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「スイスネス法」時計産業にはハンディキャップ

モンデイン・ウオッチ。屋上にある時計はいつまで動き続けるのか swissinfo.ch

「スイス・メイド」と表記できるための条件を定めた「スイスネス法」は、スイスの雇用市場を脆弱化してしまうと時計メーカーの一部が反発している。

「モンデイン・ウオッチ ( Mondaine Watch ) 社」は、鉄道の駅に使われている時計を製造しているが、その社長、ロニー・ベルンハイム氏は製造拠点を香港に移すことも検討しているという。

スイス・メイドの象徴的時計

 時計技師のフランチェスカ・ヴォグリオソさんの目は、まさに奇跡的と言ってよいほど正確な機能を持っている。2ミリメートルのグラス棒管をピンセットで箱からすくい上げ、時計の文字盤の12時のところに、置いた。すべてルーペなしでの作業だ。

 ヴォグリオソさんは販売員の職業教育を受けたが、いまは時計技師として働く。文字盤の12カ所に接着剤を塗り、怪しく光を発するガラス管を12個付着させるのに約1分間しかかからない。この極小のガラス管が含む発光塗料はトリチウムといって、放射性物質だ。暗がりでも時間が分かるようにこの素材が使われている。

 ヴォグリオソさんが手がける「M-ウオッチ (M-Watch ) 」、「ルミノクス ( Luminox ) 」、「キャメル ( Camel ) 」の文字盤には発光塗料を含むインデックスが使われる。彼女はこれを毎日170枚から180枚作る。目が痛くなりませんか、という質問は的外れだった。「目が慣れていきます」とリラックスした答えが返ってきた。

 モンデイン社を代表する時計はなんと言ってもスイス連邦鉄道の公式時計。この時計も、病院を思い起こさせるような清潔な工房で作られていく。デザインはシンプルで、ニューヨーク近代美術館にも展示されている。スイス時計が腕時計だけではなく大きな時計でもその良さが認められ、スイス・メイドの象徴的存在でもある。

50%から60%に厳しくなると

 モンデインは最近、最新の工場をゾロトゥルン市の近郊ビベリスト ( Biberist ) に建設した。現在、140人がここで働いている。
「数カ月前に新たに70人を雇いました」
モンデイン・ウオッチを兄弟とともに運営するロニー・ベルンハイム氏は語る。同社は約50年前、ロニー氏の父親のエルヴィン・ベルンハイム氏が創業した。

 アーレ川の岸辺にあるこの工場はしかし今、危機に立たされている。原因は「スイスネス法」が定めるスイス・メイド規制だ。この法律は現在、連邦議会が審議を進めている。この法律が議会を通過すると、スイス時計協会 ( FH ) が指摘するように、時計の部品の60%がスイスで作られていない限り、スイス・メイドとは言えなくなる。現在のハードルは50%と、規制案より低く設定されている。

 「スウォッチ ( Swatch ) 」に代表されるように、時計協会の会員の大方はスイスネス法に賛成している。しかし低・中価格の時計メーカーは違った意見だ。これら約25社は「IGスイス・メイド ( IG Swiss Made ) 」を結成し、共同で新規制の導入に反対している。
「時計産業界は、高級品メーカーと低・中級品メーカーの二つに袂 ( たもと ) を分かつように通達されたようなもの。低・中級品の製造拠点は外国へ移転しなければならなくなる」 
 とIGスイス・メイドの代表者でもあるベルンハイム氏は言う。その理由は、スイス製の占める割合が10%上がっただけで、末端価格が2倍になるからだ。モンデインのクラシック時計は、現在の170フラン ( 約1万5000円 ) から350フラン ( 約3万円 ) 、「M-ウオッチ ( M-Watsch )」は35フラン ( 約3000円 ) から70フラン ( 約6000円 ) になるという。IGスイス・メイドのメンバー会社にとって、このような競争上の不利は容認できない。
「このくらい高い値段で売れるなら、すでにやっている」
 とベルンハイム氏は言う。

パラドックスと不合理

 モンデインの時計の場合、そのケースはスイスの品質基準で外国で作らせているが、「スイスネス」の基準で作るとすると、5倍から6倍高くなるという。
「外国から高品質のケースを輸入すればスイス製の部品の比率は下がる。一方、スイスで粗悪なケースを作り、6割以上をスイスで作られた部品で組み立てた時計が『スイス・メイド』になっても、その時計の品質は下がる」。ケースの質が良くとも外国でケースが作られるのであれば、スイス・メイドにはなりえない。

 スイスブランドを保護するという目的で提案されているスイスネス法はこうしたパラドックスを生むだけではなく、不合理でもあるという。
「 ( 外国に作らせた ) 新しい時計のデザイン料をすぐ支払ったとして、最初はその時計はスイス・メイドですが、売上が伸び、デザイン料が減価償却してしまうとスイス・メイドとは言えなくなってしまうのです」
スイスネス法では、スイスで開発していることもスイス・メイドの条件になるからだ。

 東南アジアへの移転は、単なる脅しではない。
「新法が導入されれば、香港に移転するということは従業員にも申し渡しています」
とベルンハイム氏。すでに香港の工場は買収済みで、500人の従業員がトレンドラベルのエスプリ ( Esprit ) 、ジョープ ( Joop ) 、ピューマ ( Puma ) を製造している。

消費者をだまさない

 スイス時計協会のジャン・ダニエル・パーシェ会長は、「スイス・メイド」とあれば、消費者はスイスで作られた部品の割合が高いことを期待するという意見だ。新提案は、リスクよりチャンスを与え、スイスの革新さが促進されるという。

 最大手のスウォッチも時計協会の意向を後押しする。「消費者をだましたくない」とベアトリス・ホヴァルト広報担当者。スイスの産業界の基礎が強まるという意見だ。

 ヘルンハイム氏もIGスイス・メイドのメンバーも、1971年に発効となった「スイス・メイド条例」でまったく十分だという意見だ。現在のところ、スイス製部品の割合は50%。部品の組み立てと最終検査はスイスで行われるという条件でスイス・メイドと銘打つことができる。
「簡素で、管理も可能な基準。この条例のおかげで高い品質を保証できる」
 とベルンハイム氏は胸を張る。重大な問題が本当にあるのなら、1971年の条例だけでいままで来なかったはず。政府は単に新しい条例を作りたいだけだと言う。

レナト・キュンツィ、ビベリストにて、swissinfo.ch
( 独語からの翻訳、佐藤夕美 )

2006年の政府の報告によると、スイスと外国の消費者の両方にとって、「スイスネス ( スイスらしさ ) 」は「健康的、秩序立った、効率的な世界」を連想させる。また「正確、緻密、信用、完全」などの意味合いも持っている。
さらに「スイスネス」は、技術革新、高級商品、良質のサービスの同義語でもある。「多様な文化に恵まれ、コスモポリタン的な、世界に開かれた国」を連想させる。一言で言えば「スイスネス」は、ポジティブな意味を持つ言葉で、ビジネスの促進に利用される。スイスの製品を取り扱う会社の半分は、「スイス」のラベルを自社商品につけていると発言した。

1951年 創業
1972年 パイオニアとしてデジタル時計の製造開始
1976年から、大手スーパーの「ミグロ ( Migros ) 」に時計を卸す。このことで時計販売店から仕入れをボイコットされる。
1983年3月 ミグロブランドの「M-ウオッチ ( M-Watch ) 」を発表。1週間前に発表された「スウォッチ ( Swatch )」と違い、修理を可能とした。
1986年 連邦鉄道の駅で使われている時計のデザインで腕時計を作り始める。
1993年 革専門の高級ブランド「バリー ( Bally ) 」の時計や「キャメル・アクティブ・タイムウエアー」などとライセンス契約。そのほか、「ジョープ ( Joop ) 」、「エスプリ ( Esprit )」 、「ピューマ ( Puma )」 の時計と宝飾の開発、製造、販売を請け負い、ビジネスの根幹を作った。
2006年 アメリカのスポーツ時計「ルミノックス ( Luminox ) 」に50%資本参加。

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