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見習いが技を競い合う「スイス技能競技大会」

激しい競争、大勢の観客、時間との戦い。スイス技能競技大会の参加者には高いスキルが求められる flickr.com_SwissSkills Bern 2014

スイスでは年に1度、国内の職業訓練生が技能を競い合い、各職業のナンバー1を決定する大会が開催される。参加するのは、スイスの職業訓練制度が生み出した優秀な若者たちだ。他国からも注目を集めるこの制度だが、課題もある。


 「あと何分?」。10代のパン職人の見習いが、ボウルにクリームを絞り入れながら叫ぶ。

 「20分!」と観客の誰かが答える。職業訓練生がそれぞれの分野で全国ナンバーワンの座をめぐって競う、スイス技能競技大会(SwissSkills)での一場面だ。今年は9月にベルンで4日間にわたり行われた。

 審査員の鋭い視線を浴びながら奮闘する花形のチョコレート職人や未来のファッションデザイナーの様子を、10代の若者が大半を占める15万5千人の観客が見守った。

 スイスの若者の約3分の2は、義務教育終了後、高校・大学という学問だけの道ではなく、職業訓練の道を選ぶ。パン屋、肉屋、清掃業、タイル張り職人まで、ほぼどんな職業でも見習い先が存在する。

どんな職業も学んで身につけられる

 スイス技能競技大会の出場者は、職業訓練制度におけるエリートだ。非常に特化した分野に進む若者もいる。

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 多くの人にとって掃除は面倒な作業で、当然ながらフルタイムの夢の職業ではないが、アネッテ・ランツさんにとっては違う。部屋をきれいにして得られる満足感から、「趣味」が未来の職業になった。

 ビル清掃業で見習いを初めて1年目。この職業では見習い期間は3年かかる。スイス技能競技大会の展示ホールの一角で、若者たちの質問に楽しげに答えている。大型の床面洗浄機に乗れるというので興味を引かれてやってきた若者たちは、そのままとどまって、どうしてこの仕事を選んだのかとランツさんに尋ねる。

 「疲れるけど、とても楽しい仕事!仲間と一緒に働けるし、いつも動き回っていられるし、いろいろな仕事場が見られるし、本当に人と一緒に働ける」とランツさん。

 十代の若者たちにとっては意外な答えだ。全国から集まった若者の中には、トップクラスの訓練生が競う様子を見るために来た人もいれば、見習い職を最終的に決めるために他にどんな可能性があるか知りたくて来た人もいる。

 マルティン・デュレンマットさんは、2014年5月に独フランクフルトで行われたヘアスタイリストの国際大会で数々のメダルを獲得した現世界王者だ。

  23歳のデュレンマットさんは職業訓練生としてキャリアを始めた。まず職業訓練生を対象とした地元の大会に出場した後、全国の技能競技大会で優勝し、その後プロレベルの世界チャンピオンに何度も輝いた。

美容師のマルティン・デュレンマットさん swissinfo.ch
 「こういった大会に出場したのはとてもキャリアのプラスになった。昔から言っていたことだが、僕はサロンで働く普通のヘアスタイリストにはなりたくない。スイス全国で、それに外国でも、ショーや撮影やテレビなどの仕事をしたい」とデュレンマットさん。

 「雑誌や新聞で僕のことを読んで知ってくれていた人がたくさんいた。素晴らしかったよ!」

 職業訓練制度と、注目を集める大会のおかげで、デュレンマットさんはできるだけ多くの人々に自分の力を見せる機会を得た。「人に会って人脈を作る素晴らしい機会だ」

 「業種を問わず、大会はとても役に立つ。大会では、技術、準備のし方、重圧のかかる環境での日々の仕事のし方についてたくさんのことを学べる。これはどの職業でも同じだ」

雇用側にも人気の職業訓練制度

 「職業訓練制度は、他国の制度と違い、(キャリアの)袋小路ではない」と話すのは、スイス教育研究調整センター外部リンク(SCCRE)の所長を務めるステファン・ヴォルター教授だ。

 職業訓練終了後、若者には幅広い可能性が開かれており、例えば高等教育に進むこともできるし、応用科学大学へ行くこともできる。

 2013年のスイスの若年層失業率は平均3.4%と低いため、スイス方式の導入を検討している国も出ている。

 スイス技能競技大会と同時期にヴィンタートゥールで開催された第1回職業教育訓練国際会議(International Congress on Vocational and Professional Education and Training)には、世界中から教育専門家が集まり、出席者には米国の副大統領夫人(セカンドレディ)、ジル・バイデンさんもいた。

 バイデンさんは教育学の博士号をもち、コミュニティ・カレッジの教師を務めている。製造業のビューラー(Bühler)社を訪れた際、「(職業訓練生の)8割が訓練終了後も同社で働き続けることと、その他の企業も恩恵を受け反響効果が生まれていることに感銘を受けた」と話した。

 ヴォルター教授は、雇用側の積極的な関与がこの制度の成功に欠かせないと指摘する。「雇用側はそれが得になるから訓練生を受け入れる。ただし、(業界全体で)足並みを揃えて参加することが重要だ」。職業訓練は一定の枠組みに沿って行われるため、若者は学んだ知識を業界のどの企業でも応用できる。

 スイス雇用主連盟(SAV/USI)のヴァレンティン・フォクト会長は、訓練生受け入れは企業に負担がかかるようにみえるが、「最終的に利益をもたらす」と確信している。

 「政府が学校教育を提供し、企業が仕事を提供し、職能団体が(職業訓練に関する)カリキュラムを提供する。コストとメリットを計算すれば、差し引きがどのくらいかわかる」

制度改革

 ただ、職業訓練も実社会の変化に合わせて変わっていかなければならない。

 10年前の職業訓練法改正の狙いは、さまざまな見習い職を比較可能にすることだった。

 「法律改正後の最大の変化は、以前よりずっと迅速に制度改革できるようになったことだ」とヴォルター教授は話す。

 かつては、一連の職業スキルを時代に合ったものにするのに10年かかったという。「学べる職業は約230種類ある。今は、各業種の抱える課題や動向に合わせて変更を加えるのに3〜5年しかかからなくなった」

 課題は他にもある。スイス雇用主連盟のフォクトさんによると、毎年、約5千人分の職業訓練の働き口が余っている。これは「長期的に問題となるだろう」。

 「この国では大学進学を目指す人が増えている。これは問題だと思う。結局のところ、それで子どもたちがより賢くなるわけではないからだ。何が起こるかというと、レベルが低下するだけだ。これは学問の世界にとっても、職業教育制度にとっても良くない」

 スイスの教育関係者からは、この制度を各国の見本になるようにしていくべきだとの声が上がっている。フォクトさんは言う。「(スイスの)トップのCEOの3〜4割が外国人なので、この制度の良さを彼らに納得させなければならない」

職業訓練法

スイスの職業訓練法は2004年に改正された。職業教育・訓練の責任は、国、州、そして職能団体で分担することと定められた。制度のどの部分に誰が資金を提供するかが明確に定められ、新規の職業訓練コースが導入された。

連邦統計局によると、2013年に職業訓練プログラムを修了した学生の数は6万5千人以上。訓練生は、学校で理論を勉強するのと並行して企業で実習も行う。

2011年には若者の71%が職業訓練プログラムを経て後期中等教育を修了し、職業資格を獲得した。

(英語からの翻訳・西田英恵 編集・スイスインフォ)

リンク

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