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スイスが(まだ)核兵器禁止条約に署名しない理由

1966年にフランスが実施したムルロア環礁の核実験
1966年7月2日、フランスは南太平洋の仏領ポリネシア・ムルロア環礁で初の大気圏内核実験を行った Keystone

スイスは、昨夏国連で採択された核兵器禁止条約にまだ署名も批准もしていない。条約支持へのプレッシャーが高まるなか連邦政府の批准手続きがもたつく背景には、スイスの置かれた立場の難しさがある。

 スイスは核兵器禁止条約の準備会合や交渉会議に参加したにもかかわらず条約に署名していない国の一つだ。昨年7月にスイスを含む122カ国の賛成によって採択された同条約には、これまでに57カ国が署名、5カ国が批准した。日本は核保有国が反対していることなどを理由に、条約に参加していない。

 核兵器廃絶を訴える活動家たちは、仮にスイスが条約に署名しない場合、人道分野におけるスイスへの信頼に傷がつくと話している。ジュネーブを拠点とする国際非政府組織(NGO)「核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)外部リンク」のベアトリス・フィン事務局長は最近、フランス語圏のスイス公共放送(RTS)のインタビューの中で 、「もしスイスがこの条約に署名しなければ、人権と軍縮の旗手としてのスイスの地位は疑問視されるだろう。これらの分野における信頼性を損ねることになると思う」と語った。ICANは、核軍縮交渉義務をうたった核不拡散条約(NPT)外部リンク第6条を強化するための核兵器禁止条約の採択に貢献したとして2017年にノーベル平和賞を受賞した。

 スイス連邦議会は核兵器禁止条約の批准を承認するだろうか。社会民主党のカルロ・ソマルーガ議員は可能な限り早急に条約に署名し議会の承認を得るよう連邦内閣に働きかける動議を提出。これを受けて、上下両院ともこの問題を議論する予定だ。

ジュネーブにある国連軍縮会議のサブリナ・ダラフィオール・スイス政府代表部大使
ジュネーブにある国連軍縮会議のサブリナ・ダラフィオール・スイス政府代表部大使 swissinfo.ch

条約に懐疑的な連邦内閣 

 ジュネーブの国連軍縮会議でスイスを代表するサブリナ・ダラフィオール大使は、核兵器禁止条約の署名に関して慎重な姿勢をとる連邦内閣を擁護する。条約に署名するか否かの決定がなされるまでには数カ月かかるだろうと大使は話す。

 大使によると、政府では関係省庁合同のチームがスイス法や(スイスもその締約国である)核不拡散条約に関する文言との整合性を精査。核兵器の禁止が核軍縮を達成するために最良の方法なのかを分析している。

 大使は、スイスが核兵器禁止条約の交渉会議や準備会合に参加したことを挙げ、「スイスも核兵器のない世界を切望し、核兵器の使用が与えうる人道上の壊滅的な影響という条約上の文言を支持する」と訴える。「だからこそ、7月7日、交渉の結果としての条約の採択に賛成した」

 半面、スイス政府はこの条約に対するある種の懐疑的な見方を隠そうとはしていない。「我々は、この条約が本当に核兵器廃絶への一歩になるのか確信が持てない。核保有国が参加していないからだ。我々は核保有国とその同盟国が条約に関わるべきだと確信している。この条約は核保有国と対立するのではなく、共存するべきだ」と大使は主張する。

 だがフィンICAN事務局長にこのような議論は通用しない。「軍縮は長い時間を掛けて実現するものだ。我々は核兵器を全面的に禁止し廃絶することができる。肝心なことは、今それをしようとするのか、核兵器が使われた後にするのか、それだけだ」と事務局長は前出のRTSのインタビューの中で問いかけた。

妥協は困難 

 スイス政府の立場の難しさを強調するのはジュネーブ安全保障政策センター(GCPS)外部リンクのコンサルタント、マーク・フィノー氏。フランスの元外交官で、兵器拡散問題の専門家だ。連邦内閣が時間をかけているのは、核兵器禁止条約の全ての含意を精査するためだと分析し、それは「理にかなっているし、法的にも正当だ」と支持する。だが「スイスが目指す条約の反対国と支持国との橋渡しは、実現不可能なように見える。賛成派であるか反対派であるかにかかわらず、妥協は実際のところ不可能だ」とみる。

 フィノー氏はこうも分析する。核保有国や二国間条約で「核の傘」に守られている国々は核兵器に依存し、核兵器が違法・不法とみなされることは望んでいない。これまでの安全保障条約の在り方が問われることになりかねないからだ。だがそれは少数派で、大多数の国々は核兵器禁止条約を支持している。この二極化はますます強まるとみられ、全ての国は二者択一を迫られている。「スイスも二択を迫られており、妥協的解決を選ぶことは難しいだろう」(フィノー氏)

 実際、条約の採択は核兵器の新たな脅威を認識した結果といえる。

多様化する核の脅威

 今月、ドナルド・トランプ米大統領と北朝鮮の金正恩(キムジョンウン)朝鮮労働党委員長が5月にも首脳会談を開くとの劇的なニュースが報じられた。両者とも朝鮮半島の非核化について交渉の用意があるとの立場だ。ある程度緊張が緩和されているとしても、北朝鮮の危機は明々白々だ。

北朝鮮が自らを米ロ英仏中印、パキスタン、イスラエルに続く9番目の核保有国とみなしているという事実は変わらない。

 核兵器拡散の脅威が遠のいたとは到底言えない。トランプ米大統領が、イランが新たな核保有国となることを防ぐことを目的とするイラン核開発計画に関する国際合意(イラン核合意)から離脱するとの「脅し」をかけ続けているだけになおさらだ。

揺らぐ既存条約

 ダラフィオール・スイス軍縮大使は、核の脅威の別の一面を指摘する。「核兵器の数は減少しているが、性能は高くなっている。いずれの核保有国も核兵器の近代化計画を実施しているからだ」。ここ数年、核兵器に関して軍縮ではなくむしろ軍拡に向かっており、大きな懸念があるという。

 国連のアントニオ・グテーレス事務総長はダラフィオール大使と同様の懸念を持っている。1月18日の大量破壊兵器の不拡散に関する安全保障理事会で、「核兵器問題に対する世界の懸念は、軍事費の拡大と兵器の過剰備蓄という点で、冷戦以来最高レベルに達している」と事務総長は出席者に再認識を促した。スウェーデンのシンクタンク「ストックホルム国際平和研究所(SIPRI)外部リンク」による最新の調査結果外部リンクによれば、兵器の国際取引量は増加している。

 さらに事務総長は米国とロシアを名指しし、「核兵器などの問題に対する信頼は低下するばかりだ」と批判。2021年の新戦略兵器削減条約の失効が迫るなか、「核兵器の備蓄量を減らすための新たな条約交渉にはもはや関心がないように見受けられる」と皮肉った。

軍縮への新たな道

 核兵器禁止条約が適切であろうとなかろうと、核の脅威に対する唯一の解決策だとは言い難い。ジュネーブでは、唯一の多数国間軍縮交渉機関である軍縮会議(CD)外部リンクが、20年の停滞期間を経て、新たな作業計画に合意した。5つの作業部会を設置し、いわゆる「コア・イシュー(核心となる問題)」について合意点を探る。加盟国が前進への意欲を示せば、核の脅威に対する新たな道が開けるかもしれないとの期待が高まっている。

 ダラフィオール大使は「特筆すべきは、この決定がコンセンサスによって採択されたということだ。以前の軍縮会議では考えられなかったことだ」と語る。軍縮会議は核兵器だけではなくその他の兵器も対象とし、「軍備全体としての縮小だ」と希望を託す。

(英語からの翻訳・江藤真理)

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