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ウエティコンの市民運動 「湖岸は市民のもの!」チューリヒのゴールドコーストを巡る住民の戦い

ケッペリさん

ロルフ・ケッペリさんとチューリヒ湖畔の旧化学工場の敷地。ケッペリさんはこの敷地を巡り20年間戦い続け、最終的に勝利を手にした

(swissinfo.ch)

湖沿いはスイスで最も人気があり、なおかつ最も高額な住宅地だ。多くの大富豪が湖岸の私用地に豪邸を建てる夢を実現してきた。しかし湖や川の岸は法律で「公共物」と定められているため、湖岸を巡る「階層闘争」が各地で繰り広げられてきた。チューリヒ湖岸の自治体ウエティコンでは化学工場が湖岸を独占し、住民のロルフ・ケッペリさんは湖岸が市民の所有物だと認めてもらうため20年間戦い続け、その努力がついに実を結んだ。

 争点となったのは、CPHケミー&パピエ・ホールディング(以下CPH)の工場跡地だ。チューリヒ湖岸の広大な敷地には、肥料用や下水処理用の化学薬品が保管されていた。

 そして舞台は湖畔の小さな自治体ウエティコン・アム・ゼー(以下ウエティコン)だ。 

公有地VS私有地

 ギムナジウム(日本の高校に相当)の元教諭ケッペリさんは、この工場が埋立地に建っていることに着目した。つまり元々は湖で、本来は公有地だ。そのため工場の敷地も公有地と見なすことができるはずだと、ケッペリさんは考えた(下の囲み枠を参照)。

 一方、ウエティコンの村議会の見解は当時も現在も異なる。チューリヒ州政府が以前、埋立地を登記簿に記載できると認めたからだ。つまり、埋立地は登記簿への登録により私有地となり、土地の利用者が所有者になれたのだ。そのためウルス・メットラー村長は「この土地は工場の所有物だ」と断言する。 

始めは地元紙

 ケッペリさんが地元紙で記事を4本発表すると「村が大騒ぎになった」という。連載の終了時には村の代表者や工場関係者のほか、住民向けの討論会を主催。「討論会は和やかに終わった」とケッペリさんは振り返る。 

 CPHはすでに当時から製造拠点をスイスから国外に移転させることを検討していたが、この討論会を機にウエッティコンに留まる意志を明らかにした。

工場と村の共生

 それから6年後、CPHは製造部門の一部を国外に移転させたため、敷地に空きスペースができた。そこでCPHは、湖に臨む200戸の住宅建設計画を打ち出した。ウエティコンが位置するチューリヒ湖畔の北側は地価が最高で数百万フラン(数億円)に達し、賃貸物件の家賃も月数千フランに上る。ようこそ、チューリヒの「ゴールドコースト」へ。

 「この点がしゃくに障った」とケッペリさん。「何も代償を払っていない土地で儲けることなどできない」と憤る。 

 一方、村議会は住宅建設計画を一貫して支援した。「少なくとも湖岸の一部を取得するために、当時はそれしか方法がなかった」とメットラー村長は言う。

都合の良い「解雇」

 そしてケッペリさんはこの件について再び調査を始め、地元紙に記事を数回発表した。だが地元紙は、湖畔に高級住宅を建設する計画にあまりにも批判的だと判断し、ケッペリさんと縁を切ることにした。

 皮肉なことに、ケッペリさんはそれを機にさらに多くの読者を手に入れることになった。高い読者数を誇るチューリヒの日刊紙ターゲス・アンツァイガーに採用されたのだ。こうして全国に向けて、自分の村で起きている事態について報告することになった。「記事は中立に書いた」とケッペリさんは強調する。

 当時は記者として中立な立場を取っていたケッペリさんだったが、湖岸の公共化を求める戦いは紙面でのインタビューや分析、事実検証などを通じて大胆に続けていた。

最大規模のタウンミーティング

 CPHが住宅建設計画を進めるには、自治体のタウンミーティング、つまり地元住民の承認を得る必要があった。スイスの地方自治において、地元住民の承認なしではことが進まないからだ。

 2007年3月のタウンミーティングには、過去最大の805人が参加した。通常の実に5倍の人数だった。

湖岸は公共のもの 

スイスの民法は、国内すべての湖および川を公共物と定めている。それゆえ、すべての岸は誰もがアクセスできなければならない。

しかし現実は異なる。富裕層が購入した湖岸の土地は私有財産になるからだ。

湖岸の公共化を推進する最大の団体は、ジュネーブのリヴ・ピュブリーク(Rive Publiques)。現在は地方の団体を全国的に支援しており、ウエティコンの件でも活動を展開した。

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 最終的に、村の住民は住宅建設計画を反対56%で否決した。不快感を露わにしたCPHはその後、産業目的で敷地の利用を続けると発表。しかしその予定はつぶれることになった。

 現在は記者を辞めているケッペリさんは、住宅建設計画に反対する他の仲間とともに「ウエティコンを湖岸へ(Uetikon an den See)」という協会を設立。説明会を企画し、請願書の署名を集め、湖岸のあり方に関する住民発議を請求した。

 「自治体は発議にほとんど関心を示さなかった」とケッペリさんは言う。「私たちが住宅建設計画を阻止したものだから、自治体はまだ私たちに怒っていたのだ」。自治体としては、この計画が実現すればウエティコンにお金持ちが転入して多額の税収入が見込めたものの、計画が頓挫して期待が外れてしまったという思いがあった。

 メットラー村長は言う。「ケッペリ氏は実際、村議会にこの一帯の土地計画を行うよう何度か求めていたが、私たちは拒否した。先ほども述べたように、これは私有地のことだからだ。(自治体の介入は)所有権剥奪に等しいだろう」

州がもたらした転機

 転機は16年にようやく訪れた。州がこの一帯に新しいギムナジウムを建設する計画を発表したのだ。するとメットラー村長はすぐにCPHとの話し合いを求めた。 

 結果、CPHは自治体と共同で新しいギムナジウムの立地場所に立候補することを承諾。チューリヒ州とCPHの交渉で、工場の敷地を州が5200万フランで買い取ることで最終的に合意した。

管轄は自治体に

湖岸および川岸への自由なアクセスを巡っては、連邦レベルでも繰り返し議論されてきた。09年の議員発議では全ての湖および湖岸に歩道を確保することが提案されたが、管轄の委員会はこの案を自治体に回した。同委員会は「土地の事情に通じた州ならびに基礎自治体の当局が岸の整備基本計画を実施するのにふさわしい」と回答した。

州レベルでも湖岸に公共の歩道設置を求める提案が幾度となく提出されてきた。チューリヒ州ではチューリヒ湖岸の公共化を求めた住民発議の対案が住民投票で可決された。それ以降、湖岸の歩道建設に毎年600万フランの予算が確保されている。ボーデン湖では「湖岸の歩道を求める委員会(Komitee für einen Seeuferweg)」が岸のさらなる公共化を求めている。

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 さらに自治体は工場敷地の半分を購入。購入金額が非常に安かったのは、土壌の有害物質の引き取りおよびその撤去作業を自治体が担うことになったからだ。

 事態がこのように進展したのは自分たちの働きかけによるところが大きいと、ケッペリさんは考える。協会は自治体に対してなすすべもなかったため、様々な新しいルートで岸の整備案を州に提示し、州にウエティコンの状況を考えてもらおうとしたという。

 「州の方が村議会よりも私たちの話に耳を傾けてくれた」とケッペリさんは言う。しかしメットラー村長はこう強調する。「彼らは州の立地選定に全く関わっていない。せいぜい交渉を妨げた程度だ」

 州もケッペリさんらの影響はなかったと主張する。「彼らはギムナジウムの立地選定とは一切関係なかった」とチューリヒ州建設局広報課のマルクス・プファンナー氏は話す。

全ての人に素晴らしい住環境を

 公園、プール、住宅、居心地の良いガーデンレストラン。こうしたものすべてが湖岸のギムナジウムに隣接して建設できると、「ウエティコンを湖岸へ」協会は考える。住民の多くも同じ意見だ。

 そこで同協会は昨年11月、旧工場跡地の再開発計画を巡る意見聴取会で、住民たちが各自の意見を述べる中、自分たちの案を提示した。州が主導する再開発計画には「チャンス・ウエティコン(Chance Uetikon)」という穏やかなプロジェクト名がつけられている。

 紆余曲折があったものの、旧工場跡地には全ての人のための湖岸地域が誕生予定だ。ケッペリさんとその仲間たちが忍耐強くなければ実現しなかったかもしれない。

 ケッペリさんにとってこれまでの取り組みには苦労が多かった。「民主主義の実践は時に過酷だ。道の途中には多くの困難が待ち受けているだろう。そこで必要なのは忍耐、粘り強さ、エネルギー、闘争心だ」

 ウエティコンの正式名称は「Uetikon am See(湖岸のウエティコン)」だが、ケッペリさんらの取り組みによって、この地名がようやく現実のものになろうとしている。名実共に、全ての人が湖岸にアクセスできる自治体になるのだ。


(独語からの翻訳・鹿島田芙美)

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