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「災害リスクの考え方を包括的に」 国連防災担当の水鳥氏

大津波によって宮城県気仙沼市鹿折地区に打ち上げられた漁船
宮城県気仙沼市鹿折地区では、大津波によって多くの船舶が陸上に打ち上げられ、流出した油から火災も発生した。2011年4月撮影 Keystone / Kimimasa Mayama

東日本大震災が起きて9年。この大災害から得た教訓を「仙台防災枠組み」に活かして防災・減災のための国家の対応力向上を呼びかけ、大惨事の記憶を風化させないように努める国連防災機関外部リンクUNDRR、本部・ジュネーブ)トップである国連事務総長特別代表水鳥真美氏に防災対策の現状や問題点を聞いた。

2011年3月11日に発生した東日本大震災とその際に起こった福島第一原子力発電所事故により、約47万人が震災発生直後に避難し、約1万8千人が死亡・行方不明となった。復興庁外部リンクによると、今も約4万8千人が避難生活を送っている。被災者や家族への心のケアに長い時間が求められる一方で、記憶の風化も進んでいることが懸念される。

その一方で、世界全体で自然災害が頻発し、災害リスクは上昇している。災害疫学研究センター(CRED)と国連国際防災戦略事務局(UNISDR:現UNDRR)の報告外部リンクによると、1998年から2017年の20年間に130万人が災害によって死亡。被災者は44億人、経済損失額は2兆9080億ドル(約330兆円)に上る。この20年間で発生した自然災害は7255件。この数字は、前20年間に比べて2.2倍増加している。異常気象に起因する災害が91%を占め、洪水、暴風雨、干害、熱波が襲来した。さらに、日本では地震や津波のリスクも高く想定される。こうした気候変動による災害や将来起こると予測される大規模な災害の対策に、東日本大震災はどのような課題や教訓を国や政府に残しているのだろうか。

水鳥真美氏
水鳥真美氏。2018年から国連事務総長特別代表として国連防災機関(UNDRR)事務総長。外務省に1983年から2010年まで勤務し、2011年からは英国のセインズベリー日本芸術研究所統括役所長を務めていた UNDRR/Antoine Tardy

震災の教訓

水鳥氏は、東日本大震災によって得た教訓として、まず「教育の大事さ」を挙げる。生徒や学童が津波の難を逃れた「釜石の奇跡外部リンク」として知られるように、日ごろからの防災教育によって、学校で避難訓練を受けていた生徒が震災当時に慌てることなく迅速に無事に避難することができた。逆に宮城県石巻市の大川小学校では避難の手引きが整っていなかったため、多くの児童や教職員が犠牲になったという事例が想起される。

そして、災害弱者を包摂するインクルーシブな防災対策の必要性が浮かび上がったことも教訓である。東日本大震災でも、災害情報の入手や自力での避難移動を行うことが困難な高齢者外部リンク障がい者の死亡率が高かった外部リンク。こうした弱者を守るためのニーズの把握や、情報共有も課題。この点に関して水鳥氏は、宮城県の仙台市で被災した障がい者から実際に聴取した実例を挙げつつ、いざと言う時のための障がい者の間でのネットワークができていたものの、健常者とのつながりが確保されておらず通信手段がとれなかったといった思わぬ盲点があったことを指摘した。

複合的になる災害

3.11の惨事から学ぶことは、「1つの災害リスクだけに対応する予防をするだけでは不十分だということ」と水鳥氏は説明する。

福島県では、地震・津波という天災が、原子力発電所事故という人災と重ね合わさった結果、さらに大きな被害をもたらした。自然災害に連動して起こりうる人的災害としての感染症の流行や原発事故といったリスクにも着目しつつ防災対策をとらなくてはならない。水鳥氏は「一つのリスクがほかのリスクに転化すると言う状況、そして世界経済、政治が密接につながっている現状において、我々はリスクに対する考え方を変えなければならないということが重要。一方で、そもそもまだまだ事後の災害対応に精力が注がれており、事前の予防にまで手が回っていないと言うことが世界の現状である」と語る。

これは、現在感染が拡大している新型コロナウイルスにも当てはまる。「コロナウイルスによる新型肺炎が世界的に広まり、それが保健・衛生・健康面にとどまらず、製造業のサプライチェーンが断絶され、観光・輸送・サービス業に影響を与え、株式市場にも大きな影響が出るといった連鎖的な動きを目の当たりにしている。連鎖的なリスクの存在が我々をこれからもっと脅かすであろうということを認識させるきっかけとなったのが、福島の事例だと思う」

仙台防災枠組み外部リンク

仙台防災枠組みとは、2015年に仙台市で開催された第3回国連防災世界会議で採択された防災対策に関する国際合意。合意内容の達成に向けて、国連防災機関UNDRRは加盟国を支援している。枠組みでは、災害による人的・経済的損失を削減するために加盟193カ国が2030年までに達成すべき7つのターゲットが設定されている。

7つのターゲットの概要:
1.   災害による死亡者数を大幅に削減する。
2.   災害による被災者数を大幅に削減する。
3.   災害による直接経済損失を削減する。
4.   病院や学校など重要なインフラへの損害や基本サービスの途絶を大幅に削減する。
5.   防災・減災戦略を有する国の数を大幅に増やす。
6.   開発途上国の施策を支援し、国際協力を大幅に強化する。
7.   より多くの人が早期警戒システムや災害リスク情報を利用できるようにする。

災害予防

「多くの国では、まだまだ予防の概念が浸透していないのが現状。事後対応や保険で災害のコストを回収できれば良いとの考えが強い。自分の国がどのようなリスクにさらされているかを理解した上で、事前の投資でリスクを軽減するという行動は、国、企業、個人いずれのレベルにおいても足りない」と注意を促す。ただ、気候変動に関連した災害が多発する中で、今後保険が効かない、または保険料が高くなっている結果として、災害による被害が保険で全て補償されることはできなくなっている状況の中、「根本的な予防」が必然的に求められる。

具体的な防災の方策として、災害の被災を受けにくい立地を選んだ上で、耐震性の強い建設基準を守り、強靭なインフラに投資することが挙げられる。つまり、災害時に備えて食料を備蓄すると言うことで足りるわけではなく、そもそも災害ハザードマップを踏まえつつ災害リスクが高い土地に家を建てないこと、また安全なところに建てるとしてもリスクに強靭な構築をすることにお金をかけることが必要だ。

世界中で先進国と途上国の別なく災害に強い国づくりが必要となる中、各国は防災への取り組みを進めなければならない。「災害による影響を被るのは市民であり、国は災害が起こる前の予防対策としてより強靭なインフラ建設に投資すべきである。また、そのための法制度の整備も必要。それには政治の強い指導力の発揮が不可決。市民がすべきことの一つは、政治家に対し、十分な防災のための法制度の整備と予算の手当を求めること」と水島氏は考える。

スイスの防災対策

アルプス山脈が広がるスイスは、雪崩、地滑り、洪水による被害を受けやすい。連邦土地利用計画法や森林法、河川法で自然環境への配慮を規定しているほか、連邦環境省環境局外部リンクは自然災害による地域ごとの被害や危険度を予測し、ハザードマップを作成して注意勧告する。1997年には国の調整機関として自然災害プラットフォーム(PLANAT)外部リンクが設置され、防災に関する専門家、研究者、技術者と共に、自然災害に備えリスク管理を行っている。

連邦国防省国民保護局外部リンクでは災害の緊急対策の計画や調整を行い、警報システムを整備。山火事、パンデミック、原発事故、熱波、寒波、豪雪、大停電、嵐、公害、原発事故、ダム決壊、地震、浸水が起きた場合には、サイレンで警報する。ALERTSWISS外部リンクのアプリをインストールすると、警報がスマートフォンでも鳴る仕組みになっている。

スイスは2007年以来、世界各国の災害被害リスク軽減の取り組み成果や課題を共有する防災グローバル・プラットフォーム会合外部リンクを定期的にホストしている。また、連邦外務省開発協力局の人道援助団(SKH/CSA)外部リンクは、世界における防災対策の強化のための国際協力や緊急な災害援助を行っている。

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