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最高の時計修理師を目指す元自衛隊員




いつか、ジュネーブのパテック・フィリップで仕事をしたいという熱い思いをもつ上田さん (swissinfo.ch)

いつか、ジュネーブのパテック・フィリップで仕事をしたいという熱い思いをもつ上田さん

(swissinfo.ch)

ジュネーブの高級時計の老舗、「パテック・フィリップ」で研修を受ける日本人、上田恭史 ( やすふみ ) さん ( 31歳 ) に話を聞いた。

「実は自衛隊で飛行機の整備をしていた」と語る上田さん。今は機械がコンパクトに収まる時計の整備師。自衛隊で鍛えた筋肉質の身体をしっかり保ち、器用そうな指先でスイスの高級時計を修理する。

アフターサービスを専門に

 機械式時計の世界トップ3の一つといわれるパテック・フィリップ ( Patek Philippe ) 。ジュネーブで1839年に誕生したこの老舗は、最低価格で120万円の高級時計を製造する。日本では「お金持ちか時計を本当に分かっている人しか知らないブランド」だ。

 時計の心臓部であるムーブメントのみならず、ほぼ99%を自社製造し、オーナーであるスターン家が代々守り続けてきた手作りの伝統や、ヴィクトリア女王を始めとする世界の名士が購入してきたという名声などにおいて、「世界一の高級時計」を誇るメーカーだ。

 上田さんは、このパテック・フィリップのジュネーブ本社で、現在4週間の研修を受けている。社員およそ20人でパテックの時計のアフターサービスだけを専門にする「パテック・フィリップ・ジャパン」から派遣されてきた。
 「故障した時計をほかに出されて、パテックの伝統と違う方法で修理されたら、後でこんなものかと評価が下がるのを恐れるし、またパテックと違うパーツを使われると支障をきたしてしまう」
 という理由で、パテックは世界各地に同様の修理専門の支社を持つ。

確実な技術と向上心

 今回上田さんが目指しているのは、「正式にパテックの時計に触って修理してよい」という許可書「レベル2」。いわば登竜門の取得だ。パテック・フィリップ・ジャパンに入社して一年半。「レベル2」を取れる腕になり、ジュネーブで試験を受ける資格があると日本の上司から認められ、派遣された。

 ロンドン、フランス、シンガポールから来た受験者3人と一緒に、研修の最後に行われる試験に向け、毎日研鑽 ( けんさん ) を積む。
 「調整ポイントが多いので戸惑うところもあるが、がんばっている。多分合格できるのではないか」
 と自己評価する。

 今回上田さんを指導するトレーナーのルカ・ソプラナさんも
 「上田は非常に高いレベルにある。東京で彼を指導している上司の技術が非常に高いので、それは疑う余地のないことだが。正確さにおいて優れており、確実な技術を持つ。これは日本人の時計修理師全般に言えることだが」
 と微笑む。また、向上しようという意欲に溢れていて素晴らしいと褒める。

 ところで、今回たとえレベル2を取得しても、複雑時計なども修理できるレベル3の試験までには数年かかるという。では、レベル3を持っているとパテック・フィリップのあらゆる時計を修理できるかというとそうでもないらしい。
 「パテックの最高級時計は、プラチナとローズ、ホワイト、イエローの3種類のゴールドでできた限定版ポケットウオッチだが、この販売価格20億円の最高時計は、たとえ故障してもジュネーブ本社でないと絶対に触れない。だいたい、高級複雑時計は基本的に本社扱いだ」
 という。

新しい世界を発見

 上田さんは奈良県の宇陀市に生まれた。夏には近くの川で毎日泳ぐ少年時代を送る。泳ぐのも得意だったが、何しろ機械が好きだった。自転車、置時計なんでも分解した。警察官の父親に同じ道を進められたが、機械が好きで、自衛隊に入隊。飛行機「C-130 Hハーキュリー」の油圧整備員になった。

 転機は、自衛隊の海外派遣先クウェートだった。
「たまたま時計店に入ったら、時計の分解と組み立ての映像が流れていた。思わず足が止まり、これは楽しそうな仕事だと思った。こんな世界があるのを初めて知った」
 と語る。小さな器の中に複雑な機能を持つムーブメントがなぜすべて収まるのだろうかと、純粋に不思議に思い、それを知りたかったという。

 自衛隊では7年目に昇級試験があり、合格するとほぼ定年まで油圧整備員を続けることになるが、それが良いのか迷っている時期でもあったという。

 方向転換を決めてからは、まっしぐらだった。宝石、靴、カバン、時計製造などの専門学校「ヒコ・みづのジュエリーカレッジ」の時計コースに3年間在籍し、卒業ではおよそ100人の中から一番に選ばれ、「パテック・フィリップ賞」を貰って、ジュネーブに2週間の研修に来たこともある。

 「方向転換をして本当に良かったと思っている。やりたかった好きな道に進めて幸せに感じている。そして将来はジュネーブの本社で働きたい」
 と言う。ただ、本社勤務となると少なくとも20年ぐらいはスイスに滞在するようになるのでは?しかし奈良の両親は最終的に奈良に戻ってくれたら、それまではどこにいてもいいと言ってくれているそうだ。
 
 それに、まずは目前の「レベル2」の試験に向け全身全霊をかけ頑張っている上田さんを、家族が遠く奈良から応援していることだけはまちがいないようだ。
 
里信邦子( さとのぶ くにこ) 、swissinfo.ch

パテック・フィリップ ( Patek Philippe )

1839年、ポーランド出身のアントワンヌ・パテック氏とフランチシェック・チャペック氏が時計会社をジュネーブに創立。
1844年、パテック氏が時計技師アドリアン・フィリップ氏にパリで出会い、同社に誘う。
1851年、チャペック氏が同社を去り、「パテック・フィリップ社」になる。
1932年、スターン家のジャンとシャルル兄弟が「パテック・フィリップ社」を引き継ぐ。以降スターン家が代々社長を務める。
2009年、ティエリー・スターン氏が第4代目の社長に就任。父のフィリップ・スターン氏は名誉会長。

170年の歴史を誇り、家族所有の会社のため、デザインや生産技術において独立した「世界一」の高級時計生産を行うブランドとして時計業界からも認められている。ジュネーブ市の郊外「プラン・レ・ワット ( Plan - les- Ouates ) 」にムーブメント製造や組み立てなどの工場と本社を持つ。市内には「パテック・フィリップ美術館」もある。



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