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冷戦 「スイス民間防衛」日本で売れ続ける理由

デモ

1969年12月、スイス連邦政府の「民間防衛」に反対する抗議デモがジュネーブで起こった。分離主義者や平和主義者を敵側勢力に近しい存在として取り上げたこの冊子は大きな批判を呼んだ

(Keystone)

冷戦期、スイス連邦政府は有事の際の備えを説いたハンドブック「民間防衛」を各家庭に配った。今や歴史の遺物と化し、存在すら忘れられたこの冊子が、意外な場所で売れ続けている。それは日本だ。

「Zivilverteidigung(民間防衛)」は1969年9月、連邦内閣の委託を受け、司法警察省がスイス国内の全世帯に無料配布した。その目的は主に2つ。国民に武力攻撃から身を守る備えをさせること。そしてもう1つは、国内に潜む共産勢力への警戒を高めることだった。

日本語編集部のツイッターに寄せられた質問

「日本でも販売されているスイスの危機管理マニュアル本『民間防衛 スイス政府編』についてとても気になっています」(鳥猫)

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しかし、そのころ冷戦は緊張緩和、いわゆるデタントの時代に突入していた。このためハンドブックは強い反発を食らう。抗議活動が起き、軍事パレードにハンドブックが投げ込まれ、果ては路上で焼かれた。

暴動が起きた理由は、政治的に敵対する勢力を「民主主義の破壊分子」とした描写にあった。ハンドブックは平和主義者を含むあらゆる批判勢力を、ソビエト軍の侵入を許す赤じゅうたんだと決めつけた。

冷戦 「民間防衛」時代を間違えた危機管理マニュアル

有事に備える危機管理マニュアル「民間防衛」がスイスの全家庭に配られたのは、今から50年前。冷戦時の反共産主義を機に生まれたハンドブックは、一部国民の激しい怒りを呼んだ。1969年に出版された当時、スイス社会はすでに劇的に変化していたからだ。

ハンドブックに敵視された人々以外は、その小冊子を笑いものにした。原子爆弾への備えを説いた部分は1960年代後半の社会には浅はかに映り「軍事的な稚拙さ」とこきおろされた。

「民間防衛」はスイス国内では、冷戦への風刺文学として扱われるようになった。だが日本では異なる地位を確立させた。

この記事は、シリーズ「冷戦時のスイス」の一部です。swissinfo.chは、東西対立のさなかのスイスを様々な視点で取り上げます。スイスは中立の立場を取りましたが、政治的には西側ブロックに組みこまれていました。

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1970年に日本語版

ハンドブックにも挟まれていた政府発行の雑誌「Zivilschutz他のサイトへ(民間救護)」は1971年、侮蔑と誇りが入り混じったこんな報告を載せている。笑いものになったハンドブックが「極東から予期せぬ支援」を受けたという内容だ。

日本では1970年、「民間防衛」の翻訳版が原書房他のサイトへ(東京都)から出版された。

民間防衛の本

日本で翻訳・出版された書籍(左)とスイス連邦政府が各家庭に配った原書

(swissinfo.ch)

同社の成瀬雅人社長によると、翻訳したのは日本の若手官僚たちだった。官僚たちは私的な勉強会を開き、テキストを自ら翻訳。内容はもとより、構成、レイアウト、挿絵もすべて原書を忠実に再現し、ルートヴィヒ・フォン・モース司法警察相の序文も掲載した。

1960年代の日本は激動の時代にあった。冷戦に加え、安保闘争や学生運動が起こった時期だ。海外事情に詳しい官僚たちがこのハンドブックに目を付けたのも、自己防衛への関心を喚起したいという思いからだったという。

「Zivilschutz」の1971年の号でも、自国のハンドブックのおかげで日本人が初めて「緊急備蓄の概念」と出会ったと誇らしげに指摘している。

ただ当時の政治的状況から「防衛と名の付くものは敬遠された」(成瀬氏)といい、出版社探しは難航。結局、戦争関連の資料を主に扱っていた原書房が引き受け、3千部を刷って出版した。

「Zivilschutz」は「列島全体が大きな関心を寄せている」と自画自賛したが、実際はそうでもなかったようだ。成瀬氏は「当初はそれほど売れたわけではない。ただ、関心を寄せる人はいた」と振り返る。

本の中身

日本語版は、文章はもとよりレイアウトや挿絵も原書を忠実に再現している

(swissinfo.ch)

しかし、1970年代に入ると、日本でスイス軍と民間防衛に対する注目が高まった。スイスの武装中立、国民皆兵の概念が関心を呼んだのだ。保守的な経済界や自衛隊の支持者たちは、スイスを防衛力に優れた「ハリネズミ国家」だと理想化し、もてはやした。

このイメージのあり方もまた、批判を浴びた。スイスに詳しい歴史学者の森田安一氏は「民間防衛」の本を「ショッキングなものだった」と指摘する。森田氏は、平和なスイスのイメージが日本の軍国化に利用されるのではと危惧したという。

自然災害の備えに

日本語版の「民間防衛」に大きな転機が訪れたのは、1995年1月17日の阪神・淡路大震災だ。

兵庫県淡路島を震源としたマグニチュード7.3の大地震は、住宅約25万棟が全半壊、6434人が犠牲になった。戦後初の大都市直下型の地震で、住まいやライフライン、道路・鉄道などにも大きな被害が出た。

阪神大震災

阪神・淡路大震災では交通インフラにも甚大な被害が出た

(Keystone / Koji Sasahara)

その時、テレビ番組で防災のヒントに「民間防衛」の本を紹介したのが、ジャーナリストの木村太郎氏だった。視聴者から注文が数多く寄せられ、原書房は在庫切れだった本を緊急重版したという。イラク戦争が起こった2003年には、新装版他のサイトへを出版した。

「有事への備え」に「災害への備え」が購買理由に加わったのも、ちょうどそのころからだ。北朝鮮のミサイル問題はもちろん、2007年の新潟県中越沖地震、2011年の東日本大震災、福島原発事故など大きな地震や大災害が起こるたび、インターネットの口コミで再び注目が集まり、売れ行きが伸びるー。そんなサイクルが確立した。

「東京版」は720万世帯に配布

東京都もまた、「民間防衛」のアイデアを踏襲した災害対策マニュアル「東京防災他のサイトへ」を2015年に作成。都内720万世帯に無料で配布した。

東京防災

「東京防災」の表紙

(©Tokyo Metropolitan Government)

当時都知事だった舛添要一他のサイトへ氏はパリ大学留学から帰国した1976年頃に、ハンドブックの存在を知った。都にはそれまで全戸配布型の防災マニュアルはなく「東日本大震災など災害が多発していたため、都民の命を守るマニュアルを無償配布することが有益だと感じた。そこでスイスの『民間防衛』の東京版を作れと役所に指示した」と振り返る。

「東京防災」は主に災害が起こった際の身の守り方、負傷者の手当て、簡易トイレの作り方などを図入りで詳しく紹介。家族の人数に応じた備蓄品の量にも触れている。テロや武力攻撃が起こった際の対応も指南している。

ただ、スイス版で重きが置かれた「内敵の脅威」は、東京版にはない。

備蓄

備蓄品をどれだけ用意しておいたらいいか、詳しく解説されている(写真は英語版のもの)

(©Tokyo Metropolitan Government)

都外在住者向けには130円(税抜き)で冊子を販売し、これまでに約62万部が売れたという。アプリと電子書籍他のサイトへ(いずれも無料)のほか、英語他のサイトへ、中国語、韓国語版も作られた。都の担当者は「他の自治体や企業からも、防災マニュアル作成に活用したいと要望が来ている」と話す。

ロングセラー

日本語版の「民間防衛」は安全保障上の脅威にとどまらず、災害への備えというスイス版が想定しなかった目的でも価値が見いだされ、15万部を売り上げる静かなロングセラーになった。

成瀬氏は「1970年の初版と内容は一文字も変わっておらず、表現に固い部分はある。だが、自らの身を守る上で大切な本質が書いてあるからこそ、今もなお読み継がれているのだと思う」と話している。

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