ナビゲーション

ナビゲーションへ

グローバルメニュー

スイス 武装した永世中立国 −1− 歴史と将来像(2)

国連加盟により、永世中立の立場を取るスイスの権利が制限されたわけではない。

(Keystone)

前回の「歴史と将来像(1)」では、永世中立の成立から、大戦中のスイスは「中立ではなかった」との批判を受けた第二次世界大戦までのスイスの永世中立の歴史を取り上げた。

今回は長年にわたって加盟を見合わせていたスイスが2002年、国連に加盟するにいたった経緯や、国際治安部隊(KFOR)など紛争や戦争後の地域における人道援助のための軍隊派遣に踏み切ったスイスに焦点を当てる。

国連加盟については、2度目の国民投票で可決。軍隊の海外派遣についても数回の国民投票を経て、自己防衛のために武装も許す現在の形での派遣が承認された。戦後半世紀を経て国民の意識が徐々に変化し、永世中立国スイスの姿も大きく変わった。今後も、時代と社会の要請により、その姿は変動すると見られる。

国連加盟は中立を侵害しない

 2002年9月10日、スイスは190番目の国連加盟国となった。加盟の是非を問う国民投票では投票者の54.6%、州の数では賛成反対がほとんど同数だった。僅差での承認となったが、前回1986年の国民投票で投票者の75%が反対したことを振り返ると、およそ15年の間に、国民の意見が大きく変化したことになる。

 連邦政府は国民投票の結果を踏まえ「永世中立国として国連加盟を申請する」と永世中立国という単語が何度も繰り返し書かれた加盟申請文を国民にも公示し、スイスは国連の中でも中立の立場を貫く意志をアピールした。

 国連加盟については右派の代表である国民党などが「永世中立国スイスに対する国際的信用が失なわれ、国内の安全を脅かす」と反対していた。しかし、これまでスイスは非加盟国でありながら積極的に国連の活動に参加してきたこともあり、このような意見はほとんど非現実的である、と国民は受け取ったようである。

「サラミ作戦」?で軍隊の海外派遣

 国連加盟が拒否された15年前には「永世中立が、スイスの根本的なアイデンティティーという国民の心理が強くあった」とゲオルク・クライス教授(バーゼル大学・国際法)は説明する。国民感情に変化が見え始めたのは、湾岸戦争で国連が経済制裁を行った90年ごろから。スイス政府は永世中立と戦時における経済制裁は矛盾しないと判断し、国連の経済制裁に加わった。その後、リビア、ハイチ、旧ユーゴスラビアに対する経済制裁にもスイスは、参加するようになった。

 その後、スイスは平和維持を掲げて軍隊を海外へ送り出す路を「整備」し始めた。1995年には、ボスニア・ヘルツェゴビナ平和履行部隊/同平和安定化部隊(IFOR/SFOR)として、世界各国からユーゴスラビア紛争に派遣される兵士および武器の輸送のため、スイス上空域を通ることも許した。あくまでも、国連の主導を前提としている。

 その1年後スイスは、北大西洋条約機構(NATO)と「平和のためのパートナーシップ(PfP)」の枠組みに署名した。しかし、PfPはNATO加盟を希望するルーマニアやブルガリアなどがメンバーになっていることから、スイスの参加は疑問とする声も挙がった。

 1999年、ユーゴスラビア紛争が終結するとスイスは、およそ250兵からなる国際治安部隊(KFOR)をコソボへ派遣した。2001年9月、軍法の改正が国民投票で51.0%対49.0%で承認され、KFORなど海外への平和維持軍に対し、自己防衛のための武装を許すことも決まった。「自己防衛ができなければ、同じ中立国のオーストリアに保護をゆだねざるを得ないことも可決につながった」クライス教授は、スイス人のプライド投票結果に一役をかったと見る。

 16世紀のマリヤーノ戦争以来、侵略戦争を放棄してきたスイスであればこそ、平和維持のための軍隊派遣のハードルは日本より低かったはずだ。

 国民党はこうした動きを「サラミ作戦」だと言って非難する。サラミを薄く切って、最後にはサラミ1本を食べてしまうように、徐々に国民の承認を取り付け、武装した軍隊を海外に派遣するに至ったというわけである。しかし、第二次世界大戦中の「スイスの所業」が明るみになり、その反省もされた。国連の下で、これまで以上に人道援助に力を入れる永世中立国であった方が、国のイメージが高まり、最終的には国防にもつながるという政府の考えに、国民の大半が賛同していることも事実である。

スイスだけが中立国ではないのだから

 スイスが世界唯一の永世中立国であったのは過去のこと。クライス教授は、今後、永世中立を宣言する国が増えてくるだろうと予想する。「どのように世界に貢献してゆくのか。スイスらしい貢献があるはず」と同教授はいう。

 また、たとえば、中立国のオーストリアがEUに加盟したのは「国連でもEUでも、加盟国のそれぞれの性格の違いを受け入れる土壌ができてきたから。スイスも今後は、ことあるごとに世界に向けて、スイスの立場を説明するべきだ」とクライス教授は語る。

 一方、国民に世界と連帯感を持ってもらうため、政府は「中立国だからできるスイスの人道活動が、意味のあることだとアピールする必要がある」とも訴える。災害地や紛争地などに多額の寄付金が集まるスイス。しかし、個人による社会貢献だけでは、不十分ということだ。

 内政的にも外交的にもスイスの立場を常に説明してゆくことで、今後も末永く、永世中立が保たれるとスイスは考えている。

続きはこちら

swissinfo 佐藤夕美(さとうゆうみ)

キーワード

スイス以外の主な中立国
スウェーデン 1855年 
フィンランド 1955年 
オーストリア 1955年 
アイルランド 1938年 以上はEU、PfP、OECD、UNO,欧州会議に加盟
スイス 1516/1815年 EFTA、PfP、OECD、UNO,欧州会議に加盟

インフォボックス終わり



タグ

Neuer Inhalt

Horizontal Line


swissinfo.ch

公式アカウントはじめました!

公式アカウントはじめました!

subscription form

ニュースレターにご登録いただいた方に毎週、トップ記事を無料で配信しています。こちらからご登録ください。

ニュースレターにご登録いただいた方に毎週、トップ記事を無料で配信しています。こちらからご登録ください。