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連邦議会、分極化、政治集団 そして国民の声

Swissinfo 編集部

国民主権に基づく現代の民主主義は、政党政治なくしては成立しないと、チューリヒ大学のゲオルク・コーラー名誉教授(政治哲学)は主張する。今年10月に行われるスイス連邦議会総選挙に先立ち、「政治集団」、「分極化」、「スイスの集団的アイデンティティ」という三つの側面からスイスの政治を分析する。

 人口の多さ、社会的統制メカニズムの複雑さ、多様で時に正反対な意見を継続的に代表する人を見つけなければならないこと。これらのために、ランツゲマインデ(訳注:住民が直接投票する青空議会)や、古代ギリシャのポリスに倣って民意形成や民主的な決断を下すことができなくなっている。

 「国民主権」とは、政府と自治権のある独立した市民とが直接意見を交すことで生じる結果である。また、参加者が活気溢れる議論の場で意見を交わし、決断を下していくというプロセスでもある。だが、国家が一つの都市の大きさでも、地方の小さな自治体の大きさでもなくなった現在、このような国民主権は実現不可能になっている。 

ゲオルク・コーラー・チューリヒ大学名誉教授 uzh

 そこで、政党の存在は必要不可欠なものなってきている。スイス的な、かなり特別な形の民主制においてもである。現存の政党の最終目標であり、「フォーラム」でもある連邦議会が、再選され、更新されてきた年月は、従って非常に重要なものだ。しかしもちろん、スイスの議会制民主主義において、正しい形で使われてきた「国民の権利」が持つ効力を考慮しないで、今秋に行われる総選挙について語ることはできないだろう。

 そこで、以下の3点から議論を進めていきたい。一つ目は「政治集団」。二つ目は本来の合議制に則っているが、分極化が進む政治制度の分析。三つ目は、数年前から切迫してきたこの国の集団的アイデンティティに関する問題への取り組みだ。

 1)「政治集団」という概念は、論争の対象にされやすい人々のカテゴリーであり、また一つの社会学的現象を思わせる。この「政治集団」に対し、本業の傍らではもはや行えず、時間を多く費やすことを要求する(スイスの今のような)社会では、政治制度に属する役割(一般的には高度な司法管理職や行政管理職)を専業的に行うグループが形成される必要性が必然的に生じる。ここでそれを個別に紹介することはできない。しかし、フルタイム労働となる連邦議会の任務を他の職業と両立できないことは明らかだ。

 こうして専業化が行われると、それは(専業化した政治集団に)特有な関心・利益を生み出すことは明らかで、公共的なことに興味のある人は、皆それについてこう表現する。「政治家の生命は結局、選挙の日に決定される」「どの政治家もただ自分を支持する有権者の希望に沿っているだけだ」「こうした人たちの頭にあるのは結局、個人の利益だけだ」。そして、こうした表現こそが、「国民(特に自分でそう呼ぶ人々)」が政治家の専業化に関して、一般に引き出すものだ。かくして現代社会は、愚衆政治の典型的なこうした表現に価値を置くようになり、「民主主義の恥知らずな利用者」からなる、一つの市民層を形成していく。

 ほぼ無償で自発的に公的職務に就くことを指すミリツ(Miliz)の考えが長く根付いてきたこの国にとって、その名にふさわしい副業政治家の消滅は深刻な問題である。それに加え、個人的な職業上の利益に合致しなければ、公共の利益は犠牲にしてしまう政治経済学の傾向は否定できない。その結果、「政治集団」とは批判的に見れば、退廃的傾向を持った集団で、実際これは世界の多数の地域で見ることができる。しかし、この「政治集団」という言葉が、スイスの(半)直接民主制の中で尊敬に値する動機で連邦議会の仕事にまい進する人の価値を落とすために使われる場合、事情は異なってくる。

 「政治集団」という言葉に付く軽蔑的なもう一つの意味は、ほぼいつも「直接参政権への称賛」に同時に結びついている。なぜならこの「直接参政権」は、偽エリートたちの自己中心主義に対する処方箋だと考えられているからだ。選挙戦が近づくとこうした危険で極端かつ非スイス的な「直接参政権への称賛」の言葉をよく耳にする。この称賛のレトリックは、一方で国民が彼らの代表者に抱く信頼を損なわせ、他方で、「直接参政権」を我々の憲法における唯一の要素に仕立て上げてしまう。ところが、我々の憲法はバランスを慎重に考量した一つの法制度全体の中でのみ、うまく機能するものなのだ。さらにこのレトリックは、レトリックの擁護者自身が実は職業政治家の一部であることを見えにくくしている。

 2)分極化は過去20年間でスイス政治における圧倒的な流れになった。かつては力のバランスに重きを置いた合議制に基づく民主主義が、世紀が変わってから、ばらばらな意見で構成される一つの共同体(の民主主義)へと変遷していった。その共同体は、「うめきながら」制度の内部から求められた妥協を成立させるだけだ。その一つの例が、いわゆる「魔法の法則」の解釈を巡る絶え間ない争い、つまり7人の連邦閣僚の座をどのように各政党に振り分けるかを巡る争いだ。

 この国の政治文化が変化した理由は様々だ。最も重要な理由はおそらく、時代が転換した1989年以降、スイスがそれまで欧州諸国の中に占めていた地位からずれ落ちていったことだろう。どこからも敬意を払われ、まぎれもなく西欧に属していた中立的な小国は、孤立した国となり、その評判は経済的重要性とは一致しなくなった。

 欧州におけるスイスの新しい地位は、この国の集団的アイデンティティを巡る議論の重要な要素になった。それは、過去10年で(成功した)国民発議の驚くべき増加によって説明できる。

 連邦議会が承認した法律の是非を問うことができる国民投票権(レファレンダム)は、戦後の1945~90年の時期に妥協を強要したが(妥協して作られた「国民投票が可能な」法律だけが国民投票で可決される可能性があったためだが)、それに対し今日のスイスは、感情に支配された数々の国民発議の提案を巡って激しい議論の只中にいる。

 この国民発議の提案は、メディアが主要な役割を果たす新しい民主主義では、以前より簡単にオーガナイズできまた勝利できるとしたら、それは特に技術的な恩恵による。古いアナログよりもデジタル手法を用いた方が賛同者を容易に動員できるからだ。さらに、スイスの政党の一つ、(右派の)国民党は極めてよく組織化されており、従来のスイスの政治的流れからは外れるような社会的風潮を感知する党組織を持っている。

 この社会的風潮とは、一般的な社会現象に対するいらだちや怒りであったり、政治的ではないが政治的に利用できる集団的感情であったりする。こうして「国民」は「政治家」の対抗軸となり、国民党は「国民」を守りまた「国民」の代弁者となる。

 投票者の半数を国民党の側につかせることもまれではないようなこの戦略の代償は、もちろん先に述べた分極化であり、長く行われてきた合議プロセスの終わりでもある。スイスは、この合議制プロセスのお陰で政治的に安定した国であり、驚くことの少ない、予想可能な国だった。しかも、経済的にも魅力のある国だった。

 これは批判ではなく確認だ。そのことは次の事実から説明できる。脱工業化の文明改革が冷戦後さらに加速され、この国における伝統的な政治文化を徐々に壊していった。それまで国が機能するために築いてきた様々な条件から、この国を全く正反対な方向へと導いていったということだ。そのため、今度の選挙戦とその結果は、国民党の政治プログラムを巡る投票であり、試練に立たされたスイスにおける既存の政治文化を巡る投票にもなる。

 3)「我々は誰なのか?」。これは選挙が行われる2015年において、様々な論点の中で、誰もが発する問いになるだろう。

 マクロ政治的な観点からすれば、つまり欧州の中心に位置するスイスがさらされている大陸的な条件の下では、この問いは以前よりも明白に答えられなければならない。なぜならスイスを規定してきた古い基準ー外交および国内政治におけるスイスの判断基準-がボロボロに崩れてきているからだ。国民の集団的意識の中に深く根を下ろしているアイデンティティとは矛盾する、あまりにも多くのことが起きている。

 スイスは国民皆兵制で中立、共和主義的で誰も傷つけない小さな国だ。また、世界中でビジネスを行いながら、同時に独自の民主主義を作り上げた自立した小島。いわばそれ以外の世界とは何の関係もない小惑星だ……。こうした存在の在り方はいまだ時代に即したものなのだろうか?

 連邦議会総選挙が行われる2015年、国民の声はいずれにせよ、この問題に言及したものになるだろう。唯一不確かなのは、それがまとまった声となるのか、それとも不協和音となるかだ。

ゲオルク・コーラー(Georg Kohler)略歴

1945年、ベルン州コノルフィンゲンに生まれる。

哲学専攻後、チューリヒおよびバーゼルで法学を学ぶ。

出版業に携わる傍ら、ウィーンの家族経営企業を経営。

87年、学問における最高資格(Habilitation)取得。

92~94年、ミュンヘン大学政治哲学教授に就任。

94~2010年、チューリヒ大学で哲学および政治哲学教授を務める。

原文はSchweizer Revueに記載されたものです。著者の主張が必ずしもswissinfo.chの立場と重なるとは限りません。

(仏語からの翻訳 里信邦子)

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