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芸術界の女性 忘れられたスイスの女性芸術家②エヴァ・エップリ

牢屋の格子から顔を出す女性の絵

エヴァ・エップリ「ニヨン」、紙に木炭、1955年

(Eva Aeppli, Foto: SIK-ISEA, Zürich)

2019年は女性芸術家をテーマにした展示会がスイス各地で開かれている――まるでこれまでの遅れを取り戻すかのように。19~20世紀はスイスでも多くの女性芸術家が忘却の彼方に置き去りにされていた。スイスインフォは今週、死後ようやく名声を上げたり再発見されたりした5人の女性芸術家を紹介する。

エヴァ・エップリ(1925~2015)

自身の作品「Die Zehn Planeten(仮訳:10個の惑星)」とエヴァ・エップリ。バーゼルのティンゲリー美術館にて、2006年撮影

(Keystone / Georgios Kefalas)

エヴァ・エップリ他のサイトへを強く特徴づける作品が生まれたのは1950年ごろだ。アールガウ州ツォフィンゲンに生まれ、バーゼルで育った。1951年に2人目の夫であるスイスの著名な芸術家ジャン・ティンゲリーと共にパリに移り住み、2015年に死ぬまでそこで過ごした。指人形やぬいぐるみ、表現豊かで造形的な絵画、暗い色――。エップリの作品は多様性に富みながら一貫した主張がある。倹約的・禁欲的な人間像だ。

エップリは1960年代以降、大きなキャンバスに頭蓋骨や骸骨、顔面、死体の山を描いた。第二次世界大戦や強制収容所、人々の苦しみや暴力といった現実が、エップリの抱く人間像に大きな影響を及ぼした。

一部の批評家は、エップリの作品はとても悲観的で暗いメッセージを与えると誤解した。同様に、エップリは一時期、ポップアートやヌーヴォー・レアリスムなどに傾向した時期に印象的な作品を生み出した。

エップリの作品には常に道徳的なメッセージがあった。1980年代以降、その作品は広く受け入れられるようになり、それに値すると評価された。 

スイスインフォはスイスの美術館のアーカイブから、スイス美術市場における女性芸術家のプレゼンスを分析しました。結果をまとめた記事は6月7日に配信予定です。電子メールで配信のお知らせを受け取りたい場合は、下のニュースレターにご登録ください。

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(独語からの翻訳・ムートゥ朋子)

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