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薄れるスイスの魅力 移民規制案の影響か?

スイス北部ソロトゥルンでは今年7月、旧食品工場が解体された。米製薬会社バイオジェンはその跡地に新しい製造拠点を建設する予定だ Keystone

外国企業の進出拠点として、スイスは世界的に魅力的な国の一つだ。だが税制改革や移民政策の影響で、外国投資家の間では不安感が広がり始めている。スイスの企業誘致担当者らは「スイスが拠点立地としての魅力を維持するには、国外から有能な人材が確保できるかが重要だ」と言う。

 大手銀行クレディ・スイスとUBSが毎年行っているリサーチによると、外国企業にとってスイス国内で最も魅力的な立地はツーク州だ。他を引き離し同州が首位に立った理由には、魅力的な税制、高度人材の確保のしやすさ、交通の便の良さ、安定性の四つが挙げられる。

 「これらは企業が立地を選ぶ際に最も重視する条件だ」とベアート・バッハマン・ツーク州企業誘致局長は言う。しかし、昨年の国民投票で可決された移民規制案の影響で、ツーク州では他州同様、企業誘致数が過去2年間で激減した。規制案の内容は、欧州連合(EU)の出身者を含むすべての外国人を対象に、国別に移民数を割り当てるというものだ。

 EUと欧州自由貿易連合(EFTA)以外のいわゆる第三国から来る外国人労働者に対しては、すでに受け入れ人数に上限が設けられているが、スイス政府は先日、その上限を大幅に下げた。

 「スイスは外国に対しマイナスイメージを与えた」とバッハマンさんは言う。「こういった措置を取れば、外国の企業はスイスで必要な人材を確保できるかどうか不安になる。企業は現地で従業員を採用するよう努めてはいるが、スイス国内では適切な人材が確保できないことも多い」

現地人の採用を促進

 企業立地ランキングでツーク州に次いで2位に選ばれたチューリヒ州では、経済労働局が企業誘致と就職のあっせんを同時に行っている。同局は、外国人労働者の雇用を求める経済界の要望ばかりに応えるのではなく、スイス経済全体のために国内人材の雇用も促進している。

 「例えば、第三国からIT専門家を短期間スイスへ派遣したいという企業から多数の申請があった場合、我々は企業と連絡を取り、まずスイスで求職中のIT専門家を雇うよう促している」と、イレーネ・チョップ同局広報担当は話す。

 確かに外国企業は、スイスで高度人材を確保できるかどうか疑心暗鬼だが、新たにチューリヒに進出したり拠点を拡大したりする企業はまだ多いという。インターネットの検索大手グーグルや、米医療機器メーカー「ジンマー・バイオメット」がその良い例だ。

 スイス北部のバーゼル・ラント準州では、移民規制案可決による悪影響は出ていないと、トーマス・ドゥ・クルタン同州企業誘致局長は話す。同氏は移民規制案を推進した国民党の下院議員でもある。今後、スイスでEU出身労働者の採用に制限がかかると、外国企業の誘致にどういう影響があるかとの質問に対しては、「現在の国際状況からいって、移民数を国別に割り当てる制度はいままでうまく機能している」とコメントした。

「抑制効果」

 チューリヒやツークなどを含む10州で外国企業誘致に取り組むグレーター・チューリヒ・エリア(GZA)外部リンクは、「有能な人材を見つけることがビジネス成功の秘訣」という動画を同社のホームページで配信している。その中では、生活の質の高さや信頼性など、世界中の優秀な人材にとってスイスが魅力的な立地であることが積極的にアピールされている。

 立地場所をアピールするには、労働者の自由な移動が欠かせない。しかし移民規制案が可決されたことで、特に高付加価値企業にはスイスへの進出を思いとどまらせるほどの悪影響を与えたと、同社のソニア・ヴォルコプフ・ヴァルト社長は強調する。「この先、労働許可が下りるかどうか、我々は外国企業に確約することができなくなってしまった」

 ヴァルト氏は、誘致戦略においてスイスの最も重要な切り札である「信頼性」が揺らいでいるとみる。移民規制案が具体的にどういった形で実現されるのかが未定なことや、法人税などに関する法的枠組みが不透明であることが理由だ。そのため企業は様子を見ているという。

 それは数値にも表れている。GZAが州、地域、都市のパートナーと協力して誘致した企業は2009~13年で合計464社、雇用数は4165人にのぼる。これは平均して年間80社以上、雇用数830人という値だ。ところが14年に誘致できた企業は65社、雇用数457人と減少。15年も同じような傾向が見られる。

「黄金時代は終わった」

 スイス西部の企業誘致担当者もチューリヒと同じような経験をしている。「外国企業を獲得するのが難しくなった」と、スイス西部の6州で企業誘致を行うグレーター・ジュネーブ・ベルン・エリア(GGBa)外部リンクのトーマス・ボーン社長は言う。同社は14年に87社を誘致、1千人以上の雇用を創出した。「昨年は非常に成績の良い年だった」とボーン氏。「だがいくつもの大企業が何百人もの社員を連れて移転してきた黄金時代は終わった。現在は不安要因がいくつもある」

 その中で特に大きなウェイトを占めるのが移民規制と法人税制改革だという。「これまでスイスに興味を持つ外国企業は、安全性や安定性を理由にスイスに進出してきた」(ボーン氏)

 同氏は、スイスは国際競争力ランキング外部リンクで1位に輝くなど、国際的にはまだその魅力を失ってはいないと考える。しかし「スイスが絶対に進出したいロケーションでなくなったのは確かだ」と強調する。

 バーゼル・エリア外部リンクのレグラ・マツェック広報担当も、今後は環境が厳しくなると予測している。「事業拠点をスイスに置こうと考える外国企業は、スイスの動向に詳しい。ときに警戒心を持っているほどだ。コンサルティングを行う際、厳しい質問を受け、相手の説得に苦労するようになった」

 もっとも、スイスを事業拠点として考える外国企業は依然多いと、マツェック氏。スイスの強みはとりわけ、ライフサイエンス企業の密度が欧州で最も高い点や、世界165カ国から労働者を集めたり、ドイツやフランスからの越境労働者を活用したりできる点だという。

 移民規制がバーゼル地域に与える影響について、マツェック氏は楽観的に見ていると言い、バーゼルの大手製薬企業ロシェのセヴリン・シュヴァン最高経営責任者(CEO)のコメントに言及した。シュヴァン氏は移民規制に関し、ドイツ語圏のスイス公共放送(SRF)で「必ず実用的な良い解決策が見つかるはずだ」と確信を持って話している。

 「私も同じ意見だ」とマツェック氏。「確かに企業誘致は減少傾向にあるが、激減というわけではない」

企業誘致数は減少傾向に

2014年は外国企業274社がスイスに事業拠点を置いた。これにより、少なくとも780人分の雇用が創出された。これらの企業によれば、この先3年間には、さらに3千人分の雇用が創出される見込み。スイスに事業拠点を置いた企業数は前年比で8%減少。スイス移転による新規雇用数は20%減。これは国民経済州代表者会議外部リンクの調査結果に基づく。同会議は毎年1回、スイス全土における外国企業の誘致数と年間に創出された雇用数を調査している。

(独語からの翻訳・シュミット一恵、編集・スイスインフォ)

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