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ブログ「もっと知りたい!スイス生活」


続・あぁ、ドイツ語!あれから1年たちました@ドイツ語圏・バーゼル


去年の今ごろ、「あぁ、ドイツ語!」という記事を書いた。スイスという複雑な言語環境の中、あれこれ理由をつけてドイツ語の勉強を怠っていたが、とうとう向き合わざるを得なくなった経緯を。……その最後に私は、1年後どうなったかご報告すると宣言していた。はい、挫折することなく、今も勉強は続けています!

どこへ行くにも電子辞書を携帯する。励みになる言葉を貼り付けている (swissinfo.ch)

どこへ行くにも電子辞書を携帯する。励みになる言葉を貼り付けている

(swissinfo.ch)

 今年の2月、私はバーゼルのファスナハト(カーニバル)に参加した。去年は取材として1日同行させてもらっただけだが、今年はお面と衣装を借りて、3日間一緒に歩かせてもらった。その際に、痛感したことがある。
 去年の私は、英語で彼らと話していた。取材なので、言われたことが聞き取れないと困ると思ったからだ。しかし今回は、取材はさておき参加することがメインだったので、最初からドイツ語で挑んだ。
 日常的に方言を話す彼らの話を、私はほとんど理解できなかった。それでも彼らの近くで常に聞き耳を立てていたこと、さらに今年の私はワインが飲めるようになっていたこと等々の理由により、彼らのことを去年よりずっと身近に感じることができた。
 スイス人は退屈というイメージがあったけれど、こんなに明るい人たちだったのかと心底驚いた。言っていることはよく分からなくても、私もそれなりに一緒に楽しんでしまった。もっと深く、彼らの仲間に入りたい!
………こういうことがあると、学習モチベーションは一気に上がってしまうのである。今のままのペースじゃダメだ。こうなったら、もう真剣にやるしかない!せめてもう少しレベルを上げなければ!
 とは思いつつ、日々の雑用に追われ、時は過ぎていくばかりだった。

バーゼル・ファスナハトの伝統的なパレードでは、横笛のピッコロと小太鼓の伴奏がついて回る (swissinfo.ch)

バーゼル・ファスナハトの伝統的なパレードでは、横笛のピッコロと小太鼓の伴奏がついて回る

(swissinfo.ch)

3月のある日、ファスナハトの仲間と話すうち、「ピッコロを習いたい」という夢がよみがえってきた。楽器隊に入って演奏をしながら歩くということは、ただ衣装を着て歩くのとは違って、本格的な参加という気がするのである!
 いや、ドイツ語もまともに出来ないのに、ピッコロなんて。まずはドイツ語を頑張って、マスターできたら、その時はピッコロをやろう、そう思った。
 ああ、それなのに、私は時にどうしようもなく衝動的な行動を起こす。ネットのオークションで中古のピッコロを見つけてしまい、購入してしまった。仲間も見つかり、4月にはレッスンを始めてしまったのである。

そして肝心のドイツ語は、後回しになったままだった (swissinfo.ch)

そして肝心のドイツ語は、後回しになったままだった

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5月の風が吹く頃、それまでの慌ただしさに、ほんの一瞬の小休止を見つけたとき。私の中で、またもや突き上げてくる衝動があった。

そうだ、ドイツ語をやろう。一度は学校に通って、どっぷり浸かる時期がなければ。いい機会だから、この際、試験も受けてしまおう!
 試験というのは、ドイツ語検定試験のことである。初級はA1、A2から始まって、中級はB1、B2、そして上級はC1、C2となる。

実は少し前から、諸事情により、仕事を探そうと思い始めていた。スイスインフォでブログ記事を書く以外にも、どこかで働くことを意識するようになったのだ。それにはまず、ドイツ語だと思った。

仕事を見つけるには、最低でもB2レベルのドイツ語力が必要だと聞いたので、私の目標は自然とB2取得に決まった(以前通った学校ではB1まで行ったものの、難しくてついて行けず、A2に下げてもらい、復習をして終えた、という過去がある)。
  職探し以外にもうひとつ、B2合格にこだわる理由があった。スイス国籍を取得するのにB2が必須と聞いたので(実はB1で充分だったと、受験後に調べて判明した!)。
 今の私が、スイス国籍を取る必要は全くない。が、これからの人生、一体何が起こるか分からないではないか。やるなら今だと思った………でないと年をとって、あっという間に50、そして60になってしまう。記憶力は、年と共に衰える。これは、出来るだけ早い方がいい!
 そう思った翌日には、学校探しを始めていた。直接行かなくてもネットで調べられるし、レベルチェックも受けられる。とはいえ学校によって結果はまちまちで、B1、B2、中にはC1と言って下さった学校もあった。
 しかし私のレベルは、どう考えてもC1ではない。考えた末、B2だと判断してくれた学校の中から、時間的に都合のいいA校を選んだ。

B2なら「とりあえず通じる表現」ではなく「エレガントな表現」を使うよう先生に言われた (swissinfo.ch)

B2なら「とりあえず通じる表現」ではなく「エレガントな表現」を使うよう先生に言われた

(swissinfo.ch)

 5月9日、B2試験対策のクラスに編入。すでに1月から開講していて、7月15日の試験日に修了するというクラスだ。そう、私は彼らがすでに4カ月学んで着実に実力を伸ばしていたところへ入ってしまったのである。たったの2カ月あまりで試験を準備しようとして!
 確かにそれは無謀だった。初日、私はみんなの会話が聞き取れず、発言もできなかった。それでも、この勢いに乗って一気にやってしまいたいという思いは強かった。

初めの方こそペースがつかめず大して勉強していなかったが、7月に入ったら文字通り1日中ドイツ語漬けになった。

ライン川を望む教室で、世界各国から来た仲間たちと学んだ2カ月あまり。刺激的で楽しかった (swissinfo.ch)

ライン川を望む教室で、世界各国から来た仲間たちと学んだ2カ月あまり。刺激的で楽しかった

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 読解。一般のドイツ人が読む雑誌などから文章が出題される(ただし一語一句理解できることは求められておらず、大まかに大意がつかめればよい)。地元のフリーペーパーは毎日読んでいたものの、興味ある記事だけなので、語彙は非常に偏っていた。今回の試験勉強で、様々な文章を大量に読んだおかげで、語彙は着実に増えた(が、理解するまでに時間がかかるのは相変わらず……)。
 文法。日本人は誰でもそうだと思うが、文法は頭に入っているのである。なのに試験の穴埋め問題では苦労した。ドイツ語は独特の構造を持つ言語で、いつまでも英語の知識にとらわれていると習得できないと痛感した。
 聴解。私のいちばんの弱点なのに、期待していた試験対策の授業では、文法に多くの時間が割かれた(生徒の大半が文法を苦手としているため)。他力本願ではいけないと悟った後は、聴解テストの練習問題を毎日やった。ただの話し声にしか聞こえなかった会話が、徐々にわかってくる面白さを体験できた(まだ完璧には理解できない。今も聴き続けている)。

作文。これは得意なので、ほとんど何もしなかった。試験前だけ、語彙を増やしたくて、日記をドイツ語で書いた(今も時々そうしている)。
 会話。クラスメイトとペアを組んで受験するのだが、その相手は事前に知らされる。おかげで放課後に2人で試験準備をすることができた。相手がいない時は、1人でシミレーションまでやった!

このIPod nanoに教材のCDを入れ、外出する時は必ず、時には家事をしながら、聴いた (swissinfo.ch)

このIPod nanoに教材のCDを入れ、外出する時は必ず、時には家事をしながら、聴いた

(swissinfo.ch)

そして8月も終わりの頃、めでたく合格通知を受け取った!

正直にいうと、ドイツ語は今も自信がない。特に会話能力は、精神状態に左右される(言い訳ですね)。うまく話せる時と言葉がまったく出てこない時の差が激しいのだ。よく、自己嫌悪に陥っている。

またB2に受かって以来、周囲からそれ相応の実力を期待されているというプレッシャーを抱えることになった。レベルを維持するため、今後も勉強を続けていく覚悟だ。

何かを犠牲にしないことには、時間は作り出せない。私の場合、日本語を読む時間を当面あきらめた。ここ最近、頭の中が日本語モードになる時間は激減している。スイス国内の出来事に関心を寄せるようになった一方で、ドイツ語のペースが落ちるのが怖くて、日本語での読書を再開する勇気は、まだない。

それでも。……以前は「言葉がわからないから」スイスから逃げ出したいと、よく思っていた。いつの間にやら、そんなことを思っていない自分に、つい先日、気づいた。

平川郁世

プロフィール:平川郁世

神奈川県出身。イタリアのペルージャ外国人大学にて、語学と文化を学ぶ。結婚後はスコットランド滞在を経て、2006年末スイスに移住。バーゼル郊外でウォーキングに励み、風光明媚な風景を愛でつつ、この地に住む幸運を噛みしめている。一人娘に翻弄されながらも、日本語で文章を書くことはやめられず、フリーライターとして記事を執筆。2012年、ブログの一部を文芸社より「春香だより―父イタリア人、母日本人、イギリスで生まれ、スイスに育つ娘の【親バカ】育児記録」として出版。



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