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スイスの政治 今も健在の元大統領 スイスはなんと18人

Swiss cabinet 2018

2018年の連邦大統領、アラン・ベルセ氏(中央)と6人の内閣閣僚。一番左は連邦事務総長のヴァルター・トゥルンヘア氏。2018年7月撮影

(Keystone)

ドイツは1人、フランスと英国は4人、米国は5人。今も健在の元大統領の人数だ。ところがスイスはなんと18人いる。これは政治が不安定だから、大統領がころころ変わるということなのだろうか?

それは違う。スイスは7人の内閣閣僚が毎年、交代で連邦大統領を務める「輪番制」を取る。ほかの国(ドイツの首相、英国の首相など)と比べても非常にユニークなシステムだ。

スイスの大統領は国家元首でも政府のトップでもない。7人の閣僚で構成する連邦内閣他のサイトへ(連邦参事会とも呼ばれる)は、国家と政府を連帯して代表する。大統領はさしずめ「同輩中の代表者」といったところで、ほかの閣僚と権限は変わらない。

スイスの大統領は、省庁の大臣も兼任する。ベルセ大統領は内務相でもある。

「One for all and all for one(1人はみんなのために、みんなは1人のために)」。内閣は連帯し、政策への対応を決めたり、条約に署名したり、(7人全員が常に出席するわけではないが)スイスを公式訪問した外国の首相を出迎えたりする。

だとしたら、スイスの大統領とは何なのだろうか?実際何をしているのだろう?連邦政府のサイト「大統領の職務他のサイトへ」によると、閣僚会議の議長を務めたり、代表者として特別な業務を遂行したりする。例えば新年とスイスの建国記念日(8月1日)にはテレビやラジオで演説する。スイスインフォのサイトでは、在外スイス人向けへもスピーチする。また、新年のレセプションでは、スイスの外交関係者(スイスに来ている大使全員)を歓迎する。

大統領の仕事

スイスの大統領は7人で構成する内閣閣僚が毎年、交代で務める。 大統領はスイス政府を代表し、閣僚会議を取り仕切る。大統領はあくまでも「同輩の代表者」にとどまり、ほかの閣僚と権限は変わらない。 *キャプションの肩書きはいずれも撮影当時のもの

持久戦

他国と比べ、スイスの大統領になるのは比較的簡単。議会によって閣僚に選出されれば、後は順番を待つだけだ。閣僚に就任後、遅くとも6年後には大統領になれる。

18歳以上のスイス国民は、自分に資質があると思えば、閣僚選出選挙に立候補できる。連邦議会が議員以外の人物を選ぶことは可能だ(閣僚選出選挙にロジャー・フェデラーを推そうというジョークめいたキャンペーンが立ち上がるのはそのため)。だがほとんどの場合、連邦議会議員が閣僚に選ばれる。

大統領のトリビア

カール・シェンク氏とエミル・ヴェルティ氏は大統領を6期務めた(最多記録)。19世紀後半、ヴェルティ氏は閣僚を24年、シェンク氏は31年間(最長記録)務めた。

大統領に選ばれながらも職務に就かなかったのは2人。1人はヴィクター・ルフィ氏で、1870年の大統領に選ばれたが前年12月29日に死去した。フリードリン・アンダーヴェルト氏は1881年に就任予定だったが、メディアが大がかりな反対キャンペーンを展開。同氏は80年のクリスマス当日に自殺した。現職の大統領が辞任したことはない。ただヴィルヘルム・ヘルテンシュタイン氏は1888年の任期中に死亡している。

女性大統領は5人。ルート・ドレイフュス氏が初の女性大統領として1999年に就任した。ほかにはミシェリン・カルミ・レ氏(2007年、11年)、ドリス・ロイトハルト氏(10年、17年)、エヴェリン・ヴィドマー・シュルンフ氏(12年)、シモネッタ・ソマルーガ氏(15年)。

最年少で大統領に就任したのは35歳のヤコブ・シュテンフリ氏(1856年)。最年長は77歳のアドルフ・ドイヒャー氏(1909年、4度目)。

インフォボックス終わり

毎年12月になると、連邦議会は閣僚の1人を大統領に選ぶ。しかし、実際は現職の副大統領が後任を引き継ぐだけだ。(例えば来年はウエリ・マウラー副大統領が大統領に就任する。就任日は2019年1月1日)。

スイス国民は大統領・閣僚の選挙権を持たない。

連邦議会による4年ごとの閣僚選出選挙で選ばれれば、何年でも、何度でも閣僚になれる(1848年以降、再選されなかった閣僚はたったの4人)。閣僚在任期間、在任回数(最多は6回)には上限がない。だが実際、大統領を3期務めた人は極めて少ない。1985年のクルト・フルグラー氏が最後だ。

閣僚になり、スキャンダルなどのトラブルがなければ、大統領の座は約束されたも同じ。過去に大統領に選ばれなかった閣僚はたった3人だ。エリザベス・コップ氏は1984年、女性初の閣僚に選ばれたが、89年に辞任した。ルート・メツラー氏は1999年に閣僚入りしたが、03年に再選を果たせなかった。右派の大物政治家クリストフ・ブロッハー氏も03年に閣僚入りしたが、07年に落選している。

「視点の問題」

ここで一つ謎が残る。外国を公式訪問しないはずのスイスの大統領が、訪問先では「公式訪問」として受け入れられているのはどうしてなのだろう?

スイスの大統領は国家元首ではないため、スイス側からすれば「大統領訪問」だ。しかし、連邦政府は「ホスト国によって状況は多少異なる。スイスには国家元首がいないが、大統領は受け入れる側の相手と同等の扱いを受けるべきだ」とする。

さらに「スイスの大統領を招待、もしくは訪問を受ける国は、これを『公式訪問』ととらえる。したがってこの呼び方は全く適切だ。敬意を払った外交儀礼にのっとり、これを出張と呼ぶか、公式訪問と呼ぶのかは招待状を作成する相手国の判断にゆだねられる。これは視点の問題だ」という。

閣僚退任後の生活

スイスの大統領は退任後、どんな生活を送るのだろう?庭の手入れ?それともー?

大統領を務め、今も現職閣僚なのは4人(ディディエ・ブルカルテール氏を除く)。この4人には再び大統領に選ばれるチャンスがある。政治の世界から離れた14人のうち、何人かはその後も注目を集めた。

アドルフ・オギ氏は2000年、58歳で政界を去り、その後は開発と平和を推進する国連特別アドバイザーとして7年間、世界を回った。

ルート・ドレイフュス氏は02年、62歳で閣僚を辞任。その後は薬物問題の撲滅に向け、国際レベルで活躍している。同氏は薬物政策国際会議の代表を務める。

カスパー・ビリガー氏は03年、62歳で政界を引退。その後は民間企業に戻り、ネスレ、ドイツ語圏の日刊紙NZZ、スイス再保険の役員を歴任したほか、09年には銀行大手UBSの会長に就任、3年間務めた。現在は作家としても活動。著書は「Democracy and Conceptual Thinking(仮訳:民主主義と概念的な思考」(2015年)など。

ミシェリン・カルミ・レ氏は11年に閣僚を引退。12~13年、国連総会議長の諮問委員会のメンバーを務めた。14年には「The Switzerland I Wish For(仮訳:私が願うスイス)」を出版した。


スイスの元連邦大統領

現在も存命の元連邦大統領と在任した年(敬称略)

 アーノルド・コラー(1990年、97年)
フラビオ・コッティ(91年、98年。イタリア語圏で初)
ルネ・フェルバー(92年)
アドルフ・オギ(93年、2000年)
カスパー・ビリガー(1995年、2002年)
ルート・ドレイフュス(1999年、女性初)
モリッツ・ロイエンベルガー(2001年、06年)
パスカル・クシュパン(03年、08年)
ジョセフ・ダイス(04年)
サミュエル・シュミット(05年)
ミシェリン・カルミ・レ(07年、11年)
ハンス・ルドルフ・メルツ(09年)
エヴェリン・ヴィドマー・シュルンフ(12年)
ディディエ・ブルカルテール(14年)

現職閣僚
ドリス・ロイトハルト(10年、17年)
ウエリ・マウラー(13年)
シモネッタ・ソマルーガ(15年)
ヨハン・シュナイダー・アマン(16年) 

インフォボックス終わり


 海外は?

フランス(大統領):ヴァレリー・ジスカール・デスタン、ジャック・シラク、ニコラ・サルコジ、フランソワ・オランド

 米国(大統領):ジミー・カーター、ジョージ・H・Wブッシュ、ビル・クリントン、ジョージ・W・ブッシュ、バラク・オバマ

 ドイツ(首相):ゲアハルト・シュレーダー

 英国(首相):ジョン・メージャー、トニー・ブレア、ゴードン・ブラウン、デビッド・キャメロン

 イタリア(首相):アルナルド・フォルラーニ、チリアーコ・デ・ミータ、ランベルト・ディーニ、マッシモ・ダレマ、ジュリアーノ・アマート、ロマーノ・プローディ、シルヴィオ・ベルルスコーニ、マリオ・モンティ、エンリコ・レッタ、マッテオ・レンツィ、パオロ・ジェンティローニ

インフォボックス終わり


(英語からの翻訳・宇田薫)

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