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2016年2月28日の国民投票


外国人犯罪者の国外追放強化案 裁判所を黙らせるイニシアチブ


Marc-André Miserez (avec la collaboration d’Armando Mombelli)


国外追放となった外国人の多くがスイスを出国するまでの最後の数日を過ごすチューリヒ空港の独房。国民党のイニシアチブが通れば、国外追放される人は1年に1万人にも達する可能性がある (Keystone)

国外追放となった外国人の多くがスイスを出国するまでの最後の数日を過ごすチューリヒ空港の独房。国民党のイニシアチブが通れば、国外追放される人は1年に1万人にも達する可能性がある

(Keystone)

保守右派の国民党が2月28日の国民投票にかけるイニシアチブは、外国人犯罪者を個別の状況や事由を吟味することなく自動的に国外追放するよう裁判所に強制するものだ。これに、多くの法学者が受け入れがたいとして、反対の声を上げている。

 3ページ半。これは国民党が今回のイニチアチブ(国民発議)で、憲法に組み入れたいとしている新条項の長さだ。平均の10倍もある。それも当然だ。基本的な憲法の条項のように一般原則を述べるのではなく、スイス国籍を持たない人間が行った場合に国外追放となる違法行為を一覧にしたものだからだ。たとえスイス生まれの外国人でも例外ではない。

 刑法がいきなり憲法に組み入れられるというのは前例のないことだ。しかも連邦議会(国会)には異議を唱える権利もない。上院(全州議会)はこの動きに反発しており、昨年12月には国民党所属の議員5人と無所属のトマス・ミンダー議員を除く上院議員全員がこのイニシアチブへの反対声明に署名した。

 なお、今回のイニシアチブ(憲法の条項の改正を求めるために国民が発議する)は、右派の国民党が、外国人犯罪者の国外追放に関して提案する第2弾にあたる。2010年に可決された「外国人犯罪者の国外追放イニシアチブ」がきちんと実施されていないとの理由から、可決案を文言通りに実施することを求める新しい「国外追放強化イニシアチブ」を提出した。

国外追放マニュアル

 極めて珍しいこのような上院の反発から間もなく、今度は大学も異例の反対の声を上げた。全国の法学教授160人が1月中旬、2月28日の投票で反対票を投じる呼びかけに署名した。署名者たちは「スイスは法治国家だ」という題名の文章で、このイニシアチブが「裁判官が判断を下す権限を完全に抹消」しようとしていると非難している。教授たちは、憲法をねじ曲げて「一種の国外追放マニュアル」にしてしまうべきではないと主張する。

 「私たちの訴えには、スイスの公法、行政法、国際法の教授の大半が賛同している」と、呼びかけの文を執筆したトビアス・ヤーグ氏は言う。

 共同で執筆に当たったアンドレアス・アウアー氏は、直接民主制研究資料センター(c2d)の所長を務めるが、彼もこのイニシアチブが「事実上、裁判官の判断の余地を一切なくしてしまうことを目指している」と言う。「国民党は量刑や当該人物の個別の事情に関係なく、自動的かつ盲目的に国外追放を適用することを求めている。比較的重い罪を一度犯すか、それより少し軽い罪を10年間で二度犯せば、追放!というわけだ」

 具体的に言うと、若い頃にベランダで大麻を育てていたところを捕まったことがある者が、9年後にレストランの出口でけんかになって警察官に暴言を吐いた場合、裁判官が自動的に国外追放を言い渡すに足る危険人物だと考えられることになる。

 元連邦裁判官で弁護士、法学教授でもあるマルティン・シュバルト氏は以前から、2010年の国民投票で可決された国外追放案を「言語道断」と非難していた。シュバルト氏は、この国外追放案をさらに強化した今回のイニシアチブを、国民の意志であるかのように提示する国民党のやり方は「ごまかしだ」と考える。「単に外国人犯罪者を追放しようと言えば、もちろん国民はイエスと言うだろう。しかしケースバイケースで考えれば、スイス国籍を持っていないからという理由だけでAさんやBさんを追放するとなれば、国民の大半は拒否するはずだ」

 アウアー氏もケースバイケースの判断を擁護している。そしてそれは裁判官の仕事だ。「国民は裁判官にはなれない。規則を決めるのは国民だが、その規則を適用するのは裁判官にしかできない」と主張する。特に、連邦憲法の第5条と第36条に二度も定められている、「国家の行為・手段は、目的との間に均衡を保つべきものだ(比例原則)」というひとつの原則に従うのも裁判官だという。

比例原則

 国民党所属で、法学者であり新しく議員に選ばれたハンス・ウエリ・フォグト氏の考えは当然異なる。フォグト氏によると、「社会の制度は、幾つかの規範に沿って機能すべきだ。そしてその規範とは、一般的には比例原則を具体化したものだ(目的とそのための手段との間に均衡を取ることを比例原則と言い、それが刑法に適応された場合は犯した罪の重さと刑罰との間の均衡を指し、罪刑均衡の原則とも言われる)。比例原則は、すべての裁判所ですべてのケースについて下されるすべての判決に適用されるわけではない」。例としてフォグト氏が挙げるのは殺人だ。殺人については懲役10年より軽い刑にすることを、刑法が裁判官に禁じている。

 「また、高速道路で時速140キロを出して捕まると、罰金を払わなければならないのも同じような例だ。たとえ運転手が一人で乗っていて誰も危険にさらしておらず、それでは刑が重すぎると考えたとしても、払わなければならない。つまり、裁判所の仕事を制限する規範はすでに存在するということだ。そしてそれは良いことだ。判決を裁判官の主観に任せてはいけないのだから」とフォグト氏は主張する。

 それでもやはり、すべての法治国家と同じくスイスにも権力分立の原則がある。つまり司法は独立しているとされている。裁判官は、自動的な国外追放と比例原則の板挟みになってどうするのだろうか?「耐えがたい良心の葛藤を抱えることになるだろう」とシュバルト氏は予言する。

 「それでもなお、裁判官が個別の事例を詳しく見て、裁かれる人の家庭や職業や個人的な状況を総合的に鑑みた上で判決を下し続けるという可能性もないわけではない」とアウアー氏は期待している。

 しかし、フォグト氏にとっては、白黒がはっきりしている。「基本的に、より最近の、より具体的な基準が一般原則に優先することを認めるべきだ」。言い換えれば、今回の「国外追放強化イニシアチブ」は憲法にすでに定められている比例の原則に優先するということだ。もっともフォグト氏は個人の立場としては、スイスで生まれた第2世代の外国人、いわゆる「セクンド(secondo)」たちの国外追放については留保をつけている。

 一方、シュバルト氏はフォグト氏の考えに憤慨し、「このイニシアチブが承認されれば、人間味のある国としてのスイスは終わりだ」と激しく非難する。そして、かつて裁いたあるオーストリア人男性の例を出す。スイスで生まれスイス社会に完全に溶け込んで生活をしていたこの男性は妻を殺した。「刑法上は国外追放にすることもできたが、私たち裁判官はそうすることを拒否した。残念ながら配偶者を殺すスイス人は毎年何人もいるが、彼らをスイスから追い出すべきだとは誰も言わないからだ。だが、スイスと何の関係もなく、ただ犯罪目的でやってくる外国人に対しては、非常に厳しく対処すべきだと私も思う」

国外追放は2.5倍に?

現在でも刑法は裁判官に外国人犯罪者の国外追放の可能性を与えている。しかしこの判決が下されることはまれだ。連邦の統計は存在しないが、利用可能な州のデータから推定すると、1年に数百件程度と考えられる。

連邦司法警察省司法局の要請を受けた連邦統計局は最近、連邦議会ですでに可決されている追放案が施行された場合と、国民党が求めている国外追放強化案が実施された場合とで、国外追放はどのくらいの件数になるのかをそれぞれ試算した。それによると、2014年に法が施行されていれば、スイスは4千人近くを追放していたことになる。強化案のイニシアチブが発効していれば、1万人を超えていただろう。ただし、これらの数字はおおよその見当に過ぎない。なぜなら、イニシアチブが承認されたとしても、実際に裁判官がどうするかは誰にもわからないからだ。


(仏語からの翻訳・西田英恵 編集・スイスインフォ), swissinfo.ch

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