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今もわだかまり スイス・ジュラ州の独立運動 40年の歴史

スイス第26の州、ジュラ他のサイトへ。同州は1978年9月24日、国民投票の大多数の賛成を得てベルン州からの独立が認められ、翌79年に誕生した。ただ独立をめぐっては両者の間で大きな軋轢が生じ、40年以上経った今でもわだかまりが残る。

(この記事は2018年9月24日、スイスインフォ英語版で配信された記事です)

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1978年9月24日の国民投票で、スイスの有権者の82.3%が新しい州の誕生に賛成した。これによりドゥレモン、ポラントリュイ、そしてフランシュ・モンターニュの各地区がベルン州から分離し、第26の州、ジュラ州となった。

ジュラ地方は、永世中立国スイスが承認された1815年のウィーン会議後、ベルン州の一部になった。かつてはバーゼル司教公国、ナポレオン時代のフランスの支配下に置かれていたこともある。

フランス語圏でカトリック系の少数派が住むジュラ地方が、主にプロテスタント系の、しかもドイツ語が第一言語の人が多いベルン州に組み込まれたため、やはり軋轢が生じた。1960年代には両者の間で緊張が高まったが、最終的には投票で「決着」を図った。

しかしそれで終わりではなかった。2017年には、ベルン州にあるフランス語圏の自治体ム-ティエが、住民投票でジュラ州に入ることを僅差で決定。だが投票の不正疑惑が浮上し、終着点はいまだ見えていない。

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