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オンブズマンのリーマン賠償請求を冷たくあしらう銀行

リーマン・ブラザーズ銀行の破綻によってスイスの銀行オンブズマンは多忙になった Keystone

昨年スイスの銀行には、投資家から前年比14%増の4757件という記録的な数の苦情が殺到した。そして銀行業界のオンブズマンは、金融の中枢である銀行に損害賠償金の支払いを促す努力をしている。

これらの苦情の大半は、破綻したリーマン・ブラザーズとカウプシング銀行に関連した金融商品の購入とその後の暴落に関するものだ。しかし苦情の約4分の1は、大きな障壁に阻まれている。

賠償拒否

 銀行オンブズマンのハンスペーター・ヘニ氏は、6日にチューリヒで行われた記者会見で、大半の銀行が彼の議論に耳を傾けたと発表した。しかし少数の銀行は、ヘニ氏の事務所が要求している顧客への賠償を拒否している。そのため2008年にはわずか5%だった賠償拒否率が、昨年には27%に跳ね上がった。

 「オンブズマンは裁判官ではなく、顧客の損失の賠償、または銀行が希望する賠償限度額を引き上げるよう銀行に対して説得を試みるだけです」
 とヘニ氏は説明した。

 「こちらの主張を受け入れる用意がなかった銀行は少数で、わたしたちが考えていた金額は適切でした。これが繰り返されることのない今回限りの現象であることを期待しています」

 賠償拒否率の上昇は、個々の苦情に対処しなければならない小規模の銀行の拒絶によるところが大きい。それらの銀行は、投資状況を個別に考慮せず自前の基準に基づいた「一律的なアプローチ」を強行したり、単に責任を市況に転嫁したりしていたとヘニ氏は語った。

圧力をかけられて

 過去2年の間、オンブズマンの事務所には約3000件の苦情が寄せられた。それらはアメリカの投資銀行「リーマン・ブラザーズ ( Lehman Brothers ) 」やアイスランドの「カウプシング銀行 ( Kaupthing Bank ) 」、そして「アブソルート・リターン ( 絶対確実な投資利益 ) 」に関係する約9000点の金融商品についての苦情だ。
 
 オンブズマンが、仲介が必要とみなしたケースの大半は、銀行がリスクの大きすぎる金融商品を販売した、または投資をするよう客に圧力をかけたというものだ。
「強引な販売方針を持っていた銀行があったという明確な形跡があります。これは間違いありません」
 とヘニ氏は断言する。さらに
「依頼者は、まずサービスセンターからアドバイザーと話すよう勧められ、そのアドバイザーが金融商品を販売したと報告しています」
 と説明した。

 一方、オンブズマンには銀行に過ちを是正させる強制力がないため、不満を持っている顧客がいると「スイス消費者保護協会 ( The Swiss Consumer Protection Association) 」は指摘する。

 銀行業界を規制する立場にある「スイス金融監督局 ( Finma ) 」は、銀行が大きなリスクを冒さないよう制限を課す準備をしていたが、投資商品をどのように販売するべきかを現在も明確にしていないとスイス消費者保護協会のビジネスリーダー、サラ・シュタルダー氏は訴える。

 「実際はリスクの高い商品である場合、銀行がリスクの無い商品としてどのような説明をして販売するのかスイス金融監督局は調査を開始するべきです」
 とシュタルダー氏は語った。また
「大半の銀行が、 契約書に早くサインをさせようと顧客にプレッシャーをかけ、十分な情報を伝えていません」
と付け加えた。

法的な措置

 スイス銀行協会は、個々の苦情の状況はそれぞれ異なるという理由から、賠償に対する銀行の非妥協的な態度についてのコメントを避けている。しかし、いくつかの銀行、特にクレディ・スイス ( Credit Suisse ) は、苦情を申し立てている顧客の一団に独自の一括賠償を提供している。

 銀行と直接またはオンブズマンを通して交渉した結果、満足する結果を得られなかった投資家は、個人訴訟という費用もかかる厳しい選択肢に直面している。クレディ・スイスからリーマン・ブラザーズの金融商品を購入した約50人の顧客のグループは、現在法廷で係争中だ。これらの顧客は、クレディ・スイスが昨年1700人の投資家に合計5000万フラン ( 約42億円 ) を提供した一括賠償を受ける条件に該当しなかった投資家だ。

 しかし、ヘニ氏によると、単にそうした辛い経験をしたくないと考える投資家は多い。
「もし、自分の投資にほとんどリスクを負いたくない人であれば、裁判という大きなリスクを負う気にはならないでしょう」
 さらにヘニ氏は、複雑な金融商品で損失を被った人々の多くは、ただ自分自身を責めているだけと付け加えた。

 昨年ヘニ氏は苦情を記した2849通の書状を受け取ったが、銀行はそのうち42%のケースに対しては応答不要と考えている。
「それらの金融商品は販売を許可されたものです。何を購入するかは投資家次第です。十分理解できない商品に投資するべきではありません」
 とヘニ氏は語った。

マシュー・アレン、 swissinfo.ch
( 英語からの翻訳、笠原浩美 )

スイス銀行オンブズマンは、無料でサービスを提供する独立した仲介者で、スイスに本拠地を置く銀行に対する特定の苦情に対処する。
またオンブズマンは、休眠口座の調査のための連絡事務所も持っている。
スイスの銀行オンブズマンの組織は1993年4月の設立以来、増加する問い合わせに応対している。
ハンスペーター・ヘニ氏は、1995年9月1日からオンブズマンとして活動している。複数の言語を操る弁護士、エコノミスト、銀行家のチームがヘニ氏を支えている。スイス銀行オンブズマンの事務所は、「スイス銀行協会 ( The Swiss Bankers Association) 」が設立した財団が支援している。
オンブズマンは、公務員から成る同財団の理事会が指名する。財団の現代表は、元スイス連邦大蔵大臣アンマリー・フーバー・ホッツ氏。

スイス銀行オンブズマンが昨年受け取った苦情は、一昨年2008年の4163件を上回る4757件。
投資家が追及をしていない苦情 ( 1908件 ) のほかには、オンブズマンが仲介していないケース ( 1928件 ) や、オンブズマンが介入したものの銀行が賠償を拒否したケース ( 249件 ) があり、わずか14% ( 672件 ) のみが賠償金の全額を受け取った。
苦情件数は週平均で約30件だが、当初は1週間に140~160件と殺到した。しかし次第に減少し、現在はほぼ通常レベルに落ち着いた。
平均損失額は1万フラン ( 約84万円) ~10万フラン ( 約840万円 ) の間。
投資または資産運用アドバイスに関連した苦情の割合は、2009年が約71%、2008年が47%、2006年は15%だった。処理に6カ月以上かかったケースは、2008年の4%から昨年の32%に上昇した。
1カ月以内に処理されたケースは昨年25%のみの一方、2008年は69%。
苦情は電話や電子メールなどでも受け付けられるが、オンブズマンは正式な書面で送られてきたものにのみ対処する。
昨年こうした苦情は2849件あったが、2008年は1170件、2006年は660件だった。オンブズマンが銀行とともに対処したケースの割合は、これまで全体の約3分の1に相当したが、昨年は58%だった。
1657件の苦情についてオンブズマンは銀行サイドの説明を聞いた後、そのうち736件に対しては回答不要と判断した。
賠償によってメリットを得たとオンブズマンがみなす921件のケースのうち、73%が賠償金の全額を受け取った一方、27%が銀行の拒否、または不満足な賠償金額を提示された。

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SWI swissinfo.ch スイス公共放送協会の国際部

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