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CERN 宇宙解明の旅へ本格的スタート

陽子同士が高速エネルギー3.5TeV で衝突した瞬間、研究者たちから拍手がわき上がった Reuters

セルンの大型ハドロン衝突型加速器 ( LHC ) 内で3月30日12時58分、初めて本格的な高速エネルギー3.5TeV ( 3.5兆億電子ボルト ) で陽子同士が衝突した。

30 日午前中、すでに2回入射した陽子ビームがうまく加速できなかった後の3回目の成功だけに、関係者はその喜びを大きな拍手で表現した。

人類が見たことのないエネルギー衝突

 「素粒子物理学にとって、記念すべき日になった。多くの人々がこの日を待ち望んでいた。しかし今、長い忍耐と献身がやっと報われた」
 と「セルン ( 欧州合同素粒子原子核研究機構・CERN ) 」の所長ロルフ・ホイヤー氏は、出張先の東京からメッセージを伝えた。

 LHCの4カ所にある「アトラス ( Atlas ) 」、「シーエムエス ( CMS ) 」などの大型実験装置内でも陽子同士の衝突が鮮明に次々と観測でき、「朝は心配したが今はうれしさに興奮している。すぐにデータ収集を行っている。これまで人類が見たことのないエネルギー衝突は新しい宇宙解明への第1歩だ。これを目の当たりにした若い研究者は特に感動している」、「やっと目的地に辿り着いた。衝突はすぐに見え、機能の良さに驚いている。」などのコメントが各リーダーから発せられた。

 LHCは、宇宙誕生の瞬間を再現するため、ジュネーブのフランスとの国境にあるセルンで建設された。最終的には、光とほぼ同じ速度に加速された陽子ビーム同士を衝突させビッグバンが起こった1兆分の1秒後の宇宙と同じ温度 ( エネルギー ) を作り出し、重さ ( 質量 ) の起源となると仮定されているヒッグス粒子発見などを主な目的にしている。

 2008年9月10日、初めて陽子ビームがLHCリング内を1周し、複雑な大型装置の完成に喜んだ矢先、その9日後に大量のヘリウム漏れによる事故が発生。LHCはほぼ1年間稼働を停止した。今回はこうした試練を経て2009年11月に稼働が再開し、ようやく人類が経験したことのない高エネルギー3.5TeV ( 3.5兆億電子ボルト ) にまで加速させた陽子を衝突させた。

超対称性粒子などは発見される?

 「これでようやくLHCらしさを発揮できるようになる。この意味で大きな節目になった。今後何が見つかるか楽しみだ」
と、アトラスの日本チームの研究員川本辰男氏は興奮気味に話した。日本チームの研究員たちも、長年かけて作った器械が正確に動き、データも取れ始め非常に喜んでいるという。

 今回約100億個の陽子の塊である陽子ビームパンチが3.5TeV で 回り、一秒間に約100個の陽子同士がぶつかった。陽子は安定した軌道を維持しているので、このまま続けば今後ビームの強度を増したりして、一秒間に1400万個の陽子を衝突できるようになるだろうという。

 そうすると
 「ヒッグス粒子発見はすぐには無理だと思うが、超対称性粒子や超対称性粒子の一つと言われている暗黒物質 (ダークマター ) は発見されるかもしれない。とにかく知らないものが多く見えてくるはずだ」
 と川本氏は期待する。暗黒物質は宇宙に2割も存在すると考えられながら、われわれの目には見えず、われわれの体などもすり抜けている不思議な粒子だ。

 今年セルンでは2月の会議で、事故が起こらない安全性の限度内を見越して、今後2年間は3.5TeV で陽子ビームを衝突させ続け、5 TeVまでの加速は見合わせることにした。また2年後に1年間の停止期間を設けることになっている。 

里信邦子( さとのぶ くにこ) 、swissinfo.ch

約55億フラン( 約5500億円 ) をかけて「セルン ( 欧州合同素粒子原子核研究機構・CERN ) 」に建設された世界最強の加速器。1994年に建設が認められ、以後15年間かけて作られた。
宇宙誕生の瞬間に近い状況を再現するため、陽子ビームを、地下約100mから150mに埋められた全長27kmのリング内をほぼ光速で1周させ、反対方向から入射した陽子ビームと4カ所で、正面衝突させる。
この4カ所には、「アトラス ( Atlas ) 」、「シーエムエス ( CMS ) 」、「アリス( Alice ) 」、「エルエイチシービー ( LHCb ) 」の大型実験装置が設置されている。
日本の研究者約100人は、アトラス に参加している。アトラスは高さ25m、奥行き44mある大型実験装置。
2008年9月10日、初めて陽子ビームがLHCリング内を1周。関係者は「加速器の複雑さを考えるとき、このスムーズさは予想外」と感嘆し、ニュースは世界を駆け巡った。しかし9日後、大量のヘリウム漏れによる事故が発生し、LHCはほぼ1年間稼働を停止していた。
2009年11月3日、事故後の修理を入念に行っていたセルンだが、1羽の鳥が落としたパンくずが原因でLHC に電流を供給する外部電気機器系統がショート。LHCの冷却システムの一部も作動停止するという事故もあった。
2009年11月20日、陽子ビームがリング内を無事に1周し、セルンはLHCの再稼働を発表。11月23日14時22分、初めての陽子同士の衝突が起こった。
2009年12月、昨年末に陽子ビームを高速エネルギー1.2TeV ( 1.2兆億電子ボルト )にまで上げた。
2010年3月30日、陽子ビームを高速エネルギー3.5TeV ( 3.5兆億電子ボルト )にまで上げ、陽子同士衝突に成功。これで本格的な研究段階に入った。今後2年間は3.5TeV で稼働させ、その後1年間修理、調整などのため休止する。

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