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命の尊厳 台湾の有名司会者がスイスで安楽死 その後台湾で起こった大きな運動とは

フーさん

台湾のスポーツキャスターで有名テレビ司会者、傅達仁(フー・ダーレン)さん

(Image from Frank Fu's Facebook page)

台湾のスポーツキャスターで有名テレビ司会者、傅達仁(フー・ダーレン)さんは、スイスの自殺ほう助機関のサービスを受け「安楽死」をした初めてのアジア人だ。台湾ではこの春、自殺ほう助の合法化を国民投票で実現しようという動きが起こったが、有権者の支持を得られなかった。だが関係者はあきらめてはいない。

傅さんは末期のすい臓がんを患っていた。適切な治療法を求め台湾、中国、日本を長い間行き来したが、痛みに耐えられなくなり、何度かスイスの自殺ほう助団体「ディグニタス他のサイトへ」を訪問した。ディグニタスは外国人が世界で唯一、合法的に安楽死できる機関だったからだ。

アジアからの初の安楽死ツーリスト

スイスには毎年、その美しい景観を一目見ようと数百万人の観光客が訪れる。だが、その中には特別な目的を持った人たちがいる。自然の美しさを見たいのではなく、自殺ほう助団体の助けを借りて安楽死したいという人たちだ。「自殺ツーリズム」、ぞっとするような言葉だが、スイスにはそれが実際存在している。

アジア諸国で、治る見込みのない病に侵された患者たちは、みな厄介な状況に直面する。医療機関であろうと患者の親族であろうと、モラルの重圧にとらわれて自殺を手助けしないし、あるいはその法的リスクを冒そうという人はいない。

アジアに広がる道徳倫理と伝統的な敬虔さによって、自殺ほう助は初めからタブー視されている。末期患者の場合、治療方針の決定や患者の意志は通常、家族に引き継がれるか、家族が代弁する。

息子の傅俊豪(フー・ジュンハオ)さんは、父親が安楽死をすると決めたことについて「絶対反対だった。父は自分勝手だと思った」と振り返る。2017年秋、傅さんは安楽死するつもりで初めてスイスの土を踏んだが、同行していた息子の頑固さに根負けし、台湾に戻った。

フーさん

傅達仁(フー・ダーレン)さん。チューリヒで

(Facebook.com)

その後、傅さんの病状は、息子の予想を超えて悪化した。身体は衰弱し、胆汁を吐き、下痢が延々と続く。そして痛みを和らげるため1日4回のモルヒネを投与する生活になった。俊豪さんは「当時の状況はとてもつらいものだった。苦しみながら死を待つ父親の姿を見て、自分は父親に何がしてやれるだろうと思った」。だから「後悔なく逝かせてやれるよう」にと、婚約者と「電撃結婚」をして、家族を持った姿を父親に見せた。

その4カ月後、家族全員が再びスイスへ飛んだ。それから長い延期を経て2018年6月7日、傅さんは「ディグニタス」の用意した薬を飲み、息子の腕の中で息を引き取った。

(下記の映像は、傅さん(右から2人目)の死の直前に撮影された。向かって左側の男性が、息子の俊豪さんだ)

youtube

フーさんのビデオ

「安楽死」を希望するアジア人はどれくらいいる?

傅さんの死は、中国だけでなくアジアで大きな話題になった。

ジャーナリスト、テレビ司会者として有名だった傅さんは、死の直前の2年間、「新たな役割」を自らに課した。安楽死の合法化を訴えるパイオニアとして国民を議論に巻き込み、あらゆる主要メディアに度々出演した。

ここ近年でディグニタスに会員登録するアジア人は急増した。2018年末までで中国人は43人、台湾人は24人、香港人は36人、日本人は25人、韓国人は32人、タイ人は20人、シンガポール人は18人。その2年前と比べると2~6倍だ。

傅さんの死後、息子の俊豪さんのところには、世界中に住むアジア人の末期患者からソーシャルメディアや親戚、知人などを通じ連絡が来た。その内容の多くが、スイスの自殺ほう助団体とコンタクトを取りたい、というものだった。「父と同様、彼らは建物から飛び降りたり、首を吊ったりという品位を汚すような自殺方法は選ばない。それでも病気の苦しみは耐え難いから、最後の頼みの綱であるスイスでの合法的な安楽死を望む」

しかし、誰もが傅さんのように「幸運な死」を迎えられるわけではない。痛みと苦しみに耐えながら死を待つのは時間との闘いだからだ。

俊豪さんは「大半の末期患者は、その病状と健康状態のせいで『時間切れ』になってしまう。私はインターネット上で長い間、ある中国人患者と連絡を取り合っていた。ディグニタスに出した申請がようやく認められ、週末に最後の登録手続きを終わらせればいいというところまで来たのに、彼はそれを待たずに亡くなってしまった」と話す。

それだけではない。「スイスへ来て安楽死したいと望んでいる人はたくさんいるが、数百万台湾元(1650万円相当、複数回の渡航費と宿泊費を含む)と高額な費用がかかるためにそれができない。6、7時間の時差と言語の壁もある。最も厄介なのは、多くの末期患者がディグニタスの事前審査をクリアしても、その身体的状況から長距離飛行に耐えられないことだ」

台湾の「安楽死」合法化を待ち受けるハードル

俊豪さんは、父が果たせなかった思いを叶えようと決心した。2018年6月、俊豪さんは、「死ぬ権利を合法化する国民投票」を実現するための運動を共同で立ち上げた。「これは台湾人の末期患者を煩雑な書類手続きから解放し、また家族が高額な渡航費で破産してしまうのを防ぐのが目的。母国で安らかな死を迎えられる基本的人権は法律で保護されるべきだ」

俊豪さんらが目指す台湾の自殺ほう助は「スイス式」を踏襲している。例えば、自殺ほう助が認められるのは20歳以上に限られ、それも治癒の見込みがなく、痛みを緩和できる方法もない人が対象。また、患者本人の意志がはっきりしていること、自由意志であることを、医療の専門家が証明しなければならない。

しかし俊豪さんは台湾の現状を鑑み、同じ状況の患者全員が等しく同じ恩恵を受けられるわけではないと付け加える。

「借金逃れや金銭目的の殺人に悪用されることを防ぐため、私たちは文書の中でこの点を明確にしている。自殺ほう助を申請する人は税金滞納者、債務者であってはならない。あとに残される家族や社会に負担をかけないよう、保険資産も確認が必要だ」

台湾の「安楽死」合法化を支持しているのは誰?

台湾の自殺ほう助合法化を目指すイニシアチブは、今年2月末までに5万筆の署名を集めたが、国民投票に必要な28万筆には至らず、明らかな失敗となった。

「主な理由は、アジア人の間では死の議論はタブーだということ。署名の90%が深刻な痛みに苦しむ末期患者、またはそのような患者の家族だった。またアジア社会はその伝統教育に『死の計画』の概念がない。このため若者の間における自殺ほう助の評判は非常に低い」

傅さんは死の直前、自殺ほう助の合法化運動に深く関わり、蔡英文大統領との会談にも招待された。しかし政治レベルでは十分な支持が得られなかった。

台湾の政治レベルでは今年1月6日、「患者の自己決定に関する法律」が施行された。より温和な「自殺ほう助の代替プログラム」だ。

この法律は、患者に自由な死の選択を認め、健全な判断能力を持つと医学的に証明された20歳以上の患者が「延命を目的とした医療行為の拒否」に署名できるというもの。一度署名した人は、将来植物状態になるか精神的能力を著しく失う、または特殊な臨床ケースの場合、医療機関は患者の意志に従い、それ以上の治療を行わない、あるいは延命治療を行わない。それを理由に訴追されることもなくなる。

スイスのディグニタスは、台湾の 「患者の自己決定に関する法律」を称賛した。「台湾はアジアで初めて、患者が不治の病を抱えていなくても、特殊な臨床ケースにおいて、延命措置や人工栄養の投与などを拒否できるようになった」と述べた。

この新しい法律によって患者の「決定の自由」は大きく前進したが、俊豪さんは「安らかな最期」にはまだほど遠いと話す。患者はそれでもまだ「苦痛で死ぬ」ことから逃れられず「自殺ほう助」とは全く違うものだからだという。

「延命措置をしないことが、死の前の苦しみの軽減を意味するのではない。患者、病気にそれぞれ個人差はあり、死ぬ直前の数分だけ苦しむ人もいれば、それが数時間、数日、数カ月続く人もいる。そうした人たちに、防げる痛みにあえて耐えるのか、それともそれ以外の方法がいいのか自由に選べる環境を与える、それが自殺ほう助だ」

台湾の自殺ほう助合法化運動は、有権者の十分な支持が集まらず、国民投票に至らなかった。だが俊豪さんは望みを捨てていない。ソーシャルメディアなどを活用して自殺ほう助の認知度を広め、今後有権者となる台湾の若者の理解を取り付けられたらと期待している。

自殺ほう助の合法化を目指した父親は、道半ばでこの世を去った。その後を引き継いだ息子を待ち受ける道のりは長く、そして険しい。

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息子の映像


(独語からの翻訳・宇田薫)

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