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アルプスに響く歌声~ヴォー州レザンの合唱団

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ミラノ ♪ トリノ ♪ ナポリ ♪ スイス時間の夜8時、ヴォー州レザン(Leysin)のメゾン・ド・パロワースと呼ばれる町の集会所に集まった人々が発声練習を始めます。今夜の練習はラジオ番組で歌う曲目と5月のコンサートで歌う曲目が中心です。今日はレザンの合唱団、レコー・デ・トゥール(l’Echo des Tours)を紹介します。

 私の住むレザンは標高1263mのアルプス山岳地帯にあります。スイス人人口が1566人そして外国人人口が2312人という総人口3878人の小さな町です。この町のユニークさは外国人人口が全体の60%を占めることで、なんと国籍は106か国にも及びます。スイスは児童合唱、同声合唱、混声合唱などの合唱活動が盛んな国で、ヴォー州だけでも80以上の合唱団が存在すると聞きますが、この国際色豊かなレザンの町にもやはり混声合唱団があるのです。

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 1921年、レザンで男声合唱団として発足したレコー・デ・トゥール(エコーの塔)は、時代の変化とともに1946年には女性を団員として迎えて、混声合唱団としての活動を始めました。現在アラン・シュナイダー氏(Alain Schneider)を団長とする合唱団の団員数は28名です。アメリカ、イギリス、イタリア、オランダ、スイス、スペイン、日本、フランスと国籍は8か国、レザンという土地柄を反映した多国籍な合唱団です。早春の夜は気温もまだ低くて外出は億劫なのですが、20代から80代の合唱好きな団員の皆さんは、寒さに負けずに水曜日の夜の練習に励みます。

 2003年にレコー・デ・トゥールの指揮者として就任したアンドレ・ジャクロ氏(André Jaquerod)は、1999年にはヴォー州合唱団協会の会長を務めた方で、レザンの麓にあるエーグル(Aigle)やイヴォルン(Yvorne)の混声合唱団を含め数々の合唱団を指導してきました。ジャクロさんは曲のニュアンスや言葉の発音に至るまで、1曲1曲丁寧にユーモアを交えながら指導します。合唱団はフランス語を中心にドイツ語、英語、イタリア語、ラテン語などいろいろな言語で歌いますが、多国籍なこの合唱団は外国語の発音指導のできる団員には困りません。レコー・デ・トゥールは毎年5月と12月に開く定期演奏会の他にもコンクールへの参加、コンサート、テレビ・ラジオ出演など年間を通じて幅広い活動をしています。

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 ラジオ放送の当日は青空の広がるお天気に恵まれました。会場はレザンのスノー・ヴィレッジ内にある氷のチャペル(教会)です。スノー・ヴィレッジでは、毎年、本格的な冬のシーズンが訪れる前に、モンゴル高原に住む遊牧民が使用している移動式住居ユルト(ゲルまたはパオ)1帳と、エスキモー諸民族の住居イグルー(かまくら)6基を連結させて作るのが恒例になっています。氷のチャペルは一番端の静かな一角にあります。一般にイグルーは雪の塊をブロック状に切り出して、地面からドーム状に積み上げて作りますが、レザンでは巨大な風船を膨らませてから、その上に人工降雪機を使って雪を吹き付けて厚い壁を築いていきます。中に入れた風船は気温が低い日の夜に取り出してイグルーが完成します。こうして頑丈に作られたイグルーは、レザンでは5月頃まで安全だそうです。

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 朝8時に氷のチャペルに集合したレコー・デ・トゥールの団員たちは、水曜日の練習の際にシュナイダー団長から注意されたように皆さん防寒着を着用していました。イグルーの中は意外と暖かいと言われますが、-2度~0度、とまるで冷蔵庫です。フランス語のスイス国営放送RTSラジオ放送局“エスパス2(Espace2)”が、カトリック教会のミサの様子を生放送するのでレコー・デ・トゥール合唱団も参加するのです。本番を前にジャクロさんの指揮によるリハーサルが始まりました。「カンタータ・ドミノ」、「キリエ・エレイソン」、アルカデルトの「アヴェ・マリア」、「アレルヤ」の4曲を合唱します。

 4曲目の「アレルヤ」のソロは中島亜紀さんです。中島さんはレコー・デ・トゥールの団員でソリストの一人ですが、普段はレザンにあるスイス公文学園高等部で化学と生物の教師として教壇に立つかたわら、吹奏楽部、合唱部、弦楽合奏同好会、英語ミュージカル、AMIS国際音楽祭やABRSM音楽認定試験などを指導している先生です。中島さんは「様々なジャンルの楽曲を合唱する機会に恵まれるレザンの混声合唱団は、私にとって大変良い刺激そして挑戦になっています。音楽を通じて地元の人々と触れ合うことがスイスでの生活をより豊かなものにしてくれます。これが一番の喜びです」と言います。今年国交樹立150周年を迎えた日本とスイスの友好関係がこれからも良好であるためにも“地元の人々との交流に喜びを感じる”という中島さんのこの言葉は大切だと思いました。

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 RTSのアナウンサー、マリー・クロード・クドゥリさん(Marie-Claude Cudry)も氷のチャペルに到着しています。お国柄なのか本番直前の緊張感もなくラジオ放送はクドゥリさんの進行で9時6分から始まりました。ミサの中で中島さんのソロも含めてレコー・デ・トゥールの美しい歌声が氷のチャペルに響きわたり、1時間ほどのラジオ放送が無事終了しました。ご参考までにレコー・デ・トゥールがこの日出演したラジオ放送と2012年にテレビ番組に出演した際のサイトを紹介しておきます。

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 ミサの後、氷のチャペルに連結した他のイグルーを覗いてみました。チーズ・フォンデュ専門のレストランになっています。寒さ対策として椅子にはトナカイの毛皮が敷き詰めてあって暖かそうですが、気温が零度以下という氷のレストランでフォンデュと白ワインを楽しむには、防寒着を着て充分な身支度をする必要がありそうです。

 3月末のスイスは自然界の生命力で満ち溢れています。雪の解けた地面から顔をのぞかせた野生のクロッカス、プリムラやスノードロップ。全てが生き生きとよみがえる季節です。本格的な春の訪れも間近です。

 この記事を書くにあたり、ベルナール・イゼンシュミートご夫妻(Bernard & Janine  Isenschmied)、アンドレ・ジャクロ氏、アラン・シュナイダー氏、中島亜紀先生、レコー・デ・トゥール合唱団の皆様及びクドゥリ・アナウンサーにご協力をいただきました。

小西なづな

1996年よりイギリス人、アイリス・ブレザー(Iris Blaser)師のもとで絵付けを学ぶ。個展を目標に作品創りに励んでいる。レザンで偶然販売した肉まん・野菜まんが好評で、機会ある毎にマルシェに出店。収益の多くはネパールやインド、カシミア地方の恵まれない環境にある子供たちのために寄付している。家族は夫、1女1男。スイス滞在16年。

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SWI swissinfo.ch スイス公共放送協会の国際部

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