを作るニワトコもよく植えられている。

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 私の義母は色とりどりの美しい花の他に、ジャガイモ、人参、豆、トマト、キュウリ、サラダ菜、セロリ、それから各種のハーブを作っていて、春先から秋までいつもせっせと働いている。収穫した野菜や果物は、一度に食べきれないほど多いので、私がご相伴にあずかる他、冬用に処理して保存されていく。

 かつてのスイスの田舎では、食物を店で購入する習慣そのものがほとんどなかったと言う。彼らは夏の間に畑仕事をして野菜や果物を様々な方法で貯蔵し、自ら焼いたパンや育てた家畜の乳製品や肉などと一緒に食べるほぼ自給自足の生活をしていた。もう少し時代が新しくなってから生まれた義父や義母も若いころはさほど裕福ではなかったので、何もかも購入する生活は考えた事もなかったと語る。畑を耕しできた作物を冬に備えて貯蔵するのは主婦として当然の仕事だったという。

 スイスの一軒屋にはたいてい地下貯蔵庫がある。核シェルターとしても機能すると聞いているが、一般的には庭で作った作物をそのまま、または加工して保存するために使われている。このあたりは夏は35℃、冬は-15℃と気温の振れ幅の大きいのだが、地下貯蔵庫の中は年間を通して12℃前後に保たれている。そこにどっさりと、土の付いたジャガイモや人参やセロリ、それに次々と作られるジャムや瓶詰めがしまわれている。大きい冷凍庫にも豆や果物がと次々としまわれていく。

 私自身は長時間働いている上、使える庭のないアパートメント暮らしなので、窓辺でハーブや花を育てているぐらいだが、やはり夏の間に、ハーブ、森で集めた花、もらったり近所の農家から購入しりした果物で人工保存料を全く入れない保存食を作っている。ニワトコ花のシロップ、ブルーベリーやサクランボのジャム、赤スグリのジェリーなど簡単に作れてとても美味しい。菩提樹やカモミールの花を乾かせば簡単にお茶ができて農薬の心配もない。

「最近の若い人たちは、伝統的な貯蔵品づくりには興味がなくて、ジャムもシロップもお店で買ってくるものと思っている人が多いのよね」

義母やその妹は、言う。

 実際、お茶にしろ、ジャムにしろ、農作物にしろ、現在はスーパーマーケットに行けば、年中問題なく手に入れることができる。労働力を考えても、わざわざ自分で加工するより安くつくかもしれない。でも、自分で作ったジャムやシロップを家族や友人が喜んで食べたり飲んだりしてくれるのが楽しい。ようやく咲いた花を皆で眺める時間が嬉しい。そう考えるたくさんの人たちがガーデニング流行を支えているのだと思う。

 義母も日本から来た嫁が自分のレシピを踏襲することが嬉しいようだ。レシピと言っても大して難しい製法でもない。それに、私の感覚では、東京の女性と比較して遥かに多くの女性たちが手作りのジャムやシロップを作っていて、この伝統はまだまだ廃れずに続いていくように思われる。

ソリーヴァ江口葵

東京都出身。2001年よりグラウビュンデン州ドムレシュク谷のシルス村に在住。夫と二人暮らしで、職業はプログラマー。趣味は旅行と音楽鑑賞。自然が好きで、静かな田舎の村暮らしを楽しんでいます。

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SWI swissinfo.ch スイス公共放送協会の国際部

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