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スイス時計産業 ついにスマートウォッチ市場に参入

スマートウォッチを「デジタルガジェット」だと言っていたニック・ハイエックCEO率いるスウォッチグループは、近々インターネットに接続できる次世代腕時計を発表する予定だ AFP

ほんの1年ほど前まで、大手時計メーカーのほとんどがスマートウォッチの製造に関心を示していなかったが、ついに行動を起こし始めた。アップル社が腕時計型のウェアラブル端末「アップルウォッチ」の発売日を正式に発表したばかりで、巨大企業間での厳しい国際競争が予想される中、スイスには幾つかの切り札があると言えそうだ。

 今や「スイスメイド(Swiss Made)」のスマートウォッチの誕生が確実になった。問題はそれがいつなのか、だ。バーゼルでは19日から世界最大の時計・宝飾展「バーゼルワールド外部リンク」が開催されるが、そこでは早くもスイスの時計ブランド「フェスティナ」を含めた複数のブランドから、スマートウォッチのモデルが発表される予定だ。

 世界最大の時計製造グループ「スウォッチグループ」のニック・ハイエックCEO(最高経営責任者)は2月に入り、今後3カ月以内に同社からスマートウォッチを販売すると発表した。

 スマートウォッチ市場に参入するスイスの時計メーカーはスウォッチグループだけではない。「タグ・ホイヤー」も今年中にモデルを発売する予定だ(囲み記事参照)。同社のジャン・クロード・ビヴェー臨時社長は「価格が1千フラン(約12万4千円)以上のスイス製機械式時計は安泰だ。だがそれよりも低価格の時計にとっては、スマートウォッチは厳しい競争相手になるだろう」と話す。

過小評価されたスイスの時計産業界のリアクション

 時計産業の動向について議論する専門家グループ「ウォッチ・シンキング(Watch Thinking)」を立ち上げたグザビエ・コンテスさんは1年ほど前まで、スマートウォッチに関心を示さないスイスの時計業界に厳しい目を向けていた。だが今は胸をなでおろしている。「経営者のほとんどが考え方を変えた。ここ数カ月で、実は自分たちには並外れたテクノロジーの知識があり、米カリフォルニアの企業陣に比べて優れた武器を持っていることに気づいたからだ」

 ヌーシャテルの研究開発企業CSEM社では、携帯できるテクノロジーを目指し15年ほど前からテクノロジーの縮小化を図っている。開発プロジェクトを進めるイェンス・クラウスさんは「メディアや経済アナリストたちは、スイスの時計業界が(スマートウォッチに)対応できないだろうと過小評価していた。だがスイスには、クオリティーが高く洗練されたデザインのスマートウォッチを作り出す、マイクロ技術や電子工学の専門知識が全てそろっている」と言う。

 一部のテクノロジーマニアが顧客対象だったスマートウォッチ市場。もともと保守的な時計業界は、行動を起こす前にその動向を注意深く見守ってきた。それは「どちらかというと賢明な反応だった」(クラウスさん)。

インターネットで管理

 ウォッチ・シンキングのコンテスさんは2カ月間米国を訪れ、時計メーカーやデジタルテクノロジーに携わる企業を視察して回った。そして、スマートウォッチの未来像が見えてきたという。「例えば車やパソコンなど、私たちの身近なものを遠隔操作できるリモコンやホームオートメーション機能が求められるだろう。銀行への振り込みやスーパーで支払いができる機能も必要だ」

 スウォッチグループはまさにその方向で開発を進めている。現在スイスのスーパー大手コープやミグロと交渉中だと発表した。

発売予定のアップルウォッチ Keystone

 次世代技術を提供するアップルのような巨大企業は、強力な経済力を持つ。これに対してスイスの時計業界には「バッテリー問題の解消、耐久性、高級品産業でのノウハウ」という三つの切り札があるとコンテスさんは言う。「大衆車『シトロエン2CV』レベルのスマートウォッチはアップルに任せておいて、スイスは高級車『フェラーリ』を提供しなければならない。頻繁に充電したり買い替えたりすることに、人々はうんざりしている」

ハイブリッド時計に未来が?

 スマートウォッチにみられるバッテリー問題に関して、スイスの時計メーカーは既に解決策を見つけたようだ。ムーブメント製造を専門にするヴォーシェー・マニファクチュール社(Vaucher Manufactures)は、機械式ムーブメントと電子部分のインターフェイスの組み合わせに将来がかかっているとみている。この方式だと、最新機能を搭載しながらもスイスの時計産業の卓越したノウハウを保持した時計を作ることができるという。

スマートフォンと連携できる次世代ウェアラブルデバイス「Gear」 Keystone

 「自転車のダイナモと同じ仕組みだ。腕を動かすことで自動巻きムーブメントが作動し絶え間なくバッテリーが充電され、ソフトウェアインターフェイスを機能させる。その結果、頻繁に充電しなければならないという問題が解決される」と同社の開発担当者、浜口尚大(たかひろ)さんは説明する。

特許の転用

 スイスの時計ブランド「ティソ」はタッチ操作の腕時計「T-Touch(ティータッチ)」の文字盤に太陽電池を使用している。一方、スウォッチグループは充電不要のバッテリーを使用する予定だ。だがスマートウォッチの駆動時間を延ばすには、アプリケーションを慎重に選びバッテリー消費を抑えることが重要だという専門家は多い。

ソニーのスマートウォッチはすでに3代目だ Keystone

 テクノロジーの商用化を図るCSEMには、あちこちから注文が舞い込んでいる。「多国籍企業だけでなくスイスの時計メーカーも、我々のテクノロジーと特許に大きな関心を示し始めている」とクラウスさんは明言する。

 また、大手電子機器メーカーの中には、スマートウォッチの自社製造にCSEMの特許を転用している企業もあるという。「だが訴訟に持ち込もうとまでは考えていない。それは私たちのすることではないから。巨大企業にはもはや、技術革新をもたらす力がない。そのため既存の技術やスタートアップの新技術、特許を買うしかない。『革新』という伝統のあるスイスは、これからもその分野で強さを発揮していく」

カスタマイズできる時計「アップルウォッチ」

 

アップル社は9日、発売予定の腕時計型ウェアラブル端末「アップルウォッチ」の詳細を明らかにした。2010年にiPadが発売されて以来の新製品で、4月24日から9カ国(オーストラリア、カナダ、中国、フランス、ドイツ、香港、日本、英国、米国)で発売が開始される。

 

アップルウォッチはタッチパネルをカスタマイズでき、映像・音楽の視聴、運動やエクササイズ情報の管理、SMS(ショートメッセージサービス)の送受信、通話などの機能に加え、音声認識型のパーソナルアシスタント機能「Siri(シリ)」も備える。

 

時刻はもちろん、監視カメラの映像を直接表示したり、タクシー配車アプリ「Uber X」やインスタグラムなどのソーシャル・ネットワーク・サービス(SNS)も使用できる。

 

バッテリーの駆動時間は約18時間で、充電しなくても1日中使用できるとアップルは明言している。最も安いモデルは349ドル(約4万2400円)。

歓迎されない選択

 

フランスの高級ブランドグループLVMH(モエヘネシー・ルイヴィトン )傘下にあるスイス時計ブランド「タグ・ホイヤー」は、スマートウォッチの開発に向け米大手テクノロジー企業と提携した。ジャン・クロード・ビヴェー臨時社長はスイスインフォに対し、その提携先は、世界最大の時計・宝飾展「バーゼルワールド」開催中かその直前に公表されると答えている。

 

「マイクロプロセッサーに関する我々の知識はかなり限られている。シリコンバレーの巨大企業1社と提携することで、最先端のテクノロジーが保証される。これがスイス国内だったら、複数の企業の門をたたいて回る必要があっただろう。私は村々を回って『神父さん』に相談するよりも、最高峰の『ローマ法王』に直談判する方を選んだ」とビヴェー氏は比喩する。比喩

 

これに対してヌーシャテルのCSEM社で開発プロジェクトを任されるジャン・クラウスさんは、全く理解できない選択だという。「スイスには、スマートウォッチを作り上げる一から十までの知識と能力がある。米国まで行く必要などない」

 

時計産業の動向について議論する、専門家グループ「ウォッチ・シンキング(Watch Thinking)」の設立者グザビエ・コンテスさんも、スマートウォッチの国内製造を放棄することは「全くの誤りで、ばかげた宣伝行為だ」と非難する。

 

タグ・ホイヤーのビヴェー氏は「時計の動力装置がスイス製ではないので、当社のスマートウォッチに『スイスメイド(Swiss Made)』のラベルを付けることはできない」と認める。「だが消費者が我々の品質に信用を寄せている限り、それは大したことではない」

(仏語からの翻訳・編集 由比かおり)

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