ナビゲーション

ナビゲーションへ

グローバルメニュー

国王一家とスイス タイ国王がスイスで過ごした幼少期

ローザンヌ湖畔を歩くタイのロイヤル・ファミリー

1960年夏、ローザンヌ湖畔を歩くタイの国王一家。ワチラロンコン国王は、当時通っていたローザンヌの学校の学生帽をかぶっている

(Archive Yves Debraine)

タイのワチラロンコン国王(66)の戴冠式が4日から、3日間の日程で行われた。26歳年下の元客室乗務員と4度目の結婚をしたことでも話題になった国王は、幼少期の1960年~61年、両親と姉妹と共に、スイス西部のレマン湖沿いにあるピュイドゥー・シェーブルで暮らした。

冒頭の写真は1960年夏、ローザンヌのレマン湖畔にあるウッシー城近くで撮影された。当時8歳だったワチラロンコン国王の手を取り、先頭を歩くのはシリキット王妃だ。国王はネクタイを付け、ローザンヌで通っていた学校の帽子を被り、カメラのレンズにおびえるかのように、まっすぐ前を見て歩いている。

戴冠式が行われるのは69年ぶり。ワチラロンコン国王は2016年10月、プミポン国王の死去に伴い、1782年から続くチャクリー王朝第10代の国王ラーマ10世として即位。ただ服喪期間などのため、戴冠式はこれまで行われていなかった。

戴冠式に伴い、2日~6日は15万人の人出が予想される。王室は来場者に食べ物や飲料水をふるまう。

ワチラロンコン国王と新王妃のスティダーさん

ワチラロンコン国王は戴冠式を目前に控えた今月1日、元客室乗務員のスティダーさん(写真左の女性)と結婚式を挙げ、新王妃に迎えた

(Bureau of the Royal Household / The Associated Press / Keystone)

国王一家とスイスの関係

父プミポン国王の戴冠式が行われたのは1950年5月5日。実兄のアーナンタ国王が1946年に不審死したため、ラーマ9世として23歳で即位した。アーナンタ国王が暗殺されたのか自殺だったのかは不明のままだ。プミポン国王とアーナンタ国王は共にスイスのフランス語圏にある私立学校(Ecole Nouvelle de la Suisse Romande)に通い、その後、ローザンヌ大学に進学した。

プミポン国王の即位から約1年後の1951年4月5日、シリキット王妃との間に長女ウボンラット王女が誕生。プミポン国王は王妃が出産したローザンヌに再び戻った。

写真でしのぶプミポン国王 プミポン国王がスイスで過ごした若き日々

タイのプミポン国王はその幼少期・青年期をスイスで過ごした。幼少期や1960年代のスイス公式訪問の際の写真で国王の若き日々を振り返る。

国王一家は同年11月まで、レマン湖沿いにある街ピュリーの邸宅に滞在した。邸宅は現在取り壊されている。

そして1960年7月、子供が4人に増えた国王一家は再びレマン湖沿いに戻ってきた。一家はブドウ畑で有名なラヴォ―地区のピュイドゥー・シェーブルに立つ邸宅を借りた。

その年のクリスマスをスイスで過ごし、1961年1月、レマン湖沿いで過ごした「心に残る思い出」と共に国王一家はタイへと戻った。


(英語からの翻訳・大野瑠衣子)

Neuer Inhalt

Horizontal Line


Teaser Longform The citizens' meeting

Teaser Longform The citizens' meeting

公式アカウントはじめました

subscription form

ニュースレターにご登録いただいた方に毎週、トップ記事を無料で配信しています。こちらからご登録ください。

ニュースレターにご登録いただいた方に毎週、トップ記事を無料で配信しています。こちらからご登録ください。