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「経済と信頼の危機は民主主義の再評価につながる」

民主主義の専門家、ハンスペーター・クリエジ氏の希望の源、「インディグナードス(怒れる者たち)」。世界金融経済危機がピークに達した2011年、スペインで数万人の市民が「本物の民主主義を今!」と訴え立ち上がった Indiginados

欧米諸国でポピュリストが台頭している。ドナルド・トランプ米大統領、仏大統領選の決選投票に進んだマリーヌ・ルペン氏、オランダ自由党のヘルト・ウィルダース党首、英国独立党の元党首ナイジェル・ファラージ氏、コメディアンでイタリアの政治家ベッペ・グリッロ、ハンガリーのオルバン・ビクトル首相、レフ・カチンスキ元大統領、そしてスイスの右派・国民党政治家クリストフ・ブロッハー氏。民主主義は危機にさらされているのか。我々は彼らとどう付き合うべきなのか。スイスにおける政治学の第一人者、ハンスペーター・クリエジ氏に話を聞いた。

スイスインフォ: 英国が予想に反して欧州連合(EU)離脱を選んだ背景には、英国が毎週3億5000万ポンド(約514億円)をブリュッセルに送金しているという架空の数字が大きく影響したと言われます。なぜこれほど重要な国民投票で、反EUポピュリストたちは嘘の情報を使って勝利できたのでしょう。

ハンスペーター・クリエジ: 数字は確かに間違っていた。しかし、それが決定的要因だったかどうかは疑わしい。嘘の情報どうこうよりも、もともとエリート層を含めた英国民全体がEUに懐疑的だったことが大きい。特に保守党内で意思統一が図れなかったことは決定的だった。

スイスインフォ: スイスでは1992年、右派・国民党のオピニオンリーダー、ブロッハー氏が、EUの前身である欧州経済共同体(EEC)へのスイスの参加を問う国民投票で世論を「ノー」に導きました。あれがスイスにおける右派ポピュリズム誕生の瞬間だったのでしょうか?

クリエジ: そうだ。スイスにおける国民党の躍進はこの投票を機に始まった。他の右派ポピュリスト政党と違い、国民党は当初から反移民というわけではなく、反EUを掲げていた。同党は86年にも国連加入を問う国民投票で反対キャンペーンを展開、その際は敗北を喫した。その後EEC加盟反対運動で僅差ながら勝利、党が移民やイスラムというテーマを取り上げるようになったのはそれからだ。

欧州の右派ポピュリストたちが、欧州統合と移民問題という、いわば双子のテーマに沿って活動を展開しているのは偶然ではない。彼らが呼びかけているのは国民国家の防衛だ。国家の主権を、多文化主義や欧州統合、グローバリズムから守らねばならないという考えだ。

ハンスペーター・クリエジ氏 Apochroma

スイスインフォ: スイスは欧州における右派ポピュリズムの先駆者と見なされているのでしょうか?

クリエジ: ポピュリズム台頭のきっかけを作ったのは80年代のフランスの極右、国民戦線(FN)だ。スイスで国民党が支持を増やしたのは先述の通り92年。つまり、先駆者となったのは国民党ではなく国民戦線だ。

スイスインフォ: 仏大統領選挙ではこれまで政権を担当してきた二つの党が惨敗、2党合わせての得票率は全体の4分の1にも届きませんでした。伝統的大政党の時代は終わり、マクロン氏の超党派市民運動「前進」などへと勢力が移りつつあるのでしょうか?

クリエジ: 他の国と違ってフランスの政党の基盤は概して弱い。スイスの政党はもっと強固で広い地盤を持っている。ドゴール主義者(フランス至上主義的保守思想の持ち主)たちが政党名をたびたび変更してきたことからも分かるように、フランスの政党の不安定性は目新しい事実ではない。しかし、今回は問題のスケールが違う。マクロン氏の市民運動が新たな中道左派政党の結成に進展し、社会党に取って代わることもありうるだろう。

スイスインフォ: ドイツは安定した経済のもと民主主義も安定していますが、アンゲラ・メルケル首相および首相率いるキリスト教民主・社会同盟(CDUCSU)、さらには社会民主党(SPD)にも反対する極めて過激な右派勢力が存在します。これを民主主義システムの危機だとして、原因を07〜09年の銀行金融危機に求める意見がありますが、どう思いますか?

クリエジ: そもそもドイツのような国でシステム危機というものがありうるのかが疑問だ。ドイツに限らず、政党自体はすでにかなり前から全面的に信頼を置ける組織ではなくなった。しかしドイツ国民の間では、民主主義への評価や政府への信頼は薄れていない。

北西ヨーロッパでは、金融経済危機が原因で民主主義への評価が揺らぐことはなかった。それは、これらの国の大政党が、欧州懐疑論や反移民、反イスラムといった右派野党の路線を取らなかったからである。それに対し、特に南欧では信頼の失墜が起こった。

スイスインフォ: 政治危機が常態化した民主主義国家といえばイタリアです。マッテオ・レンツィ前首相は、上院の縮小という手段で政府の統治力を向上させようとしました。しかし、そのための憲法改正のみならず首相としての仕事にも失敗、ベルルスコーニ氏をはじめ多くの前任者と同じ運命を辿ってしまいました。「絶望的な民主主義」といったものは存在しますか?

クリエジ: イタリアの状況は確かに絶望的に見える。だが、レンツィ氏が首相としての仕事にも失敗したという点は訂正されなければならない。レンツィ内閣は歴代政府をすべて合わせたより多くの改革を成し遂げている。制度的障害にもかかわらずだ。

イタリアでは両院の権力は完全に平等だ。レンツィ氏の率いる党は代議院(下院)では多数派だが、元老院(上院)では多数を得ていなかったため政府改革案を通すのは困難だった。

スイスインフォ: 何か打開策はありますか?

クリエジ: (憲法改正の是非を問う)国民投票が可決されていればそれが打開策になっていただろう。システムはより効率的に機能するようになっていたはずだ。個人的意見だが、イタリアの民主主義の問題、あるいは絶望的な点は、そもそも市民自身が政治の効率化を望んでいないということではないだろうか。効率的に次々と指示を下されるよりは、あまり機能しないシステムの方を望んでいるのでは。

スイスインフォ: 以前オーストリアでは、ヴォルフガング・シュッセル氏が連邦首相となり、右派ポピュリスト政党のオーストリア自由党(FPÖ)が政権につきました。ポピュリズムを抑えるためにはこれを権力に取り込むべきなのか、あるいはドイツでメルケル首相および与党や社会党が行なっているように除外すべきなのか、どちらがいいのでしょう。

クリエジ: スイスでも右派の国民党は政権に取り込まれ、数十年来閣僚を送り込んでいる。オランダでは少数与党による連立政権がヘルト・ウィルダース氏の率いる極右政党の協力を得て成り立った。デンマークでも10年間、同じ状況が見られた。フィンランドでは反EUの保守政党「真のフィンランド人」が、そしてノルウェーでもポピュリスト政党が連立政権に参加している。このように、右派ポピュリストを取り込んだ政権がうまく機能する例は多い。国民の重要な要望を代弁すべき立場をとることで、普通の政党に転じるものと思われる。彼らにとって特に重要な案件に直接関係がない多くのテーマについては、スムーズな協力関係が可能だ。

スイスインフォ: それはあらゆる国について当てはまりますか?

クリエジ: 決定的となるのは民主主義のタイプだ。前述したようなシステムは「コンセンサスモデル」と呼ばれる合意形成型民主主義で、一方、仏英およびポーランドやハンガリーのシステムは多数決型民主主義だ。後者の民主主義を採用する国々で焦点となるのは、ポピュリストをパートナーに迎えて協力関係を築くかどうかではなく、彼らが選挙を制し単独政権につくかどうかだ。

仏大統領選の決選投票は「全か無か」を決めるものだった。ハンガリーはオルバン・ビクトル氏、ポーランドはレフ・カチンスキ氏の件で苦い経験をしている。それでも彼らは暴力で権力の座についたのではなく、多数に選ばれた民主主義者たちだ。しかし彼らの民主主義の解釈は権威主義的で、多数を盾に少数派を顧みない。考えや意見の多様性を尊重せず反対派を弾圧しようとする。

ポピュリストたちにとって、権力の分立という制度は非常に目障りだ。そのため、法や自分たちに批判的なメディアを攻撃する。非政府組織は非合法化され、ハンガリーでは大学まで閉鎖されようとしている。問題は、これらの指導者たちが多数決による投票という民主主義的原則のみを拠り所としている点だ。しかし、投票というものがオープンな意見形成を前提とし、少数派意見も聞き入れ、司法の枠組みを遵守しなければならないという点については、黙殺している。

スイスインフォ: アメリカの歴史家でジャーナリストのアン・アップルバウム氏は、今と1930年代の間には類似点があると述べ、ポピュリズムの台頭をその理由の一つに挙げています。同氏は新たな戦争の勃発を懸念していますが、このような悲観論には賛成ですか?

クリエジ: 私は楽観的だ。欧州の人々は民主主義の現状に不満を持っているかもしれない。だが民主主義の原則は意識の中に深く根を下ろしている。スペインのケースでも分かるように、人々は経済や政府に不満があればあるほど民主主義的原則を守り抜こうとする。経済危機がピークに達した2011年、マドリードで「インディグナードス(怒れる者たち)」という市民運動が起こった。彼らは「本物の民主主義を今!」と訴えた。我々の調査の結果、一国の経済状況が悪化し政権への不満が募るほど、人々は民主主義的原則をより強く主張することが分かっている。

スイスインフォ: ポピュリズムは民主主義活性化の材料になりますか?

クリエジ: ポピュリズムの挑戦を受け、エリート層も自らの価値観を守るという立場を鮮明にせざるを得なくなった。その先陣を切ったのがエマニュエル・マクロン新仏大統領だ。彼は親EU派の模範的なヨーロッパ人である。ドイツでも今秋、マルティン・シュルツ社会党党首が次の独首相に選ばれるかもしれない。欧州委員会にも、ピエール・モスコヴィチ氏をはじめとして欧州統合をさらに強固にするという理想を掲げる人々がいる。現在欧州が抱える危機が、近い将来の新たな成長への下地になるかもしれない。ただしそのためには、親EUのエリートたちが、自らのビジョンをより明確に主張していかなかればならないだろう。

ハンスペーター・クリエジ

クリエジ氏(67歳)はスイスで最も有名な政治学者の1人だ。

2012年より伊・フィレンツェの欧州大学院において比較政治学の教授を務めている。

05〜12年、スイス連邦科学基金(SNF)の研究プログラム「21世紀の民主主義への挑戦」でリーダーを務める。

それ以前はアムステルダム、ジュネーブ、コーネル、ベルリン、チューリヒなど各地の大学で教授職にあった。

著者のツイッターアカウント: @RenatKuenzi外部リンク


(独語からの翻訳・フュレマン直美)

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