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賛否両論の地熱発電、カムバックなるか?

アヴァンシュの旧市街。最新式のエネルギー供給の恩恵を受けられるか avenches.ch

スイス連邦政府は2050年までのエネルギー戦略の一環として地熱発電に賭ける意欲を見せているが、地熱推進側は利益が出せることをまだ証明できていない。また、安全な電力源として地元を説得できるかどうかも不明だ。

 アヴァンシュ(Avenches)は、ローマ時代に都として栄えた町だ。この小さな町の工業地区が、賛否両論のある地熱発電技術の復活劇の舞台となるかもしれない。

 地熱開発を進める「ゲオ・エネルギー・スイス(Geo-Energie Suisse)」社は、「高温岩体地熱発電(EGS)」と呼ばれる技術の開発候補地三つの中にアヴァンシュを選んだ。この技術により、町に熱と電気を提供できる可能性が生まれた。しかし、実際に実行されるかどうかはまた別問題だ。

 この技術は、地中深く、摂氏200度を超える高温の岩体に達するまで4千メートル以上も掘削し、高圧の水を送り込んで岩を砕き、熱せられた水を回収して発電するというものだ。

 前回、EGSのプロジェクトが行われたのはバーゼルだった。スイス初の試みだったが、坑井に水が注入された後で小さな地震が連続して起こり、900万フラン(約9億7300万円)の被害が出てプロジェクトは中止された。

 しかし、技術は死んだわけではない。連邦政府は2050年までにスイスの電力需要の最大7%を地熱発電で賄いたい考えだ。エネルギー専門家たちはもう一度地熱発電を検討することに意欲的であり、実用可能だと自信を持っている。

 「バーゼルのプロジェクトは地震のせいで中止になった。しかしそこで集めたデータを使って、地震リスクを下げられそうな新しいコンセプトを開発することができた」と、ゲオ・エネルギー・スイス社のオリヴィエ・ジングさんは説明する。

 実のところ小さな地震はEGS技術にはつきものだ。この方法の核は岩の破砕であり、岩が砕かれるたびに地震エネルギーが放出されるからだ。

 「地震活動を起こしつつ、地表に被害が出ないようにすることがポイントだ」とジングさんは付け加える。

地球が生み出す熱の利用は、スイスの内外を問わず古くから行われてきた。スイスのいくつかの地域では昔から温泉が湧き、最近ではトンネルから出た熱水が、熱帯の果物を育てたりキャビアを生産したりといった、目先の変わった目的に使われている例もある。

しかし、これまでの地熱利用は地下の熱水から熱を取り出すことに限られており、この種の施設としても実際に運転しているのは9カ所しかない。他に建設中の施設が3カ所あるが、熱とともに発電の可能性もあるのはザンクト・ガレンの1カ所のみ。

ゲオ・エネルギー・スイス社はEGSに三つの候補地を考えている。アヴァンシュ(Avenches)、ジュラ州のオート・ソルヌ(Haute-Sorne)、トゥールガウ州のエッツヴィレン(Etzwilen)だ。坑井の掘削が始まるのは早くても2016年。

地熱発電のロビーグループによると、スイスは地熱で8万テラワット時(TWh)を発電する可能性を秘めている。スイスの年間電力消費量は約60TWhで、連邦政府の2050年エネルギー戦略では地熱から4.4TWhの発電が必要とされている(現在はゼロ)。ちなみに、一般消費者の電気代の単位はキロワット時(KWh)である。

地元の説得

 一見したところ、ローマ時代の遺跡や中世の町並みを残すアヴァンシュは、結果の不確かなこのようなプロジェクトには適さないように思われる。しかし、地質学、土地管理に関する規制、州の認可手続きが比較的簡単であることなどから、実はさまざまな基準を満たしている。

 アヴァンシュでは、利用可能な土地と余剰熱を地域遠隔熱供給システムに提供できる可能性があることも決め手となった。

 ダニエル・トロイエ市長は、このプロジェクトは段階的脱原発を目指すスイスの動きに合致していると話す。

 「近くにあるミューレベルク原子力発電所は古く、危険だ。それが閉鎖されたときの電力不足を補う可能性を秘めた技術を無視することはできない」

 トロイエ市長は、地熱発電技術が進歩した今、再び試みる価値はあると考えている。推進側は今年、地元の支持を得るためプロジェクトの説明会を行った。

 「全員に納得してもらうことが不可能なことは分かっているが、過半数の賛成は必要だ。住民の懸念を真剣に受け止めていること、プロジェクトに伴うリスクを最小化する努力をしていることを理解してもらわなければならない」とジングさんも語る。

 認可の手続きはまだ始まったばかりだが、市長によると、これまでのところ公式に反対している人はいない。またゲオ・エネルギー・スイス社は、認可が下りた場合、各段階において特別なモニタリングを実施することを約束している。

 今のところ、スイスで地熱発電に表立って反対する声はほとんどない。意見の相違はむしろ、どの再生エネルギーに国の助成金や支援を提供するべきかという点に集中している。

未熟さ

 理論的には、EGSはスイスに最適の技術のように見える。ほぼどこででも利用できるからだ。地中にある熱水を利用する、EGSよりも簡単な別の方法を用いたプロジェクトは他にも行われてきた。最近ではザンクト・ガレンの例がある。しかし、スイスの地中について詳しい情報が不足しているため、この方法ではうまくいくかいかないかは賭けのようなものだ。

 「地中に何があるかは、ほとんど分かっていない。3千メートルもの深さまで掘削された地点は非常に少ない。数万平方キロの広さに例えばたった10カ所しかないとすると、これは非常に少ない数だ」と、連邦エネルギー省エネルギー局のグンター・ジディキさんは話す。

 ジングさんによると、この問題はEGSで克服でき、技術が十分に発達すれば、エネギーが最も必要とされている高原部のジュネーブとザンクト・ガレン間の地域にも施設を建設できるそうだ。

 連邦政府の計画では、2050年までに電力全体でかなりの割合を占める可能性のある再生エネルギー源の一つとして地熱エネルギーが位置づけられている。ジディキさんは、EGSは重要な役割を果たせると言う。

 しかし、太陽光や風力と違って、地熱の真の可能性にはまだ大きな疑問符がついている。スイス国内には実際に機能している地熱発電所は一つもないからだ。

 EGSシステムが現在試験的に行われている国はスイスの他、フランス、ドイツ、オランダ、日本、アメリカ、オーストラリアの6カ国だが、技術的な問題で試験は難航している。現時点で商業利用されているのはオランダとドイツの2カ所の施設のみだ。

自然発生的な地熱システムは「ハイドロサーマル方式(Hydrothermal System)」と呼ばれる。熱、液体、深層部の透水性が三つの主要要素だ。

EGSでは、高温の岩盤は存在するが自然の透水性や液体飽和が不足しているか少ない場合に、人工の貯水池を作る。周到に管理された条件下で液体が地下に注入され、それにより既に存在していた亀裂が再び開いて透水性が生じる。

透水性が増すと、破砕された岩盤の中を液体が巡ることができるようになり、熱が地表に運ばれて発電につながる。

出典:米国エネルギー省

費用の問題

 ジディキさんによると、地熱発電開発を妨げる可能性のある要素として、費用の問題もある。特に、このような施設が利益を出せるかどうかまだ分かっていないからだ。

 「例えば掘削費用を下げたり、熱を電力に変換する効率を上げたりするために、研究に多大な投資をしなければならない」

 地熱発電プロジェクトの推進側は、今のところ自力でやりくりすることを強いられている。アヴァンシュの地元当局からは支援が得られているものの、ゲオ・エネルギー社は公的資金を全く受けていない。

「基礎自治体も州も全くお金を出していない」。この技術で利益が上がることをまず株主の負担で証明してからでなければ、財政支援は期待できないとジングさんは話す。

 経済的なリスクという苦しみはある程度軽減されるかもしれない。連邦政府の新エネルギー戦略が承認されれば、プロジェクトが期待した利益を挙げられなかった場合、連邦政府が掘削費用の最大6割まで負担する可能性がある。

 現在、発電所のコストは1キロワット当たり2万フランだが、エネルギーの専門家は、やがて8千フランまで下がるだろうと予測している。たとえそうであっても、連邦政府の設定した目標を達成するには電力各社は何十億フランもの投資が必要となるだろう。

 しかしジディキさんによると、地熱発電のプロジェクトはまだ技術が開発途上にあるため、かつて太陽エネルギーが推進されていたときのように、特別に高い電気料金を請求することができる。そこから利益を得られる可能性も残っている。

(英語からの翻訳 西田英恵)

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