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アルプス地域が望むのは静けさか、人けか

最高の立地条件に建つモダンで快適なシャレー。だが、利用される時間は少ない swissinfo.ch

「際限のない別荘建設」に歯止めをかけるイニシアチブが2012年春に可決され、観光地域では建設業界の胸算用が大きく崩れた。土地の雰囲気も陰り気味だ。だが、この問題に関する意見はさまざま。ヴァリス/ヴァレー州のラウハルンアルプを訪ねた。

 レッチェンタール(Lötschental)を約2千メートルの高さから見下ろす高原。冬にはロープウェイか、徒歩でしか行くことができない。狭い山道は夏の間も一般の人の通行が禁止されている。自家用車で別荘に行く人は自治体の許可が必要だ。

 6月末の平日、太陽の光がさんさんと降り注ぐ高原は比較的静かだ。建設現場からトラックが1台、谷に向かって走り去る。電気技師も2人、業務用の車に急ぐ。記者の質問に答える時間はない。あるいは、答えたくないのかもしれない。

 ここ数年間、この高原では初夏になるとすでに5、6カ所で工事が始まっていた。今は1本のクレーンが建つのみ。だが見渡せば、貸別荘、ホテル、レストラン、山岳鉄道の施設など、約200軒のシャレー(山小屋風の別荘)が高原全体を埋めている。50年前には、ポツポツとまばらに建つ家畜小屋や倉庫が、牧人と家畜に休息の場所を提供していたところだ。

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死活問題

 ラウハルンアルプ(Lauchernalp)では、シャレーなどの建設がほとんど行われなくなった。自治体周辺の問題を話し合う「谷議会」のベアート・リーダー議長は、建築主が将来に不安を抱いているためだと言う。「この分野での法的安定性は完全に失われてしまった」

 リーダー議長から見れば、これは死活問題だ。「別荘イニシアチブが最後のとどめとなった地域がいくつかある。2年もすれば、谷にある村でどれだけの職場が失われたか、地元産業が果たして生き残っていけるのかが分かるはずだ」

 この谷はわずか数週間しか続かない冬の観光業で食べている。そして、観光業のほとんどがこの高原に集中している。「ラウハルンアルプの別荘やロープウェイは地域経済の原動機だ」。また、高原全体の9割は自然保護区域に指定されている。「スイス国民全体のためだ。と言っても、国民はそれで生計を立てなくてもよいが」とリーダー議長は強調する。

 「ラウハルンアルプにある耕地の持ち主はUBSでもクレディ・スイスでもないし、ツークやチューリヒ、ジュネーブに住む億万長者でもない。ほとんどが地元一族のものだ。その土地をうまくやりくりして生活している」。そのため村には、落胆どころか憤慨している人もいるという。

巨大なインフラ

 だが、別荘建設に賛同する人ばかりでもない。「レッチェンタールでは、イニシアチブ反対が10人に9人を占めた。特に別荘を持つ人の中から批判的な声が上がっている」と言うのは、生まれも育ちもレッチェンタールのカール・マイヤーさんだ。ラウハルンアルプの利益団体の会長を務め、不動産代理店を経営し、高原にシャレーを1軒持っている。

 シャレーはいったん建てられたら、貸し出さない限りほとんど収入をもたらさない。「せいぜい持ち主が山岳鉄道のシーズン用定期を買い、たまに地域で採れた農産物を買うくらい。缶詰や冷凍食品はディスカウントショップで買って持ってくる」とマイヤーさん。「年に1、2週間しか滞在しない人もいる。それもよりによってハイシーズンのクリスマス辺りに」

 そのため高原には巨大なインフラも整っている。これが本当に必要になるのは、1年のうち数日間だけだ。「ゲレンデに雪を降らせるために多量の水が必要な今の時代、給水設備だけをとっても自治体には非常に大きな負担だ。また下水処理場の建設や維持、電力供給、道路、駐車場などの設備も欠かせない」

「際限のない別荘建設に反対するイニシアチブ」の内容を実現するための法案で、政府は山岳地域にある州の希望に歩み寄った。自宅として使われている、住居に対する別荘の比率が2割を超えている自治体では別荘建設が禁止されたが、政府は以下のような例外を提案。

観光客に貸し出す別荘は今後も建設可能。ホテル経営に似た構想を立て、短期の宿泊客用として利用する。長期の賃貸は禁止。

一戸建てではなく分譲での別荘建設を認める。その場合は、スイス国外も対象にして賃貸広告を出さなければならない。

地元の人が自分で使用する住宅を新築する場合、そこに賃貸用の部屋を作って収入を得ることも可能。

山岳地域の州は基本的にこの案を歓迎しているが、イニシアチブ支持派は落胆を隠せない。環境保護活動家フランツ・ウェバーさんの娘ヴェラさんは次のように話している。「この法案は遮断物の役目を果たしているが、穴が開き過ぎていて遮断しきれない」

(出典:スイス通信社)

空っぽの家

 ここが静かなのは建設が途切れているからというだけではない。訪れる人もあまりいないのだ。その数少ない人の中に、チューリヒ州に住むシュナイダーさん夫妻がいる。2人のシャレーは集落の外れ、小川の河床に近い尾根に建っている。ラウハルンアルプで余暇を過ごし始めて45年。「夏には3カ月くらいここで過ごすこともある」と言う。最初の頃にこの高原に別荘を買った人たちだ。

 年金生活を送る夫妻は、インフラが拡大されたことを高く評価している。これらの設備がなければ、高齢者の生活は大変だ。2人はまた、自治体が行っている地域開発や景観保護も褒める。

 シャレー「ビルクリ」の女性所有者は東スイスからやってきた。大きな別荘の周辺に茂る草を刈るためだ。「シャレーは貸さず自分で使うだけ」。平均して月に1回、数日間をここで過ごす。

 「1年前の投票では、実はノーを入れた」。別荘イニシアチブについて意見を聞くと、少し戸惑ってそう答えた。このシャレーの前にはもう一軒建てられるほどの空き地があり、そこに家が建てば太陽を遮らないまでも見晴らしは少し悪くなりそうだ。そう分かっていても、「自分で家を買っておいて、他の別荘の建設に反対することなんてできない」と言う。

「もう十分!」

 だが当然、シャレーの持ち主が全員、このような考え方をしているわけではない。ベルン州ミュンジンゲンに住むハフナー夫妻は別荘で庭仕事を終え、ベランダで一休みしているところだった。太陽の光と、ユネスコ世界遺産に登録されている標高4千メートル近いビエッチホルンの眺めを楽しんでいるようだ。2人は別荘イニシアチブに賛成票を入れた。「もう別荘は十分建っているからだ」

 ハフナー夫妻は1年のうち4カ月から6カ月、子どもや孫とともにこのシャレーで過ごす。30年前に購入したときは「電気も舗装道路もなかった。お隣さんだって10軒もあったかどうか」と哀愁を交えながら当時を思い起こす。その後、雨後のたけのこのごとく別荘が建った。「今では冬のシーズン以外、ほとんど死に絶えた村になってしまった」

(独語からの翻訳 小山千早)

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