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私の視点 貧困は「体験」などできない

湖のベンチに座る人の影

グレゴワール・バルベイ氏は、生存最低限のラインで生きるということは社会生活の一部を諦めるということだと述べる

(Keystone / Walter Bieri)

スイスインフォは先月、「貧乏生活」をテーマにした記者による体験記ブログを掲載した。フリージャーナリストのグレゴワール・バルベイ氏は、貧乏生活の試みは不適切だったという。貧困は「体験」などできないというのがその理由だ。同氏が自らの経験と考えを綴った。

ギド・トニョーニ

私の視点

記者の体験記ブログ スイスで1カ月貧乏生活に挑戦

スイスの貧困率はここ数年で2割増加した。つまり12人に1人が貧困状態にあるという。世界屈指の豊かな国スイスで、スイスインフォの記者が1カ月間の疑似貧乏生活に挑戦した。

グレゴワール・バルベイ:フリージャーナリスト。過去に4年間、スイス仏語圏の経済紙ラジェフィの記者、雑誌ラ・テレのコラムニストなどを務めた。現在は社会問題の取材をメインに、ジュネーブ市及びソーシャルネットワーク上で活動する。franchi.ch編集長。

(affranchi.ch)

期限付きの貧困などほぼ存在しない。むしろその逆だ。社会の階層をゆっくりと最下部まで下降しながら、失望やフラストレーションが蓄積されていく、日常的な苦しみだ。

残念ながらスイスインフォの記者による体験記ブログは、生活保護を最後の頼みとする人々が抱える恐怖や恥辱、罪悪感や悲しみといった人間的側面を伝えていない。

貧困はシミュレートすれば説明できるというものではない。福祉課に電話取材したところで、毎月受給者が何を耐え忍んでいるのかを本当には理解できない。

現金も財産も無い

生活保護の受給、それは一般に考えられているような甘いものではない。受給資格は他の生存手段を使い果たして初めて得られる。生活保護は現金も財産も無くなった人に支給される、社会の最後のセーフティーネットだ。

生活保護費は毎月の暮らしに最低限必要とされる977フラン(約10万6000円)だ。この中で食料品、衣料、交際費、電気代、電話代、インターネット、ラジオ・テレビの受信料、基礎医療保険適用外の医療費や毎年の敷金など、全てをまかなう。

家賃と医療保険料の支給額は一定の方式に従って決められ、超過分は受給者の自己負担となる。生活費は大半の州で月額977フランに設定されているが、住む場所により受給者の生活レベルは異なる。従って一般化するのは危険だ。だが、スイスではこの金額ではギリギリの生活しかできないことは断言できる。

生活保護を受けるには、口座の明細など様々な書類を毎月提出する。例えば遠くの友人が誕生日に現金200フランをくれたという場合など、たとえ少額であってもその分は翌月の支給額から引かれる。

収入があった場合は必ずその明細を記録し、指定された文書を保管しておかなければならない。福祉課内でも担当者により解釈が異なることがある。そのため、万が一に備えておく必要があるのだ。

失敗をタブーとする国

福祉課から通達が来たりなんらかの義務が発生したりする時は、必ず法律が引き合いに出される。受給者はその度に自分の境遇を意識せざるを得ない。残念ながら今この国では貧乏人は推定有罪の対象だ。制度を悪用する一握りの詐欺師のために他の人間までもが、社会を欺き他人の稼ぎで甘い汁を吸う不当利得者として扱われる。

まるで絵葉書のような風景や豊かさと経済的成功の陰で、スイスでは10人に2人が生活への不安を抱えている。その中には羞恥心から生活保護を申請できないでいる人々もいる。生活保護を受ける権利があるにもかかわらず、情け容赦のない世間の目を恐れてさらなる生活不安へと追い詰められているのだ。

「貧困とは何よりも感情的な逆境であり、多くの犠牲をもたらす」グレゴワール・バルベイ

引用終了

そうして負のスパイラルが生じる。借金地獄だ。スイスでは、支払った請求書であっても一旦取り立てを受けると5年間は記録に残り、それが貧困層と富裕層を隔てる「恥の壁」となる。そういった国でこのスパイラルから抜け出すのは難しい。失敗はタブーという国だ。

貧困はシミュレートできない

貧困とは何よりも感情的な逆境であり、多くの犠牲をもたらす。生存最低限のラインで生きるということは、社会生活の一部を諦めるということだ。社会生活にはお金がかかる。友人たちと行動しようとすれば幾度となく財布を出さねばならない。

人に払ってもらうことを受け入れてもいい。だが、そうすることで自分は生活保護受給者であり社会のお荷物であるという苦い思いに拍車がかかる。

世界子どもの日 子供の貧困問題、豊かなスイスにも存在

5歳になるニールス君は、いつもお腹を空かせているわけではない。自分の部屋もあれば衣服も清潔で、サッカーの練習にも通っている。しかし母親の収入だけでは暮らしていけないため、公的扶助を受けている。

こういった不安は、2週間の「疑似体験」でシミュレートすることはできない。貧困は長期にわたるプロセスであり、スマートフォンか掃除機のようにテストして読者に読ませることは不可能なのだ。

貧困から生じた疎外感や孤独は、高頻度でうつを誘発する。それが貧困からの脱出をますます難しくする。またスイスで貧困に陥ると、残念なことに周囲の見る目が変わる。より深刻なのは、社会のシステムまでがその人の見方を変えてしまうという点だ。

だが、どんな人でも貧困に陥る可能性がある。病人も健康な人も、土地の者もよそ者も。何にも守られることなくどん底に落ちるきっかけは、たった一つの失敗や出来事かもしれない。

貧困について記事を書くならば、やはり何年も毎日貧困状態で暮らしている人々を取材するのが最善だろう。彼らをおいて誰が一体この生々しい現実を伝えることができるのか。だが、彼らの声を聞くチャンスはほとんどない。

一方で、生活保護制度の悪用ケースに関する裁判は必ず公になる。

どこかがおかしい。

【編集長より】スイスの貧困とスイスインフォの報道

シビラ・ボンドルフィ・スイスインフォ編集部員がブログ形式で公開した貧乏体験記が配信されるやいなや、読者から大きな反響があった。異例のアクセス数に加え、様々なソーシャルメディアで記事が拡散された結果、当サイトのみならず各所で活発な議論を呼んだ。

このブログは別のメイン記事他のサイトへのフォローアップとして書かれたものだが、激しい議論を呼んだのは同ブログの方だ。そもそも恵まれた人間がそのような実験をして良いのか。筆者のような恵まれた環境にいない人々の多くについて、あまりにも認識不足ではないか――。スイスインフォには ―時に厳しい口調で― このような意見が届いた。

スイスインフォは10カ国語で運営されているが、該当記事は3つの公用語と日本語を含む8カ国語で読むことができる。そのため正社員の平均給与が6500フラン(約70万6000円)もある国に貧困など存在するのか、などの声が世界各地の読者から上がった。スイスでは1人世帯で2259フラン、4人世帯で3990フランの月収があっても貧しい層に入るということが信じられないという。

グレゴワール・バルベイ氏によるコラムは、世界で最も豊かな国の一つとされるスイスにも貧困が存在するという事実をまざまざと伝えてくれる。算出方法や予算について調査した編集部の記事からも、他国では大金に当たる月額2259フランはスイスでは家計の必要経費や高額な固定費をカバーするぎりぎりの額でしかないということが分かる。編集部の狙いはその点にあった。

貧困とはお金だけの問題にとどまらない。

それは、バルベイ氏が言うように疎外感でもある。他国の貧しい人々に比べれば金持ちであっても、スイスでは貧しいとされうる。そして貧乏を想像できる人がほとんどいないスイスでは、その貧しさはひとしおだ。

スイスインフォ・独仏伊語編集部長

バルツ・リゲンディンガー 

インフォボックス終わり



(独語からの翻訳・フュレマン直美)

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