米国とスイス西部の町ジュネーブとのつながりは長く、その歴史はピルグリム・ファーザーズの時代までさかのぼる。
- この記事を印刷する
-
他言語で配信中:8 他言語で配信中:8 他言語で配信中:8
- アラビア語 (ar)ما بين الولايات المتحدة وجنيف.. أحداث بارزة ومعطيات هامة
- 独語 (de)Die USA und Genf – Schlüsselereignisse und -figuren
- スペイン語 (es)EEUU-Ginebra, datos y eventos clave
- 仏語 (fr)Ces liens étroits qui unissent Genève et les Etats-Unis
- 伊語 (it)Stati Uniti e Ginevra: eventi e cifre chiave
- ポルトガル語 (pt)EUA e Genebra - eventos importantes e números
- ロシア語 (ru)Исторические связи США и Женевы
- 中国語 (zh)美国和日内瓦:历史上的重要事件与关键人物
スイスと米国のつながり 米国とジュネーブ 歴史的な出来事とキーパーソンたち

プロテスタントの学者たちによってジュネーブで作成・印刷された「ジュネーブ聖書」は、初期の米国入植者たちの主な聖書だった(wikimedia commons)

ジュネーブ市庁舎のアラバマ・ルームに飾られた、南部同盟の軍艦「アラバマ号」の指揮官ラファエル・セムスの肖像画と、「軍民転換」という題のアートワーク。米英の紛争を巡る国際的な仲裁裁判がこの部屋で行われ、1872年に合意が調印された。この部屋では初のジュネーブ条約も締結された(Zineke/wikimedia commons)

アルバート・ギャラティン(1761~1849年)。ジュネーブ生まれ。米国に移住後、米国の政治に大きな影響を与えた。米国の上院議員や外交使節を務めたほか、米財務長官として歴代最長の在任期間を誇る(米国議会図書館)

レマン湖畔に位置する建物パレ・ウィルソンは、ウッドロウ・ウィルソン元米大統領にちなんで名づけられた。1920~36年まで国際連盟本部として使用され、現在は国連高等弁務官事務所(UNHCR)本部となっている(Keystone)

ウッドロウ・ウィルソン元米大統領は、国際連盟(国連の前身)本部はブリュッセルよりもジュネーブに設置すべきだと主張していた(Keystone)

ウッドロウ・ウィルソン財団が寄付した天球儀と、ジュネーブの国連欧州本部。直径4メートルの彫刻は国際都市ジュネーブのシンボルとなっている(AFP/Fabrice Coffini)

ジュネーブで行われた国際連盟総会、1926年(Keystone)

当時のヒラリー・クリントン米国務長官とセルゲイ・ラブロフ・ロシア外相は2009年、ジュネーブで「リセットボタン」を押し、米露関係の改善を表現した(Keystone)

米マイクロソフト創業者であり、ビル&メリンダ・ゲイツ財団協同創設者のビル・ゲイツ氏は、ジュネーブで保健分野において大きな影響力を持っている(Keystone/Salvatore Di Nolfi)