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組織統率「国籍問わず、相手を知ることが鉄則」 IAIS河合美宏氏

国際会議で発言するIAISの河合美宏氏
河合美宏氏はスイス・バーゼルに拠点を置く保険監督者国際機構(IAIS)で20年にわたり保険業の国際ルール作りに奔走してきた。写真は2016年7月、コロンボ(スリランカ)のアジア保険監督者年次総会でアジアの保険監督者が連携する新しい組織作りを議論する河合氏 swissinfo.ch

スイス・バーゼルを本拠とする保険監督者国際機構(IAIS)の事務局長を務めた河合美宏氏(57)が昨年末、退任した。民間出身で国際機関の長に就くという異色の経歴ながら、金融危機後に保険業の自己資本規制作りという難題を取り仕切った河合氏に、マネジメントの秘訣や保険業界の課題を聞いた。

 IAISは日本を含む約140カ国の規制当局によって構成され、国際的な監督基準の策定などを行う。金融の国際化に対応すべく94年に組織の原型ができ、活動が本格化した98年に河合氏は次長として参画。日本の保険会社に勤めた後、経済協力開発機構(OECD)からポーランド政府の経済顧問に転じていた河合氏に、当時の事務局長が誘いをかけた。03年にその後任として事務局長に選任された河合氏を待っていたのは、世界金融危機の荒波だった。

スイスインフォ: 印象に残っている仕事は何でしょうか。

河合美宏氏: まずは2008年に起こった世界金融危機だ。リーマンブラザースの破綻と米保険会社AIGの経営危機が発端となり、一つの金融機関の危機や破綻が他の機関に広く波及するシステミックリスクをどう防ぐかが重要課題に浮上した。銀行には自己資本比率規制などの国際基準があり金融危機への対応も速やかに取られたが、保険業界では国際化が銀行ほど進んでおらず国際規制の対応が遅れていて、国際基準作りから始めなければならなかった。

 「保険会社から保険会社のシステム上の重要性が判断できるデータを集め、分析し規制基準を作る」というゴールは当初から当局間で共有できていたものの、そこへの道のりは長くしかも手探りだった。データ収集の枠組み作りには当局者だけでなく主要保険会社の合意も必要だが、保険業界は守秘義務を理由にデータを当局に提出することに消極的だった。特に09~15年は次の会議で合意が取れるのか見通しが立たないときもあり、緊張感の強い日々が続いた。振り返れば「よく出来たな」と感慨深い。

 合意を導くために「どこの国の賛同が得られれば他の国も流れるか」ということを考えた。他の分野でもそうだが、米欧の発言力は強い。まず彼らを味方につけることから始めた。国際間で合意を取るためには、自分と反対意見を持っている国の人と話をすることが決定的に重要。ところが往々にして自分と同意見を持つ人と話すことはするものの、反対意見を持つ人と議論を避けがちになる。だからこそ、心して反対意見を持つ国の人と会議の前に朝食やランチをして話を聞いた。話を聞きたいというと大概皆よく話をしてくれる。そうすると相手の気持ちや考えが良くわかり解決策が見えてくる。

 もう一つは組織作りだ。98年のIAISの創設とともに事務局次長に就いたが、当時は局長、次長、アシスタントの3人しかいなかった。オフィスの整備から会議のロジ設定、根回しまで全てを3人で回すのは大変だったが、仕事の成果がすぐに見えたのでやりがいは大きかった。事業計画や予算を作り、どうやって組織を大きくしていくかを考えるのも要で面白かった。金融危機をきっかけに組織の強化が進み、今は約300人の保険監督者と35人の事務局員がIAISの活動を常時支えている。

講演するIAISの河合美宏氏
苦手だったプレゼンも、上司や同僚に酷評されたのを機に克服。今では率先してスピーチを引き受ける。写真は2007年 6月、ロンドンで開かれた国際民間保険業界年次総会で、国際的に活動する保険会社の規制に関する説明をする河合氏 swissinfo.ch

スイスインフォ:非政府出身で国際機関の長に就くのは異例と言えます。03年に局長になって以降、マネジメント上の苦労はありましたか。

河合氏: 確かに政府派遣で国の「お墨付き」があれば信頼は得やすいが、私の場合は次長時代からの経験がそれを補った。

 局長になった当初は一般的な国際基準を作り合意を取れば済んだが、金融危機以降はそれがうまくいかなくなった。G20(20カ国・地域首脳会議)から具体的で強力な国際基準作りの要請が下りてきて、限られた期限で結論を出さねばならない。組織としてもボトムアップでみんなで決めるマネジメントから「トップダウンで決める」やり方にシフトした。

 組織のトップとしてのマネジメントについては、何より人事評価で各方面から評価を受けたことが糧となった。07年に執行委員会の副議長から「マネジメントがなっていないしリーダーシップに欠けている。プレゼンも不明瞭」と辛らつな言葉を受けた。同僚にも酷評され落ち込んだが、それを機に一念発起。集中講座を受けたり自分のプレゼンを録画・研究したりして勉強した。

 自分のマネジメントスタイルについては部下や執行員会からの評価を定期的に求め、自分で勉強をし直し学んだことをすぐに実践してきた。おかげで今ではチームを育て、リードしていくことやプレゼンが大好きになった。あのような辛辣なコメントをもらう経験がなかったら、自分の成長もなく15年も事務局長を続けられなかったと思う。

スイスインフォ: 各国の利害が絡み合う場で、組織を統率したり合意を得たりするためにどんな工夫をしましたか。

河合氏: 相手はモノではなく人間。国籍を問わず、相手がどんな人間かをまず知り相手の気持ち、立場を考えることが鉄則だ。ものの考え方やモチベーション、家族構成なども話せる間柄になれば、信頼関係ができる。そうした土台があれば、相手にとって厳しいことでもはっきり言えるようになる。また自分を知ること、自分を客観的に見れることも基本だ。しかしこの基本がなかなか難しい。

 事務局長時代の後半は毎日、朝食と昼食は35人の部下と定期的にマン・ツー・マンで食事し、彼ら一人一人と対話する場として使った。彼らにフィードバックをし、彼らからもフィードバックをもらった。これで部下全員のことがよくわかり、自分が何をすべきかもより明確に見えてきて組織を統率する自信となった。

スイスインフォ: 日本の保険業界の課題は何でしょうか。スイスの保険業界と共通・相違点はありますか。

河合氏: 国際的にみれば、日本の保険会社はリスクマネジメントもガバナンスもしっかりしており、海外で日本のやり方が研究対象になることも珍しくない。

 スイスの保険業界は国内市場が限られているため国外での活動が大きく、対企業の契約が多いという特徴がある。スイスも日本も優秀な人材が多く、リスクマネジメントが行き届いている面は共通する。超低金利下でどう資産を運用していくかもスイスと日本の保険会社に共通の難題だ。

 新たな課題としてはニューテクノロジーが挙げられる。一つはフィンテック(金融と技術の融合)ないしインシュラテック(保険と技術の融合)と呼ばれるもの。既存の保険会社もビジネスモデルを変革し、新しい技術・商品を次々と開発するスタートアップ企業に対抗する力をつけたり、あるいはそこと提携していく時に来ている。

 もう一つはサイバー攻撃への対策だ。保険会社自身が対策を講じるべきなのはもちろん、サイバー被害への保険商品や顧客へサイバー攻撃への防衛措置をアドバイスするという面ではビジネスチャンスにもなる。米国では民間企業がサイバー攻撃を受けた場合に届出義務があるのを背景に、保険商品の開発や関連するコンサルチングが進んでいる。欧州でも届出義務を導入する予定があり、日本も参考にすべきだ。

スイスインフォ: 20年に及ぶバーゼル生活はいかがでしたか。

河合氏: 出身地の東京のほか、パリ、ワルシャワ、モスクワで暮らした経験があるが、バーゼルは最高だ。機能的に整備されて必要なものは何でもあるという優れた都会的な一面がある一方で、人々はあくせくしておらず、自然がすぐそばにある。旧市街の街並みや多くの美術館など、文化的にも発展している。バーゼル空港から欧州各地へのアクセスも良い。スイス全体的に物価は高いが、人の手がかかっている外食などが高いので、自炊・自作すればさほど気にならない。

 余暇には妻と旅行したり、テニスやハイキング、美術館を楽しんだりした。ただ組織の立ち上げ期や危機発生後6~7年は、ワーク・ライフ・バランスはなく「ワーク・ワーク・ワーク」だったのがやや惜しまれる。

 3月末には日本に本格帰国するが、今後も年に数カ月はスイスに滞在し、友人たちと過ごしたい。


河合美宏氏

1960年東京出身。83年東大教育学部卒業後、東京海上火災保険に入社。87年に労働省(現厚生労働省)に出向、INSEADで経営学修士号、 City Universityで金融規制の博士号を取得。経済協力開発機構(OECD)、ポーランド政府の経済顧問を務めた後、98年に保険監督者国際機構(IAIS)の活動本格化に伴い次長に就く。

03年に事務局長に選出。08年のリーマン・ショック、09年の米保険大手AIG経営危機を契機にした保険の自己資本規制作りに奔走した。17年末に退任。今年から京都大学経営管理大学院と東京大学公共政策大学院で教授として教鞭を執る。

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