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過渡期のミャンマーに人道援助を拡大

swissinfo.ch/Luigi Jorio

ミャンマーの民主化運動指導者アウンサンスーチー氏が6月13日からスイスを訪問している。これを機にスイス政府はミャンマーとの関係を深める意向だが、すでに現地入りしているスイスの人道援助組織は、依然として先行き不透明な中で活動を続けている。

ミャンマーの首都ヤンゴンの住民に、一番大きな最近の変化は何かとたずねたら「交通量」と答えが返ってくるだろう。ここ数カ月間に車両数が急増し、地元住民の間ではこれが連日話題になっている。満員のバスやおんぼろ車が、街中の新しく舗装された道を一寸の隙間もないほど埋め尽くしている。道路の際を走って追い越しをかけていく車もある。

変化の現われ

 現在進行中の目新しい変化はほかにもある。街の中心地では、交差点の巨大な掲示板に始まり、歩道で売られているTシャツやDVDに至るまで、スーチー氏の写真があちこちに見られる。「ミャンマー国民の母」と慕われるスーチー氏は、現在野党の国民民主連盟(NLD)の党首として活躍中だ。少し前までは、同氏の家に近寄ることすらできなかったが、今や家の前には記念写真を撮る大勢の観光客がひしめいている。かつて、国家政権の敵として扱われた同氏の家は観光名所になった。

 ミャンマーに変化が起きているのかどうかはっきりとは分からないが、地元の人々が政治や国の問題について気楽に話せるようになったことは、その兆候と言える。昔から人々が集まって話をする場の茶店を覗くと、小さなテーブルの周りに集まった地元の住民が、物価の上昇と賃上げの必要性について話し合っている。英字新聞の第一面を飾るのは、頻繁に起きる停電とメディアの検閲に対する一般人の不満についての特集記事だ。

 「私たちは自由だ」と自宅に招待してくれたヤンゴン郊外の旧友が喜びを表す。「外国人の訪問を地元の役所に報告する義務はもうなくなった」

スパイ容疑

 ミャンマーで活動を行っているスイスの人道援助組織もまた、自由の拡大に注目している。1998年に現地入りした連邦外務省開発協力局(DEZA/DDC)のほかにも、多数のNGOが、農業、教育、健康、貧困削減、社会的弱者のグループなどに対する支援を中心とした活動を行っている。

 スイスの人道援助組織「カリタス(Carias)」の地元職員マー・マー・オー氏は、地元当局がよりオープンに対話を行うようになったと語る。「問題があることを認め、援助を受け入れるようになった」

 開発協力局の東南アジア人道援助コーディネーターのトーマス・フィスラー氏もまた、貧困、難民、強制移住などについてオープンに話すことができるようになったと変化に注目する。「数カ月前までは、考えられないことだった」

 「軍事政府が政権を握っていた時代は、現地人がNGOなどの外国の団体と活動することは疑いの目で見られた」と過去を振り返るのは「スイス・フランソワ・ザビエル・バグノー財団(Swiss François-Xavier Bagnoud Foundation、以下バグノー財団)」の現地代表を務めるキャシー・シェイン氏。「今日私たちはもはやスパイとはみなされてはおらず、以前より活動のリスクが減った」

 スイスの開発援助組織「スイスエイド(Swissaid)」も、現在進行中の民主化改革によって、ミャンマー国内の国際社会やNGOに新たな機会が開けてきたと指摘する。

支援の優先順位

 最近の民主化の進展を受け、スイス政府はミャンマーとの関係を強化する意向だ。先月、スイスは制裁措置を部分的に緩和したが、これに続きミャンマーにスイス大使館を設立すると発表した。

 また、スイス政府は人道援助活動の来年度予算を700万フラン(約5億7870万円)から2500万フラン(約20億6670万円)に引き上げ、現地での活動を拡大する予定だ。サイクロン「ナルギス」の被災地再建、移住を強制された人々や社会的弱者に対する援助の強化と共に、新たな開発プログラムを計画している。

 開発協力局は、スイス連邦議会の承認待ちとなっている2013~2016年の国際援助政策の一部として、農業と食糧の安全保障、および職業教育の分野における援助活動の強化を予定している。また国民、特に少数民族の参加による市民社会の発展を促進する計画だ。

 「私たちは文民政府のこの民主化改革を支援したい。教育などの分野において、民主的なシステムとそうでないシステムが併存するような状況を作るつもりはない」と開発協力局のフィスラー氏は主張する。

 フィスラー氏は、社会インフラへの投資は欠かせないと指摘し、スーチー氏も、ミャンマーには学校、医療機関、水の十分な供給が必要だと言明していると言う。

 「個人的に言って、一番良いのは子供たちでいっぱいの学校だと思う」と言うフィスラー氏は、社会インフラへの投資と同時に各地域における人材開発に焦点を当てることが重要だと考えている。「資格のある教師がいなければ、新しい学校ができても役に立たない」

 2011年の8月にミャンマーのテイン・セイン大統領は、少数民族に平和交渉のための対話を呼びかけた。これを受けスイス連邦外務省(EDA/DFAE)のアジア太平洋部局の責任者ベアト・ノプス氏は、スイスはその仲介役を務める用意があると今年の4月に発言した。

 一方、スイスエイドの代表カロリン・モレル氏は、優先事項は最貧グループに対する援助と少数民族との和解だと主張している。

過渡期の混沌

 ミャンマーとの関係を深めるためには、人道援助という善意だけでなく警戒も必要だ。官僚主義、腐敗、人権侵害、犯罪者の刑事免責など、ミャンマーは慢性的な問題を抱えているうえ、改革のスピードも緩慢だ。「中国の竜の踊りのように頭は動いているものの、しっぽは動かないままだ」とバグノー財団のシェイン代表は現状を説明する。

 現在のミャンマーは、アメリカの西部開拓時代のような混乱期にあるとスイスのNGOは考えている。

 それらのNGOの職員によると、昔も今も法律はある日突然変わる。そのため、スイスの人道援助組織「テール・デゾム(Terre des Hommes)」の代表ロベール・ミルマン氏は、その場しのぎの対応しかできないと言う。ミルマン氏の組織は、離れ離れになった親子を再開させる活動を行なっているが「私たちは、中止命令が入ったところまでしか援助できない」

 人道援助団体の外国人スタッフは、ミャンマー国内の各地で活動を行うために旅行許可証を取得しなければならないが、これは容易ではない。政府との間で公式な取り決めを交わすためには複雑な手続きを経なければならないにもかかわらず、それらの手続きは時として互いに矛盾するものもある。従って現在も個人的なつながりがものをいう。

 こうした制度的な混乱を悪化させているのが交通の問題だ。「私たちは、緊急援助を最も必要としている少数民族の地域での活動を望んでいるが、道路がないせいもあり、モン州、カイン(カレン)州、カヤ州へのアクセスは非常に難しい」と援助コーディネーターのフィスラー氏は語る。

 スイスエイドによると、ミャンマー北部に位置するカチン州のいくつかの地域で人権侵害が悪化している。政府軍と武装した少数民族の間の対立が続き、住民は村から強制退去を余儀なくされた。現在のところ援助計画は宙に浮いたままになっている。

 また、無秩序な経済開発によって社会不安が高まる可能性があると多数の人道援助組織が注意を促す。かつてのイギリス植民地で、鉱物、宝石、天然ガス、水資源に恵まれたミャンマーには、国民や環境保護のための全般的な基準がまだ整備されていない。

 外国人投資家だけでなく、地元地域もまた政治的な変革による恩恵を受けるべきだとスイスエイドは主張している。

ミャンマーの人口約5000万人のうち約3分の1が少数民族に属する。主な少数民族は、シャン族、カレン族、ラカイン族、モン族、カチン族。

これらの少数民族は国土の約3分の2に相当する地域に散居している。その多くは鉱物、木材、水、天然ガスなど天然資源に恵まれた土地。

政府軍と少数民族の武装集団の間の何十年にもわたる武力紛争は、人権侵害を絶えず引き起こし、少数民族は居住地を離れざるをえなくなった。

タイ・ビルマ国境連合の直近の報告によると、2011年末の国内避難民は約45万人。最も影響を受けた地域は、シャン州とカイン(カレン)州。

国外へ逃れた難民は40万人以上にのぼる。

NGOの「難民インターナショナル(Refugees International)」によると、約300万人が近隣国に逃れた。

2010年11月:20年ぶりに選挙実施。アウンサンスーチー氏の自宅軟禁に終止符。

2011年2月:50年間の軍政の後、初の文民政権の大統領にテイン・セイン氏が就任。

2011年8月:大統領が少数民族に平和交渉を呼びかける。

2011年10月、2012年1月:何百人もの政治犯が釈放される。

2012年4月:国民民主連盟(NLD)の党首スーチー氏が、連邦議会の補欠選挙で当選。NLDは選挙が争われた45議席中43議席を獲得した。

2012年5月:欧州連合(EU)などの対ミャンマー制裁緩和を受け、スイスも制裁を一部緩和。

2012年6月:スーチー氏が24年ぶりに出国し、タイを訪問。

2012年6月13~15日:スーチー氏がスイス訪問。スイスは同氏が軟禁状態から解放されて以来、最初に訪問するヨーロッパの国。

(英語からの翻訳、笠原浩美)

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