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知日家のスイス人作家アドルフ・ムシュク氏が85歳 福島原発事故の小説も

アドルフ・ムシュク
Keystone / Friedemann Vogel

スイス人作家で日本とも関係が深いアドルフ・ムシュク氏が13日、85歳の誕生日を迎えた。1960年代には東京の大学で教鞭をとり、その日本滞在を元にした小説「兎の夏」で文壇デビュー。昨年には原発事故後の福島を舞台にした小説「Heimkehr nach Fukushima(仮題:フクシマへの帰還)」も出している。

チューリヒ州ツォリコン出身。1934年5月13日、小学校教諭の息子として生まれた。チューリヒ、英ケンブリッジでドイツ語、英語、哲学を学んだ。

1959から62年までチューリヒのギムナジウム(日本の高等学校にあたる教育機関)、1962年から1964年までは国際基督教大学(ICU)の講師を務めた。そのほかドイツ、ニューヨーク、連邦工科大学チューリヒ校外部リンクなどでも教鞭をとった。

人間の心理の機微を繊細に表現した作品で知られるムシュク氏。日本滞在を題材にした小説「兎の夏」(1965)で文壇デビューし、94年には中世騎士の聖杯伝説を元にした長編物語「Der rote Ritter外部リンク(仮訳:赤い騎士)」で、ドイツ最高峰の文学賞ビュヒナー賞を受賞した。

そのほかにも多くの長編、短編を著し、2015年には長年の功績をたたえられスイスの文学賞グランプリを受賞した。現在は日本人の妻とチューリヒ近郊のメナードルフに暮らす。

原発事故後の福島

2018年に出した「Heimkehr nach Fukushima外部リンク」は、主人公のドイツ人建築家が1通の手紙をきっかけに、原発事故で被害を受けた福島へ赴き、芸術家の集落を作るというストーリー。ある日本人女性との出会いを通して、見えない放射線の恐怖、原子力という人知を超えた力に翻弄される福島の姿を描いた。

ムシュク氏は2011年の東日本震災直後に日本を訪れており、その経験をもとに小説を書いた。昨年9月のスイス公共放送(SRF)のインタビュー外部リンクで当時の心境を語っている。

SRF:新しい小説の舞台に福島を選んだのはなぜですか?

アドルフ・ムシュク:福島はとても特別な場所だ。福島はある「コントラスト(対照)」の中で生きている。ここで起こった原発事故は、すでに乏しくなっていた肥沃な土地を永久に破壊してしまった。汚染された土壌は取り除かれ、ビニール袋に入れられた。

そこに何かを築くことはもう不可能だろう。土壌は死んだ。山や森林、川など除染ができない広大なエリアも残る。非常に美しいのに、汚染されているのだ。

SRF:そのコントラストの中で、最も興味を引かれたものは?

ムシュク:危険に気付かないということだ。目に見えないし、臭いもない。音が聞こえるわけでもない。五感が働かないのだ。放射線の影響は何年も後になって初めて分かる。そういう意味で福島は世界の象徴といえる。

SRF:それはどういう意味ですか?

ムシュク:永遠の進歩という考えは、空虚だということ。だが私たちはそれに気づこうとしない。私たちは心情的には何万年前と変わらぬ「洞穴に住む人」だ。洞穴の外で何が起こるのかを見通すことはできないし、それをコントロールすることもできない。

数枚の新聞紙で放射線から自分を守れると信じられていたのは、つい最近のことだ。原子力技術というものは私たちの手に余るものだということを、福島が如実に表している。

私たちは歴史の転換点にいる。人類として生き残りたいのなら、私たちは自然へのアプローチを根本的に再考しなければならない。

SRF:あらゆる国が脱原発を目指すべきだと?

ムシュク:それでは十分とは言えない。それは文明世界がどれだけの文化を持ちうるのかという根本的な問題になるだろう。将来、繰り返したくないことは何なのかを我々は自問しなければならない。

福島やそのほかの場所の自然が、我々の境界線を示してくれている。敬意をもって自然を扱うこと。自然に対して耳を傾けることは、何かを放棄することだけじゃない。喜びも与えてくれるのだ。

ムシュク氏は2011年3月、日本へ発つ前にスイスインフォのインタビューに応じ「根本的に原発問題全体に疑問を投げかけることになったこの大災害を、日本はいつまでも天災として扱おうとしている」と警鐘を鳴らした。

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