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スイスワイン・オークション初体験 !

常々スイスワインの美味しさをもっと多くの人に知ってもらいたいと思っていた。特にていねいに作られたスイスの白ワインは絶品だ。ワインの作り手から直に話を聴きたくて、隣村のワイン倉が開いたオークションに参加した。

 クルシエは、ジュラ山麓にある住民数僅か2000人足らずの小さな村。でも立派なお城が二つにワイン倉は八つもある。中でも今回オークションを開催したオピタル・ポルタレスは200年以上の歴史を持っている。オピタルとは仏語で病院のことで、このワイン倉は慈善事業を目的としたオピタル・ポルタレス財団が所有している。

クルシエ城 swissinfo.ch

 オークションは今回が191回目。すっかりこの辺りの伝統的な行事として定着している。恥ずかしながら私の頭の中には「オークション=高価」という単純な定義があり、ビンテージ・ワイン(と勝手に想像していた)なんて自分には縁のないものだと思っていた。でも、新聞に出た広告には購入の義務はないと書いてあるし、近所の人の「高くないよ〜」という言葉に背中を押されて出かけてみた。

オピタル・ポルタレスのワイン倉がある建物 swissinfo.ch
ワインのオーク樽4100リットル入り swissinfo.ch

 オークションは朝10時から始まるが、その前にワイン倉で試飲ができる 。倉には100年近くも使われている大樽がどっしりと並んでいる。オークションではワインが樽ごとロットに分けられて競りに掛けられるという。これがまず驚きだった。瓶詰めのビンテージ・ワインではなく、まだ樽の中で育ちつつあるワインを売るのだ。今回オークションに掛けられたワインは赤・白・ロゼあわせて18樽。オークションの際にも樽ごとのワインを試飲させてくれるが、育ちつつあるワインの息吹が感じられるような倉での試飲は格別だ。樽につけられたコックからチロチロと流れてグラスに入るワインを見ているだけでワクワクした。最初の試飲はシャスラの白。ブドウ畑の爽やかな風のような香りと味わいに思わず「わ〜!」と感激しきり。試飲なのに最後の一滴までしっかりなめるようにいただきました。まだ朝の8時半だよ〜。

 オークションでは白(シャスラとシャルドネ)、ロゼ(オイドペルドリックス)、そして赤(ピノノワール)の合計5万リットルが、樽ごとに25から2000リットルのロットに分けられて競りに掛けられた。気になるお値段の方は、例えばシャスラの平均終値は1リットル6.68スイスフラン(約760円)だった。一年掛けて丹精して創り上げたワイン。倉で試飲した私を感激させたそのワインが1リットルたった760円なのだ。シャルドネは高値がついたがそれでも平均終値は12.75スイスフラン(1450円)。私はあの感激のシャスラを買いたかった。でも生まれて初めてのオークションに怖じ気づいて手があがらなかったのだ。来年は必ず!と心に決めた。

オークションでの試飲 swissinfo.ch
 

 オークションにはもちろんプロのバイヤーもいたが、ホテルやレストランの経営者も多くいた。加えて私のような物見遊山で来た人も居る。その人達が入り混ざって長テーブルに座り、おしゃべりしながらワインを試飲し競りに参加する。誰もが気楽に普段着で参加出来るオークションなのだ。 それにサービスが素晴らしい。黒の上下に中は白のブラウスという正式な出で立ちで、給仕のプロが競りにかかる樽のワインをグラスに注いでくれる。しかも、2013年にソムリエ世界一に選ばれたパオロ・バッソ氏が試飲中のワインについて解説をしてくれるのである。何という贅沢。こんなまたとない機会が、くどいようだが、無料で誰にでも開かれているのである。

オークションにて 写真提供:㈱ヌシャテラ、ムステル美緒 swissinfo.ch

 オークションで競り落としたワインが手元に届くまではしばらく時間がかかる。シャスラとオイドペルドリックスは5月以降、シャルドネとピノノワールは9月まで待たなければならない。でも、その時間の伸びやかさが、訳もなく忙しい今の世の中ではかえって贅沢に感じられる。待っている間に試飲したワインがどんな風に進化するのか想像するのも楽しい。

 ドメーヌの責任者でエノローグ(ワイン醸造技術者)でもあるフルマンさんはまだ30代半ば。彼がエノローグになろうと思ったきっかけが面白い。高校の卒業プロジェクトの課題が「幸福とは?」だった。そして友人達とディスカッションの末行き着いた答えが「ワイン」。発表の準備をするためワインについて調べ上げた。それが面白くてワイン醸造学高等専門学校への進学を決めた。

 エノローグの職場は三つある。第一産業であるブドウ作り、第二産業のワイン醸造、そして第三産業である販売。この三つの場でそれぞれチームを育て、しかも全行程が支障なく流れるようにセクター間のコミュニケーションにも十分な配慮をしなければならない。フルマンさんは「仕事の内容も関わる人も非常に多様。それがこの仕事の醍醐味です」と笑顔で語ったが、大変な責任である。

ドメーヌの責任者ダビッド・フルマンさん swissinfo.ch

 エノローグという職業をフルマンさんは「謙虚」という一言で表現した。毎年変わる天候に左右されるブドウの質。今自分たちがやっていることが本当に正しいのかどうか、常に自問して改良していかなくてはならない。おごって守りに入れば行き詰まってしまう。フルマンさんの夢はワイン造りの新しい文化を創り上げること。例えば自然栽培のブドウを育てて、できるだけ自然な行程で醸造する。自然と協調してその土地でしかできない「辻褄の合うワイン」をつくること。「一番好きなワインは?」という問いにフルマンさんは素敵な答えをくれた。「人の繋がりを深めて会話を盛り立ててくれるワインです。」

 オークションは毎年2月に開かれる。 来年はお目当ての白を競り落としたら、 湖畔のレストランへ魚料理を食べに行こう。ワインはこの季節のヌーシャテル名物ノン・フィルトレ(濁りワイン)。 そしてワインが届いたら友人達を家に招こう。おもてなしは私が値をつけたワインとこの辺りで作られるチーズ。大切な人達との時間が一層楽しいものになるに違いない。

麓絵里

ノン・フィルトレ(濁りワイン) swissinfo.ch


大阪生まれ、奈良育ち。1990年よりスイス在住。証券会社、新聞社、製薬会社勤務を経て現在、創造性やグループ・インテリジェンスを育てるコーチ、ファシリテーター。コーチング・メンタリング修士(Oxford Brookes University)、PMP (Project Management Professional)、Time to Think Ltd. (UK)  Facilitator. 

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SWI swissinfo.ch スイス公共放送協会の国際部

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