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春の遠足 地獄の洞窟へ!

天井からぶら下がる鍾乳石。 swissinfo.ch

4月16日はチューリヒ市の伝統的な春祭り「ゼクセロイテン(Sechseläuten)」でした。まず、チューリヒのギルド(職人組合)によるパレードがあり、その後、午後6時(Sechs/ゼクス)の鐘の音(Läuten/ロイテン)とともに高さ13メートルの薪の山の上に立つスノーマン「ベーグ(Böögg)」を燃やし、春の到来を祝います。ベーグの体内にはあちこちに爆薬が仕掛けられており、点火後ベーグの頭が早く爆発するほどその年の夏の天候が良いと言われています。今年は雨模様でしたが12分7秒と意外にも好結果だったようで、カラッとした夏らしい夏になるとのことです。

 こうして春の到来を祝ったものの、4月に入ってからは春らしさとはほど遠い肌寒い日が続いています。街路樹や道端に咲く花は枝葉を十分に伸ばしきれず太陽を恋しがっているように見えます。それでも冬期休業していた観光地は営業を再開し、雪がすっかり解けた山道を散歩できるようになりました。今回訪れたツーク州にあるバール洞窟(Höllgrotten Baar)もそうした観光スポットの一つです。

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 1863年に発見されたこの鍾乳洞は、洞窟内の様子に悪魔的な力を感じた人びとによって地獄(Höll) の洞窟 (Grotten)と名付けられたそうです。現在は上部と下部の2つの洞窟を見学することができます。足を止めて耳を澄ませばポトッポトッと滴り落ちる水の音が洞窟内に響き、美しくライトアップされた乳白色の鍾乳石には魔力よりも癒しの力を感じてしまいます。

 普通、鍾乳洞は雨水が石灰岩を溶かして何万年もの歳月をかけて形成されますが、このバール洞窟は約3000年間という短時間で出来上がった鍾乳洞です。今から約1万8000年前の氷河期後期、氷河からの川が深い渓谷を形成しました。ここに石灰質の水が流れ込み、8500年前から5500年前までの間に高さ30メートル、幅200メートル、奥行き50メートルのトゥファ(石灰華)の小山が形成されました。この小山の脇を流れる川が小山の底辺部を少しずつ浸食することで凹みができ、しまいにはこの凹みが石灰に覆われた木の根っこや苔によって塞がれて洞窟が出来上がったのだそうです。

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 上部の洞窟では、天井から下に伸びた鍾乳石と床から上に成長した石筍(せきじゅん)が連結した石柱を見られるほか、スクリーンに見立てた壁に当てられたられた照明が水の音に合わせて色を変えるという視聴覚効果を狙った演出もあります。下部の洞窟にはいくつかの池があり、ワニや亀や蜂の巣の形をした大きな石などが見られます。ワニの写真を見るとお分かりになると思いますが、下の方がぶどうの粒のように丸くボコボコしていて、上の方はツルンとしています。これは、水面を隔てて水中と水上で石の形成のされ方が違うということだそうで、これには驚いてしまいました。

 ところで、この一帯を流れる水はチューリヒ市の飲み水になるそうです。以前市内に住んでいたときに「スイスの水はカルキが多いな」と思ったのも、こういう理由からだったのだと鍾乳洞を見て納得しました。鍾乳洞の見学後は森の中を散歩することもできますし、川岸に設置された木製のベンチに座りながらたき火をしてバーベキューを楽しむこともできます。

 寒く長い冬が終わり、解放感に溢れた季節が始まろうとしています。戸外に出て大きく深呼吸するだけでも体のすみずみに力がみなぎるようです。そして、いつもと違うものを見たいと思ったら、バール洞窟に限らず近くの鍾乳洞を訪れてみてはどうでしょう。悠久の時の中で自然が生み出した造形美に包まれて、一滴の重みを感じるというのもいいものです。

中村クネヒト友紀

2007年にスイスに移住。現在ドイツ人の夫と2歳の長女と共にチューリヒ州に暮らす。職業、翻訳者。趣味は染織、キャンプ、山歩き。近頃は子どもを通じてスイス人と知り合う機会が増えて嬉しいものの、スイスドイツ語には悪戦苦闘中。

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SWI swissinfo.ch スイス公共放送協会の国際部

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